第十九話 真実と覚悟
「琥珀!?」
鰻美さんからの知らせを受け、屋敷に急ぎ戻る。そして琥珀の部屋へと駆け込んだ。
「店長、琥珀が倒れたって、一体如何したのですか?」
「鈴木ちゃん……それは……」
部屋には布団が敷かれ、その前には店長が座っていた。理由を尋ねたが、彼は言い淀んだ。
「兄上……」
「琥珀?」
奥の布団から琥珀の声が響いた。視線をそちらに向けると店長が、渋い顔しながら体を横へとずらした。すると布団に小さな金色の虎が横たわっている。何故、琥珀が本当の姿で倒れているのか分からない。
「か、帰らなかったのですか?」
「え……」
琥珀は顔を持ち上げると、残念そうに言葉を口にした。彼の容態を心配し駆け付けたというのに、その反応は予想外である。更にいえば、彼は私がこの世界から現世へと帰ることを望んでいたように聞こえるのだ。
「悪い……失敗した」
「いえ……大丈夫。ありがとう、浅葱」
私たちに付いて来た浅葱が謝罪をすれば、琥珀は感謝を伝える。つまり私を現世へと帰す為に、浅葱へ協力を願ったのは琥珀自身であることだ。走り熱くなった体が、冷水を浴びたように冷えていく。
「何でよ……」
両手を強く握る。急に生贄にされ『花嫁』だと言われかと思えば、今度は現世へと帰れと言う。身勝手もいい所だ。私の気持ちは如何なる。
「……すいません。本当はこんなこと、貴女に知られたくなかったのです。……僕はもうじき消えて無くなります」
「……え」
彼の名前と同じ、琥珀色の瞳が私を映す。言葉の意味通りならば、それは生命の終わりである。恐怖や嘆き、色々な感情が渦巻く筈だ。しかし神様故なのか、彼の瞳には私が静かに映るだけである。何故、そんなにも穏やかで居られるのか分からない。
「僕たち神々は信仰により存在を確立し、力を得る存在だ。琥珀は……力を使うことを恐れ信仰が減り、存在を維持できなくなってしまった……」
「……っ、でも! あの村人たちが!」
店長は琥珀が消えてしまう理由を口にする。しかしそれには矛盾があり、私は異を唱えた。村人たちは恐れ生贄を差し出す程、熱心に信仰をしていた。彼らが居るのだから、琥珀が消えるというのは妙な話である。
「……駄目だよ。彼らは信仰心があるわけではない。彼らの行動は僕が指示したことだ」
「え……なんで……」
彼は首を横に振ると、淡い希望を打ち砕いた。
「鈴木ちゃんに、あの村を訪れるように指示をしたのも僕だ。消える前に琥珀に会わせてあげたくてね……」
「……っ」
「今回のことは、琥珀は反対をしたけど僕が無理矢理推し進めた。だから琥珀は正式な『花嫁』になる前に、浅葱くんを使って鈴木ちゃんを現世へと戻そうとした」
「そうですか……」
寂しそうに笑う彼は、神様でも店長でもなく。ただ一人の兄として、弟を思い行動したのだ。責める気持ちにはなれない。
「ごめん……貴女に情けない姿を見せたくなかった……」
力なく横たわる琥珀の瞳が潤み、店長と浅葱が苦しそうに顔を歪ませる。真実を告げられ私の中でそれが収まると、自然と覚悟が決まる。
「はぁぁ……。話は良く分かりました。それで? 琥珀を助けるには如何したらいいのかしら?」
「……鈴木ちゃん?」
私は完全にお通の雰囲気を打ち破るように、明るい調子で声をかける。三人は驚き固まり、店長だけが辛うじて私を呼ぶ。私は湿っぽい空気は嫌いだ。加護という名の怪奇現象に見舞われても、私はめげずに図太く生きて来た。諦めるのは好きじゃない。絶対に琥珀を助ける術がある筈だ。
「あら? 私は雷様の加護を持つ女よ? 私が何かすれば回避出来る方法があるでしょう?」
三人に対して不敵に笑って見せた。