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第十八話 選択の時

 

「我々神にとっては、人間一人を転送するなど容易いことだ。さあ、さっさとこの門を潜れ」


 浅葱が池に手を翳すと、池の水が意思を持つように空中へと唸り上がる。そして時計回りに大きな円を描くように回ると、水の輪を作り上げた。


「でも……私は生贄で帰ったら……」


 私の頭は酷く混乱している。帰れないと諦めていたというのに、突然帰れると知らされたとしてどうすればいいのかわからない。帰りたいわけではないが、此処に居るのが正解とも思えないのだ。自分のことだというのに、何故か頭に霞が掛かったように思考が定まらない。


「生贄など時代錯誤もいい所だ。それに琥珀は、生贄を要求していない。村人たちの自己満足だ。お前が現世に戻ろうが誰も咎めはしない」

「……っ、でも琥珀が『花嫁』は返せないって!」


 神様の立場でありながら、寛容な考えを口にする。琥珀と彼の話しには矛盾がある。琥珀を信じたいが、浅葱が話すことも噓とは思えず一番の疑問点を叫んだ。


「嗚呼。だが、お前はまだ正式な『花嫁』ではない。琥珀に名前を呼ばれていないだろう?」

「え」


 彼は天気の話をするかのように軽く、しかし私に確実な一撃を与えた。余りの衝撃に言葉が出ず。呼吸音に辛うじて音が乗っただけである。

 思い出してみると確かに名前を呼ばれた覚えがない。もしかすると、琥珀は私の名前を知らない可能性もある。


「神が名を呼び、誓いを立てることにより正式な『花嫁』となる。つまり……お前はまだ、人として現世に戻ることが出来る」

「戻れる……」


 私はまだ正式な『花嫁』ではない。その為、元の世界に帰ることが出来る。浅葱が示す水で出来た丸い門へと、自然と足が向かう。


「そうだ。安心しろ。現世に戻れば、此処で過ごした記憶は全て消える。元通り普通の生活を過ごすだけだ」


 門を通れば良いのだ。帰ることが出来る。元の生活に戻ることが出来る。此処で過ごした記憶を全て忘れて――。


『ありがとう』


 子どもの時に迷子になった時の琥珀と、大人の琥珀が笑う顔が脳裏に浮かんだ。


「……っ! それじゃあ、また忘れるってことでしょう!? そんなのお断りよ!」

「なっ!? マジかよ!」


 門へと踏み入れようとしていた足を寸前の所で止めた。足を引き戻すと、門から距離を取る。やっと琥珀の笑顔を見ることが出来るようになったのだ。此処で全て放り出して逃げる訳にはいかない。

 水で出来た門は浅葱の驚愕と共に崩れ去り、池へと水が戻る。


「あれ? 何かスッキリしたような? 浅葱? 貴方、何か私にしたでしょう?」

「いや……待て! その……これには理由が……」


 先程まで思考に霞がかかっていたが、それが不思議と晴れた。それが発生したのは、浅葱と出会ってからだ。つまり彼が何かしたとしか考えられない。動揺している様子からも、何かしているのは明白である。私は浅葱を睨む。


「姫様! 主様が!」

「……え?」


 砂利道を駆ける音が響き、鰻美さんが姿を現した。彼女の叫び声に嫌な予感がした。



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