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第十五話 歩み寄り


「琥珀、ちょっと時間あるかしら?」

「……え? は、はい。大丈夫で……えぇ?」


 ある準備を終えた私は、琥珀の部屋を訪ねた。この異世界に来てから一か月程、時間が経過しているが彼の部屋を訪れるのは初めてのことである。当初は避けられていると認識していた為、なるべく近寄らないようにしていた。

 彼も私が訪ねてくるのは予想外だったようだ。見事に二度見をし、書き物をしていた筆を和紙の上に落とした。動揺している姿が少し可愛らしく感じられる。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」


 部屋には入らずに、廊下から顔を出し様子を訊ねる。部屋を訪れただけでこの反応とは、いくら生贄にされたとはいえ無関心過ぎたことを反省する。


「見てもらいたいものがあのだけど、お仕事大丈夫?」

「え、あ、はい……」


 普段、神様がどんな仕事をしているのかは分からない。何か急ぎの用があれば日を改めるつもりだが、彼はぎこちなく頷く。


「じゃあ、こっちに来て」


 琥珀が立ち上がるのを確認すると、手招いた。


 〇


「此処で待っていて、私が声をかけたら入ってきてね」

「はい」


 襖が閉められた居間の前まで琥珀を連れてくると、私は先に部屋の中へと入る。鯰さん達に協力を願うことも出来たが、この最後の仕上げは私の手で行いたいのだ。準備した物に近付くと、彼から貰った琥珀色の石にコンセントを挿しスイッチを入れた。


「琥珀、入って」

「……はい、失礼します」


 準備が完了した為、襖の向こう側へと声をかける。少し強張った声が響き、静かに襖が開いた。


「……っ、これは……」


 彼は部屋の中を見ると、その琥珀色の瞳を見開き固まった。そんな彼を色とりどりのライトが優しく照らす。


「えっと、これはクリスマスツリーといって現世の飾りなの……」

「現世のですか……」


 私がネットショッピングで購入した物は、クリスマスツリーである。ダンボール箱に詰められたそれを組み立て、オーナメントを取り付け、電球をツリー全体に巡らせたのだ。見て楽しめる物としてはこれが最良だと判断したが、琥珀は現世の物であると聞くと声が硬くなり。異世界の異物に難色を示す。


「その……琥珀の力は便利で手助けしてくれるだけじゃなくて、人を楽しませることが出来るって知って欲しくて……」

「僕の為に用意してくれたのですか?」


 急に浮かれていた自分が恥ずかしくなる。だがこのクリスマスツリーの理由を告げない訳にはいかない。本心を口にすれば、彼は瞠目した。


「そう、でも失敗しちゃったね。この世界に来てから、琥珀のことを知ろうしなかったから……貴方の好み分からないや……」


 加護という名の怪奇現象に見舞われてからは、人にサプライズする機会が減っていた。それを言い訳にするわけではないが、人を喜ばせる能力が著しく低下しているようだ。彼のことを少しでも知っていれば、もっと良いサプライズが出来たのかもしれない。


「失敗じゃないですよ。その……嬉しいです」

「え? でも……現世の物だって言ったら嫌な顔をしていなかった?」


 琥珀は少し顔を逸らしながらも、サプライズの感想を口にする。彼の言葉を疑うわけではないが、先程の反応と感想の違いを訊ねずにはいられなかった。


「……っ、それは……貴女が現世を恋しがっているのかと……」

「ん? いや……現世の物をお取り寄せしたからと言って、別に恋しくなっていないわよ?」


 勢い良く顔を私の方に戻すと、彼は視線を泳がせる。如何やら琥珀に要らぬ心配をかけたようだ。


「……そうですか、それは良かった」

「うっ……あ、これ光る色も変えられるのよ。ほら、琥珀の色!」


 安堵したように柔らかく笑う彼の視線に耐えかね、ライトを操作する。すると部屋を淡い琥珀色が照らす。彼の笑顔など子どもの時以来だが、心臓が五月蠅い程脈打つ。


「ありがとう」

「う、うん……」


 威圧感があるわけでも、怯えた声でもなく。彼の落ち着く声が鼓膜を揺らし、頬が熱くなるのを感じる。彼との距離感を少しでも縮めることが、出来たのならば良い。


 鯰さん達が夕食抜を伝えに来るまで、二人でツリーを眺めて過ごした。


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