第十三話 店長
「いやぁ! 二人が仲睦まじいようで安心したよ!」
身支度を整えると、客間に店長の笑い声が響く。長い白髪を揺らし豪快に笑う男性は、私が働く家電量販店の店長である。確か此処は異世界であるが、何故彼が此処に居るのだろう。
「兄上…お帰りの際には御一報を頂きたいと、常々申し上げております」
「驚きがあったほうが面白いだろう? サプライズというものだよ! 現代人は好きだよ?」
呆れた様子の琥珀が、店長のことを兄と呼ぶ。つまり二人は兄弟となる訳だが、そうなると店長の正体は…。
「えっと…店長。琥珀と店長が兄弟ならば、店長も神様ですか?」
「そうそう! そうだよ〜琥珀のお兄ちゃんで、風神の翡翠だよ!」
軽い口調で肯定される。纏う雰囲気も非常に柔らかい。神様というのはもっと、威厳溢れる態度が常なのではないだろうか。琥珀との初対面の時の方が、緊張感があった。
「…そうですか。何だか不思議な感じがします」
店で会う店長は気さくで優しく、私を色々と気にかけてくれていた。その人が実は神様であり、ふわふわ系のお兄さんであるとは予想しなかった。
「鈴木ちゃんとは、この姿で会うのは初めましてだからね。畏まらなくて良いよ〜琥珀のお嫁さんだから、僕の妹になるわけだしね」
「…そ、そうですね…」
嬉しそうに翡翠色の瞳を輝かせる店長の圧に、圧倒される。人間と神様の婚姻に関して普通は、立場や存在が違うことから反対されるのではないだろうか。純粋に弟である琥珀との結婚を喜んでくれているが、生贄にされた経緯を伝えて良いものか迷う。
「そうだ、 二人の祝言はいつ上げるのかな?」
「あ…えっと…それは…」
つい先程、結婚相手の名前を知ったという関係である。祝言、つまり結婚式についてなど考えたこともない。私は思わず視線を泳がせる。
「兄上、彼女は此処に来て日が浅いのです。彼女がこの地に慣れてからと考えております」
「そうなのかい? 僕は早い方が良いと思うけどな?」
隣に座る琥珀が助け舟を出してくれるが、店長は日取りが決まっていないことを疑問視する。彼の反応は正しい。結婚が決まっているのに、式の日が決まらないのは身内としては心配だろう。式の日取りが決まらず、破談になるというケースもあると聞いたことがある。私の場合はこの世界から帰る術がない為、破談になれば異世界に放り出されることだろう。
「兄上の貴重な御意見は参考にさせていただきます。ですが…この件につきましては私と彼女の問題ですので、お気になさらず」
「あれ? 琥珀は鈴木ちゃんのこと、まだ名前で呼んでないのかい?」
「そうですが…何か?」
「いや? 別に?」
先程までの和やかな雰囲気が一変し、客間に緊張感が走るのを肌で感じる。何故か二人は、琥珀色と翡翠の瞳で睨み合う。店長はふわふわお兄さんから笑みの怖いお兄さんに変わり、琥珀は内気な様子が消え強気な態度である。やはり二人は神様なのだ。一般人である私は、仲裁はせずに大人しくしておこうと心に決めた。
ぐううぅぅぅぅ……。
「うぅ……すいません……」
客間に間抜けな音が響く。私の腹が空腹を訴えたのだ。両手で顔を覆うと、蚊の鳴くような小さな声で謝罪を口にした。
「あ! そういえば朝食前だったね? ごめんよ、待たせちゃったね?」
「僕もすいません。配慮が足らず……」
「き、気にしないで……ください……」
二人は私の心配をしてくれる。彼らの雰囲気が戻ったのは嬉しいが、その方法が空腹音とは恥ずかし過ぎる。