第十二話 雷神の名前
「……っ、あれ?」
畳に倒れるだろうと思ったが、柔らかくもしっかりとした物が私を受け止めた。
「大丈夫ですか!?」
「え……うん……」
転んだ私を受け止めてくれたのは、雷神だったようだ。近付くなとか、怯えたりしていたのにまさか受け止めてくれるとは思わなかった。顔を上げると、彼の金色の瞳に私が映る。
「……あ! す……すいません!」
「むっ……折角なら、虎の姿が良かった……」
「いや……その、それは勘弁してください……」
雷神は我に帰ると顔を赤くして、私を支えていた肩と背中から手を離した。痛い思いをしなくて済んだのは良かったが、出来れば虎の姿が良かった。
「ねえ? 貴方の名前は?」
「へっ!? え? それよりも離れて……」
そういえば雷神の名前を知らないことを思い出した。色々と衝撃的な事実を処理するのに、忙しくすっかり訊ねることを忘れていたのだ。
後ろにさがり、私から距離を置こうとする彼の着物を逃げないように掴む。
「だから名前! 一応結婚する相手の名前を知らないなんて変じゃない? 教えてくれたら離すわよ?」
彼と結婚する決意はまだ出来ていないが、名前を知らないのはおかしい。お互いを知るためにも、名前を告げるのは普通のことだ。お見合いだって、仕事関係だって必ず名を名乗る。
「ぐっ……く、琥珀と申します」
「……琥珀。うん、貴方にピッタリの名前ね」
何度か口を開いたり閉じたりすると、雷神は観念したように名前を告げた。その名前に私は納得し、自然と頷く。彼の瞳と髪の色、雷を象徴するかのような名前である。彼の着物から手を離した。
「うぐっ!」
「え? 如何したの? 大丈夫?」
突然、琥珀が胸を押さえると膝を着いた。私が転んだ際に、受け止めた時に何処かぶつけたのだろうか?様子を見るために彼の隣にしゃがみ、彼の肩に手を伸ばした。
「やっほう! 琥珀! お兄ちゃんが遊びに来たよ!」
「……っ!?」
「……え?!」
琥珀の肩に触れる寸前のところで、背後の障子が勢い良く開いた。そして聞き覚えのある声が部屋に響いた。
「おや、仲良しそうだね!」
「兄上!?」
「店長!?」
白髪の男性が、私達を見て微笑んだ。