第1部
「よう。おかえり!遅かったじゃねーか」
自室のドアを開けて僕は面食らった。
そこには16歳の学ランを着た少年が居たがその容姿が自身と瓜二つだったのだ。
「え…」
驚いてその先が言えない僕を他所に、僕とそっくりなそいつはニヤニヤしながら話し始める。
「誰って、僕は僕さ。君のドッペルゲンガーとも言うけどな。ま、でそういう訳だから君今日から用無しな。死んでくれ」
何を言っているのか理解できない。ドッペルゲンガーという言葉自体は知っているし、そのような概念がある事も知っている。しかし目の前でこうもあっけらかんと言われ存在されると現実を受け入れることを脳が拒否する。
「なにぼーっとしてんだよ?あ、もしかしてドッペルゲンガー知らない?」
僕と似た奴がケラケラ笑いながらなら教えてあげるとでもいいだけな目でこちらを見ている。
「ドッペルゲンガーってのは、もう一人の自分ってやつ。で、それを見ると見た人間は1週間後死ぬのさ。まあ実際は【自分】は1人しか要らないから、何方か片方が存在を抹消されるんだけどな。でも僕はこうして存在してる以上消えたくないわけ。だから君死んでくれよ」
「……学校とか、家族とかには入れ替わったってバレないの?」
やっとこさ振り絞った声で僕は僕に尋ねる。
「当たり前だろ。ドッペルゲンガー舐めんなよ」
「…そう。ならいい。分かった」
「お、やけに素直だな。じゃあそういうわけだからよろしく。あ、でも遠くで死ねよ。自分の死体とか見たくないしな。その分だけのお金は僕の貯金からやるからさ」
僕に似たやつは屈託ない笑顔を僕に向けて言った。
こうして僕の死に場所を探す1週間の長旅が始まった。
突然ドッペルゲンガーに死を宣告され家を追い出された僕はとりあえず電車で2駅程離れたところにある山へ行った。
そこは休日には多くの人が訪れる程の観光化されたヤマだったが、夕方にもなると客足は減る。尚且つ比較的本格的な登山が楽しめる3号路では人の気配は全く無くなり木々で夏場の5時でも電灯を付けなければ足元が見えにくい程だ。
ここなら誰にも見つからない。
そう考えた僕はバッグの中にしまっておいたネクタイを取り出し近くの木に括りつけようとした。
が、辺りに足が中に浮く位の丁度良い高さに枝の分岐がある木が見つからなかった。仕方なく僕は坂に生えている木の幹にネクタイを巻きつけ、非定型で首を括ることにした。
この方法は身体の重さで頸動脈を圧迫するのではなく、酸素の流れを止める方法なので意識を失うまでにある程度の時間がかかる。
その間僕はぼんやりとドッペルゲンガーについて考えた。
アイツは自分は2人も要らないと言っていたけど、僕とアイツは本当に同一人物なんだろうか。
見た感じ僕なんかよりひょうきんだったし、頭も良さそうだった。
性格が根暗な自分なんかとは真反対の人間と感じた。
あそこまで違えば流石に周りは違和感を抱くのではないだろうか。
友人は騙せても両親は気が付くのでは無いか。
そうしたら僕が消えたことで発狂してしまうのでは。
そんな考えがグルグルと巡り僕は堪らずネクタイの輪から抜け出した。
「アイツが上手くやっているか確認しに行こう。死ぬのはそれからだ」
僕は誰もいない森でポツリと呟きネクタイを鞄にしまった。