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別れを告げたはずの婚約者と、二度目の恋が始まるその時は  作者: 当麻月菜
第一章 上司と部下になった貴方と私
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 今を去ること4年前、クラーラ・セランネと、ヴァルラム・ヒーストンは王都で一番の難関校といわれるアウスゲネード学園で出会った。


 ただその出会い方は、午後の授業をサボったクラーラが学園の隅にある朽ちた藤棚の下で昼寝をしているところを、うっかりヴァルラムに見られてしまった──という、学生としてあるまじき始まりだった。 


 クラーラは薬草学部。ヴァルラムは鉱石学部。

 専攻する学科も違えば、学年も3つ違う2人は、学舎も違っていた。


 すれ違うことすら無い状況の中、藤棚がお気に入りの場所という共通点があったおかげで、顔見知りから友達になり、それからヴァルラムの告白で男女交際が始まった。


 とはいえ当初は、クラーラは戸惑うばかりだった。


 当時クラーラは男爵令嬢、対してヴァルラムは超格上の公爵令息。同じ貴族の家に生まれたけれど、月とスッポン。住む世界が違いすぎる。


 そりゃあ、クラーラはヴァルラムのことは入学当時から知っていた。


 彼はキラキラの優等生で、学園のアイドル。スーパースター。一日に3回彼を見たら赤点を逃れるという伝説すらあった。

 

 そんなヴァルラムと自分は、個人的に親しくなるとも、ましてや恋人同士になるとも思ってはいなかった。でも、ヴァルラムは選んだくれた。


 好きだと、真っすぐに伝えててくれた。

 

 その熱意に押される形で、クラーラは彼に想いを寄せていった。まるで歩き始めた幼子のようにぎこちなく、ゆっくりと。


 顔見知りという関係は一瞬で終わり、友達として2つの季節を過ごした。恋人同士になってからは3つの季節を共に過ごした。


 その間、具体的に「どこが好き」と言い合うことは無かったし、恋人同士のステップであるキスも、指先や毛先にしかしなかったけれど、ヴァルラムと過ごす時間には間違いなく【好き】があった。


 そして自然な流れでヴァルラムの卒業パーティーでは、クラーラがパートナーとして出席することが決まり、またクラーラの卒業パーティーの際には、ヴァルラムが婚約者兼卒業生として出席することが決まっていた。






 ───ま、全部、叶わなかったんだけどね。


 ずっと一緒だよ、と言って指切りをしたあの手の感触も、今はもう遠い夢の中の出来事。


 クラーラは、共同研究室兼談話室の隅っこに着席しながら、夢物語に限りなく近い過去のアレコレを思い出していた。うたた寝を始めたナンテンを膝に置いて。

 

 ヴァルラムと最悪の再会をしてから1時間後、ここには3年間ずっと時間を共にしている研究員のメンバーと新任室長が勢ぞろいしている。


「初めまして、今日からこの研究室室長として着任したヴァルラム・ヒーストンです」


 パリッとした下ろしたての白衣に負けないくらいフレッシュな挨拶をしたヴァルラムに対して、古参の研究員達の表情は、言葉では言い表せないほど複雑なものだった。


「……ヒーストン?」

「まさか……()()、ヒーストン?」

「どうして?なんでまた……こんな物騒なところに」

「ずいぶん若いなぁ、おい」


 研究室兼談話室で一番存在感のある大きなテーブルに腰かけている4人の研究員は身を寄せ合って、ひそひそと話し始める。


 このマノア植物研究所は国内でも有数の巨大な研究施設であるが、研究員の数はダントツに少ない。たった4人だ。


 ダリアの花のような艶やかな二十代前半の美女リーチェは、染物担当の姉御肌。


 香料担当で、ほんの少しふくよかな体型のナタリーは、見た目は幼いがすでに二十代半ばを過ぎている。


 ノリ良くクルクルの天然パーマが特徴のローガは、香木担当で自称25歳。


 最後に、この研究員のまとめ役であり、樹皮と樹液を研究し続けているサリダンは、三十路でいつもボサボサ頭に無精髭を生やしている。


 そして全員が訳アリ者であるが故、家名は伏せられている。もしかして名前すら、偽名なのかもしれない。


 しかし、ここは掃き溜め研究所。詮索するのはご法度。過去のことには触れず、見たままを感じたままに接するのが暗黙のルールである。


 そんな中、過去も家名も伏せることなく堂々としている室長に、研究員は困惑を隠すことができない。


「何をしでかしたんだか……」 

「慈善事業の一環?それとも暇つぶしなのかしら?」

「ってか、こんなところの飛ばされるなんぞ、よっぽどのことをしでかしたんだなぁー」

「ま、ほとぼりが冷めたら、すぐに消えるだろ?」


 研究員達のひそひそ話は次第に声が大きくなり、それと同時に内容も失礼極まりないものになっていく。本人を前にしているというのに。


 そのいつにない空気を感じたのか、施設内に勝手に居着いた山羊のメコと鹿のナラが、興味深々といった感じで出窓から顔を覗かせてしまっている。


 ──婚約者だってこと、黙っててってお願いしておいて本当に良かった。


 助手であるクラーラは、テーブルに席がない。少し離れた入り口扉に置かれている小さな椅子に腰かけている。完全に部外者ですという顔を作り込んで。


 なのに研究員達は、その努力に気付いてくれない。ちょこちょこ同意を求めるようにこちらに視線を飛ばしてくる。


 ナンテンの背を撫でながら、曖昧な笑みで受け流しているが、そろそろ限界だ。


 自分とヴァルラムの関係を知らない研究員達にとって、貴族の頂点に立つ公爵家の跡取り息子が、こんな辺鄙な場所に居る理由なんてまったくわからないはずだ。


 ここが世間から隔離された掃き溜め研究所であっても、ゴシップ好きな人はいる。仮にヒーストン家が財政的に厳しいとか、縁起でもないが没落したなんていうことがあれば、間違いなく噂になるだろう。


 そんな風の便りが無い中、どうしても真相を知りたいのなら本人に直接問うしかない。マノアの流儀に反するが。


 最後の居場所としてここにいる者たちには、それは大きな代償を払うことになる。だから研究員達は困惑したまま聞くに聞けないでいる。クラーラも違う意味でとても困惑している。


 つい数時間前、ヴァルラムと再会した時は混乱しすぎて彼がここに来た経緯を聞けなかった。というか聞き忘れてしまった。


 自惚れて良いなら、自分を追いかけてくれた。でもそれは無いかもと、クラーラは弱気になる。


 なぜなら、クラーラはこの研究所にいることを誰にも隠してはいない。あえて知らせることはしなかったけれど。


 探そうと思えば探せたのだ。こう言ってはアレだが、3年も放置されるほど自分は雲隠れしたつもりは無い。それにヴァルラムは卒業間際、自分に対して急に態度が変わってしまったことも覚えている。


 今にして思えば、その態度の変化は学生時代の恋愛を片付けようとしていたのだろう。


 そんなふうに最終的にチクリと胸を痛めたクラーラは、チラリとヴァルラムを盗み見る。彼は研究員達の失言を耳にしても穏やかな表情のまま。権力を盾にこの場を支配する気は皆無のようだ。


 おかげで部屋の空気は、さほど悪くはない。


「……あのう、質問いいですか?」

「なんなりと、どうぞ」


 研究員の一人───ナタリーが覚悟を決めると、ヴァルラムに向かって挙手をした。


「どうしてここに?」

「社会勉強で」


 事前に用意された答えを紡ぐように、さらりとヴァルラムが答えた途端、ここにいる全員が揃って首を傾げた。

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