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別れを告げたはずの婚約者と、二度目の恋が始まるその時は  作者: 当麻月菜
第一章 上司と部下になった貴方と私
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9

 ──ジェラルドの訪問から二ヶ月後のとある日の午後。 


「あのさぁ、あんた自分のやったことわかってんの!?マジで殺すよ?っていうか、死ねローガ!」

「だーかーらぁー。もう、何遍も謝ってんじゃんリーチェ姉さんよぅ。ごめんって」

「黙れ、馬鹿ローガ。ごめんで済んだら、誰も貧乏になってないわっ。このボンクラ!」

「それを言うなら自警団はいらね?じゃないん…… うわぁっ、ビーカー投げんなよっ」

「お黙りなさいっ。とにかく、街に行って今すぐ買ってきなさいっ!もちろん自腹よ自腹!びた一文、経費使わないでよね!!」

「そんな殺生な!」

「おだまり!!」


 ─── バンッ。


 机に散らばる書類や文房具を弾き飛ばす勢いで、リーチェが両手をテーブルに叩きつけた。






 食堂からお茶のお代わりを運んでいたクラーラはその音を廊下で聞き、慌てて共同研究室へと向かった。


 ただならぬ気配が扉から伝わり、音を立てぬようそっと顔を覗かせる。


 扉の向こうには青筋立てたリーチェと、不貞腐れつつ涙目のローガ。二人は一触即発の状態でテーブルを挟んで向き合っている。


「……えっと、どうしたんですか?」

「喧嘩よ喧嘩」

 

 呆れ顔で端的に説明してくれたナタリーは、困ったもんねと言いたげに頬に手を当てた。


「ま、また……ですか」

「そうよ、また──おっと危ない」


 冷や汗をかいたクラーラの手から滑り落ちかけたお茶一式が乗ったトレーをナタリーは間一髪で受け取った。


 このチームは良くも悪くも仲が良い。だからこそ、時には激しくぶつかり合うことがある。


 ただこういう時はまとめ役であり、年長者のサリダンが間に入って仲裁してくれるので、さほど大事にはならない。


 だが今日に限って、彼は商談の為に街へと出張中だった。これは一大事である。


「……どうしましょう」

「そうねぇ、一先ず刃物と割れ物は、リーチェの目に付かない場所に置いておいた方が良いわね。私は鎮静効果のあるキャンドルを焚いてみるから」

「そうですね」


 姉後肌のリーチェは面倒見が良く、そうめったなことでは怒らない。


 しかし一度怒りに火が付いたら、それはもうおっかないし、厄介なことに怒りはなかなか治まらない。


 これはどうしたものかと途方に暮れながらも、クラーラは危険物になりそうなハサミや試験管をそぉっと片付ける。


 ビーカーが一つ床に転がっていたが、幸い割れてはいなかった。もちろんこれも拾ってリーチェの手が届かない位置に移動させる。


 ──あと、私にできることは……。


 鎮静作用のあるキャンドルをありったけ集めて火を灯すナタリーを横目に、クラーラは自分ができそうなことはないかと必死に頭を働かす。


 しかし見習い研究員に逆鱗に触れたドラゴンを宥める術などあるわけない。


 あとは、先輩研究員の二人が被害者と加害者で連行されぬよう、身を呈してローガの命を守ることしかできない。


 殉職したくは無いが、クラーラの命は神のみぞ知るといったところ。


 そんな緊迫とした空気の中、カチャっと静かに扉が開いた。


「──失礼、何事ですか?」


 リーチェの激昂する声を聞きつけたのだろう。訝しげな表情でヴァルラムが廊下側の扉を開けて顔を覗かせた。


「ああ、丁度良かった。ヴァルラム室長、ちょっとお遣いを頼んで良いかしら?」

「構わないです……が」


 一先ず頷いたヴァルラムだけれど、状況はまったく把握できていないようだ。


「その前に質問を。私の目には研究員の二人が諍いを起こしているように見えますが……」

「そうよ、その通りです。ローガがね、リーチェが大切にしていた最後の木綿の1ロールを使っちゃったのよ。リーチェはお貴族さんから染物の依頼を受けてたんだけど、その納期がギリギリだったりするのよねー」

「……それは、困りましたね」


 ヴァルラムはようやく諍いの原因がわかったようで、肩を竦めた。


 そして共同研究室に足を踏み入れると、クラーラの隣の椅子を引いて何食わぬ顔をして座った。


「……隣じゃなくても良いんじゃないんでしょうか」


 こんな時なのにジトリと彼を睨み付けてしまう自分が嫌になる。なのにヴァルラムときたら、


「どうかしたかい? クラーラさん。席順は特に決まっていないはずだけれど?」


 わざとらしく目を見開いて、驚いた表情まで作ってみせた。


 そんなカッコいい顔で白々しいこと言わなくてもと、ぐぐっと呻くクラーラに、ヴァルラムはにこっと笑みを向ける。けれど、すぐにナタリーに視線を戻した。


「状況はわかりました。つまり私は今すぐ木綿生地をロールで買って来れば良いってことで?」

「ええ、話が早くて助かるわ。いつも注文しているお店は隣町にあるの。で、品番は……ああ、クラーラが知ってるから一緒に連れて行ってちょうだい」

「わかりましまた。すぐに()()で向かいます」


 二人、というワードをやけに強調して言ったヴァルラムは、軽やかに立ち上がる。


「何をもたもたしているクラーラ君。共に働く研究員の為に、急ぐべきではないか?」


 扉を開けて、ヴァルラムはクラーラが立ち上がるのを待つ。


 しかしクラーラは渋面を浮かべて椅子から立ち上がらない。


 そりゃあ、彼が言っているのはとても正論だ。とっとと隣町に足を向けるべきだ。


 しかしヴァルラムと二人っきりっというのに抵抗がある。まだ彼との向き合い方がわからないといのに。


 そんな気持ちからまごまごするクラーラと、精一杯上司然しようとするが不安そうに返事を待つヴァルラム。二人の心中は一目瞭然だ。


 ここは誰かが背中を押さないと二人は一生この状態が続くだろう。


 そんな予感を覚えたナタリーは、ポンっとクラーラの肩を叩く。


「クラーラちゃん、鎮静作用のあるキャンドルはストックゼロなの。この火が消えたら、ローガの命も消えるわよ?」


 物騒この上ないナタリーの煽りに、クラーラは弾かれたように立ち上がる。


「行きます!すぐに行きます!!」


 ビュンと音がしそうな勢いで廊下に飛び出したクラーラをヴァルラムは「待て」と言いながら慌てて追った。

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