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三年ぶりの再会①

 ランドカスタ国の外れにひっそりと佇むマノア植物研究所は、人里離れた山の奥地にある。


 自然豊かなここは真夏でも清らかな冷たさを保つ川の源流が近くにあり、栽培不可能といわれている貴重な植物を数多く育てることができている。 


 そのため植物を使った香料、染料、樹皮関連において数々の論文が学会で取り上げられ世間から注目を浴びており、また研究所で開発された商品は国内外問わず幅広く人気を博している。


 なのに、ここの会計状況は年中火の車。支援を申し入れたくても、外部の侵入を拒むかのように研究所は固い門扉に閉ざされている。


 いつの世でも研究には多額の費用が必要だというのに、どうしてそこまで拒むのだろう。


 救いの手を差し伸べたくて仕方がない支援者達は首をかしげるばかりだが、それにはれっきとした理由がある。


 マノア植物研究所は、諸般の事情で身分を偽らないといけない者。何かに追われて身を隠さないといけない者。はたまた行き場を失った者が集う場所。


 もしくは奇人変人と呼ばれている者達が居心地良く従事できる場所だから。


 そんな訳アリ人が集うここは、真実を知る限られた者達からこう呼ばれている───【掃き溜め研究所】と。






 始まりの季節を祝福するかのように、色とりどりの花びらがここマノア植物研究所に舞う。


「こんな辺鄙な研究所に、良く来てくれたねヒーストン卿。ありがとう、歓迎するよ。さて、ここの研究員達は皆、一癖も二癖もある連中でね、彼らをまとめていくのは結構……いや、かなり……うううーん、ぶっちゃけ胃が痛くなるほど大変だ。覚悟しておくれ」


 縦に短く横に長い研究所の所長であるケード・ルドルファは執務机から頭をちょこんと出し、遠い目をする。


 所長の前で起立した姿勢を取る新任室長は、所長はストレスがたまると食に走るタイプなのかと冷静に分析するが、口に出すことはせず青年らしい爽やかな笑みを湛え続ける。


「ま、任期が終了するまで色々あると思うが、まずは気負わず頑張ってくれ」


 最終的にありきたりな言葉で締めた所長は、ここで人の良い笑みを浮かべた。対して青年は笑みを消し、表情を引き締めた。


「ご忠告ありがとうございます。精一杯頑張ります。それと、ここでは()()()ヒーストンで結構です」


 背筋を伸ばしてきっぱりと言い切った青年───ヴァルラム・ヒーストンは、王都では次期公爵家当主と呼ばれる存在だった。


 また鉱石研究者でもあり、齢21で既に幾つかの論文も学会に取り上げられている。


 輝かしい未来を約束された次期公爵家当主が、なんの因果でこんな辺鄙な研究所の室長の席を望んだのかはわからない。


 けれど、彼が室長に就任するにあたり多大な寄付が研究所に納められたことは事実で、今後ヒーストン家の後ろ楯があれば、助かることはあっても困ることはない。


 そんな大人の事情から、ケードは彼の主張をあっさりと呑むことにした。


「ではヒーストン室長、改めてこれからどうぞよろしく」


 立ち上がったケードは無造作に片手を伸ばす。


 そうすれば、新任室長は「こちらこそ」と慇懃に礼を取り──二人は固い握手を交わした。





 ***




 ケードが描いた雑な地図を便りに、ヴァルラムはお目当ての場所にたどり着く。


 今日から2年間室長として過ごす部屋は、乾いた笑いが出るほど狭く貧相なそれだった。


 長年使い込まれている──といえば聞こえが良いが、大きさだけは一人前の古びた執務机に、お世辞にも座り心地が良いとは言えない椅子。


 入り口には白衣や上着を掛ける為に用意されたポールハンガーがあるが、絶妙なバランスを保っているため、安易に上着を掛ければ倒れることは間違いない。


 みすぼらしくて、古くさい。


 その言葉がこれほどぴったり合う場所を、ヴァルラムは目にしたことが無かった。ある程度は覚悟していたが、さすがに驚きを隠せない。


 しかし今のヴァルラムにとっては、些末なことに過ぎなかった。 


 窓側に設えてある執務机に深く腰かけ大きく息を吐く。


「──ララ」


 目を閉じれば、在りし日のカプチーノ色の柔らかい髪が靡く様が蘇る。


『ヴァル、あのね、聞いて聞いてっ。今日ね───』


 自分の姿を見つけた途端、小ウサギのように駆け寄ってくる愛しい彼女を何度思い出しただろうか。


 しかし、年月は過ぎても記憶の中のララは、ずっと16歳のままだった。なぜならララは、ある日突然、姿を消してしまったから。


 婚約者である自分に、別れを告げる一通の手紙だけを残して。


 ララが自分の元から去った理由は、おそらく男爵位だった彼女の家が没落したからだろう。


 公爵位を持つ自分と、平民になってしまった彼女。身分差だけで見るなら、婚約は白紙に戻すのが普通だ。


 でもヴァルラムは、ララを一人の女性として愛していた。彼女以外の女性と結婚するなどあり得ない。


 その気持ちをヴァルラムは胸に抱えていただけではなく、言葉としてララに伝えていた。


 だからこそ、当時は手紙を一つ置いて姿を消したララに腹を立てた。


 どうして自分を頼ってくれなかったのだろう、身分差などどうとでも埋められるのに、と。


 だが怒りはすぐに治まった。それよりララの安否の方が心配だった。寒い思いはしていないか、ひもじい思いはしていないか。身の危険が及んでいないか、怖い思いはしていないか、寂しくはないか、苦しくはないか。


 胸が張り裂けそうな思いを抱えて、ヴァルラムは三年間ずっとララを探し続けていた。


 そして血の滲むような努力の甲斐あって、今日、とうとう本物の彼女に会える。


 同世代より幼かった彼女は、どんな姿になっているのだろうか。自分を目にして、あの頃のように無邪気に笑ってくれるだろうか。それとも大人の女性のようにふわりと微笑んでくれるのだろうか。


 まだ見ぬララの姿が浮かんでは消え、昨晩は緊張のあまり寝付けなかった。そんな自分を、まるで子供みたいだと苦笑した。 

 

 今朝だって寝不足のまま所長の話を気もそぞろに聞き流して、やっとここまで辿り着いたのだ。


 長かった。とてつもなく。不安で心が押しつぶされそうになったことなど数え切れない。


「……ああ、待ち遠しい」


 立ち上がり窓辺に足を向けると、ヴァルラムは空を見上げる。


 今日という日を祝福するかのように、薄紅色の花びらが空を舞う。


 視線を下に落とせば、研究所の棟と棟の間の道をヤギと鹿が我が物顔で闊歩している。


「ははっ」


 思わず笑いが込み上げてくる。


 長年恋い慕う彼女と再会するには、なかなか度肝を抜く場所だ。


 だが、それも悪くない。きっといつか年月が過ぎた時、二人で「そんなこともあったね」と、笑い会えるだろう。


 ヴァルラムは眩しいほどに明るい未来を思い描きながら、壁時計を見る。針は思った以上に動いていない。


 今日に限って時計の針が進むのが、やけに遅く感じた。

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