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Jet Black Witches ー 萌芽 ー  作者: AZO
2.芽吹き。2.親友の家族編
31/60

イルと母親

「さてと、イルちゃん。私、耳が良いものだから、全部聞こえていたの。話せる範囲でいいから、イルちゃんとご家族、周囲の状況等を教えてもらえると嬉しいな、って思うの。今日の癒やしもそうだけど、何かしらのお役に立てるかもしれないじゃない」


 すると、纏まらないまま、イルは思うところがあったのか、つらつらと言葉を綴り始める。


「私はみんなからしっかりしているってよく言われるの。元々そういう資質に恵まれていたこともあると思うけど、私は日々を精一杯生きている。だから今では大人の人とも言い負けないくらいの思考力、判断力、常識や話術を自己研鑽してきたつもりなの」

 イル自身の話だけど、やはりすごいなぁ、イルは。


「私の家族、というか、私の一族は、私とママの2人きりなの。3年前にお婆ちゃんが亡くなって、みんなお婆ちゃんが大好きだったから、一族総出でお葬式に向かったの。2日がかりの遠い所だったから、バスをチャーターしてね。そんなとき、間が悪く流行病に私がかかっていたため、付き添うママと2人だけ行けなかった。でも向かったはずのお葬式には誰も現れなかった。なんでも、暴力団だかテロ組織だかの抗争に巻き込まれたとかで、バスの燃料に引火爆発したらしく。パパと弟たちを含む一族をいっぺんに失ってしまったの」


 そんな大変な過去があったなんて、イルは全然表に出さなかったよ。

「そこから、一族のさまざまな借金を背負い、私を育てるために、お母さんは寝る間も惜しんで働いた。そこからは想像しやすいと思うけど、身体を酷使するお母さんは、次第に身体を壊しつつあって、今では病み臥せる割合が増えてきているの。私はそんなお母さんの助けになりたいから、自分を高める努力を重ねて今の私がいるの。今では大人顔負けな能力も備わってきていると自負しているけど、世間から見れば私はただの子どもでしかなくて、少しも稼ぐことができないの」


 一呼吸入れてイルは続ける。

「それと、ママから見ても大切に思ってくれている実の子どもだからか、うちの負債のことや、自分の身体の状態なんかは一切教えてくれないの。だからママの本当の状態を知らないのが実情。でもかなり良くないと思っているの。ママを大事にしたいのに。長生きして欲しいのに。力の無い自分が悔しくてたまらないの」

 次第に俯きつつ、語りながら噛み締めた悔しさが、そのまま大粒の涙となって溢れ落ちた。ぼとっ。


 ズズッ。

 スンスン。

 ジュルジュル。


「イルぅ、イルぅ、イルイル、イィルゥーっ。やっぱりイルはすごい子だったーっ。イルぅ、頑張ったねーっ。ジュルジュル。ハダビジュー。ティッシュー」


「イルちゃん、偉かったねー。あなたはもっと報われるべきだわ。パパ、それでいいわね? ススン」


「あぁ、異論はない。オレは全力で助けたい。イルちゃんはうちの娘にしたいくらいだよ。ズズッ」


「マコちゃがいるでしょ? それにイルちゃんのお母さんはどうするのよ?」

「第2夫人とか?」


「うぐっ、とってもいい案ね。日本もN国も、たぶんこの国も、一夫多妻はやってないわよ。新しく王国でも創るのかしら?」

「あ、あぁ、それもいいけど柄じゃないな。ソフィアのところは無理だろうけど、うちの実家が養子縁組みってできないのかな? それができれば義兄弟で、マコトとイルちゃんも義理の従姉妹になるのでは? むぅ」


「イルと親戚かぁ。わーい。夢広がるねぇ。って、2人とも。イルのお母さん救えた気になってない?」

「あー、そうね。マコちゃにはまだ話してなかったし、気付いていない? あ、いや、本能的に気付いているとも言えるけど、マコちゃとイルちゃ、あ! そう呼ばせてもらってもいいかしら?」


「いいですよ。好きに呼んでいただいて」

「あー、話口調も崩していいわよ、イルちゃ? マコちゃと同じくらいで」

「いえ、そんなぁ」


「ママがいいって言ってんだからいいんだよ、イル。少なくともウチにいるときはママだと思ってもいいんじゃない? それでもママとはさすがに呼べないだろうから、うーんと、ママの名前はソフィアだから、愛着を込めて、たとえばソフィーなんて呼ぶのはどうよ? ママ」

「あ、それいいね。ひとまずそれで呼んでちょうだい」


「わかりま、ゴホン。わかったわ。ソフィー」

「うんうん。距離が近付いたようで嬉しいわ。それでね、マコちゃ。あなたとイルちゃ、とっくに親戚かもよ? って話よ。ずいぶん遠いかもしれないけどね」


「・、・、・、・、は?」


「あら? マコちゃ、一瞬見ないうちに、もうお婆ちゃまかしら? 耳遠くなった?」


「いやいや、耳はママにも劣らぬ地獄耳ですけど?」


「アハハハ、だから気付いてない、って言ったのよ。イルちゃのお婆ちゃんは、シャーマンだったって聞いたでしょ? そして、マコちゃにはイルちゃのオーラはどんな風に見える? 紋様は?」


「あ! ……なるほど。主張しない控えめな感じだったから、紋様は意識してなかったなぁ。そうね。遠いどこかの時点で別れたことは間違いなさそうだけど、シャナよりも前にってこと?」


「ああ、一子相伝の話ね。その可能性は高いけど、絶対じゃないわよ。それとマコちゃは弟と妹、どっちがいい?」

「なんの話よ。。。え? ま、まさか?」


「まぁ、その話はまた今度ね」

「うん、にへへ」

「一体なんの話してるの? さっぱり見えてこないよ」


 マコは突然イルに抱きついた。

「イルとマコはとっくに親戚だったかも? って話。そう考えると嬉しくなってきた。だから自然に惹かれるもの感じたのかな? それとも同じ匂いがしたのかも?」

 クンクン


「親戚? ? 匂い? 私って匂うの?」


「違う違う。たとえだよ。でも何? イルってば、なにか匂いがするの? クンクン?」

「いゃー、やめてー、嗅がないでー」


「じゃあ、そういうことで、後はママがいて、最悪パパが控えているから大丈夫ってこと?」


「何がどう大丈夫なのかわからないよー」


「ママの癒やしは見てなんとなく知ってるでしょ? それでなんとかできなかったときは、パパがなんとかしてくれるってことだよ。パパはすごいらしいよ。どうやるのかは知らないけどね」


「あ、うん、まぁ、そこは最終手段で、それを選択するには、越えなきゃいけない壁もあるし、絶対うまくいく保証はないからね。まぁ、状況にもよるけど、要件的にはおそらくは大丈夫だろうと思ってる」

「まぁ、そういうことで、イル君。あとはママたちに任せておけば大丈夫ってことだよ。でもパパ? 壁ってなぁに?」


「あぁ、それは、勝手にはできないから許可を得ないといけないからだよ」


「許可ってなぁに?」


「そ、それは、子どもは気にしなくてもいいんだよ」


「ふーん、うまくいくのならまぁいいや」

 パパは、うん、ママも、なぜかホッと胸をなで下ろす。


 マコはいつもそのくらいで流してしまうのだけど、そこにイルが食いついた。

「あ、あの、それって、もしかして、そのぉ、男女の機微なお話ですか?」


「あ、あのね、イルちゃ。そこはいつかきちんとお話するから、時間もないし今は流してほしいな? えーっとね、決して悪いようにはしないし、ならない。私たちはあなたたち親子の明るい未来を願っているだけなのよ」


「わかりました。いえ、していただけることになにか不安があるわけでも、ましてや不満があるわけでもありません。もう全面的に信頼しています。ただちょっとだけ機微な香りにドキドキしてしまっただけなので。あ、その、悪い見方ではなくて、母の生きるために忙殺されている姿ばかりを見てきました。それにけっこう堅物なんですよ。母も女ですし、たまにはそういうご褒美的な何かがあると生きる喜びを感じてくれるかも? あれ? 私ってば、なんて恥ずかしい。こちらこそ、流していただけたら嬉しいです」


「まぁ、ありがとう。あなたも、とても子どもとは思えない思考力を持っているのね。いろいろと楽しみだわ」


「あ、ありがとうございます。でも、さっきは自分のことばかり話したけど、マコちゃんに出会って打ちのめされたんです。マコちゃんは2つも年が下のはずなのに、何から何まで凄すぎて、驚かされっぱなしなんです」


「ええ? イルのほうがすごいよ? 総合的な判断力や、手際の良さ。マコより遥かにすごい人がいることに、びっくりしてるんだよ。それなのに、物腰も人あたりも良いでしょう? 周りはみんなイルのこと大好きなんだよね。むふふん。すごいでしょ?」

「あらあら、ドヤ顔? なんでマコちゃが自分のことのように自慢するのかしら? マコちゃもイルちゃが大好きなのね?」


「え? あ? そ、そうだよ。自慢のおねーちゃんみたいな? そんでもって、この可愛さ! もう反則級だよね。イル、大好き!」


「うふふ。ありがとう。でも、私がすごく見えたとすれば、それは、必死に培った努力の成果だけど、突き詰めれば、培ったからこそ身に付いたルーチンワークでしかないのよ」

「ん? ルーチンワーク?」


「たとえば、陸上の短距離選手が早くなるために筋力を付けて、研究と実践を日々繰り返して身に付けた無駄のない洗練されたフォームをもってすれば、誰にも負けない速さを手に入れることができるのね」

「うんうん」


「そう、それは力と技を極める努力を重ねた結果の賜物なの。すると何をどう努力すべきかの最小限のエッセンスのようなものもわかるようになって、そんな力や技を維持し、さらに磨きをかけるために、怠らずに繰り返すことがルーチンワークなの。それさえ怠らなければ、誰にも負けるはずもなく、みんながスゴいって誉めてくれる」

「なるほど。スゴいよ、イル」


「それなのに、ある日突然現れた天才スプリンターに、ムチャクチャなフォームなのに、バネのような脚力をもつその人に、いとも簡単に置き去りにされてしまうの」


「天賦の才。努力できることも含めて、私のためにある言葉だと思ってたわ。現に誰にも負けたことは無かったし、誰にも負けるつもりもなかった」


「でもあなたに出会って、気付かされたの」

「え? マコ?」


「私の中には、自分の能力の段階的なアウトラインというものがあってね。普通ならこれくらい、ちょっと力を出すとこれくらい、本気ならこれくらい、みたいなのがあって、普通レベルでも周りの子には凄すぎるらしくて、少し抑えたレベルで周りと接しているの」

「あ、うん、それわかる」


「するとどう? 私より2つも下の、しゃべり始めてまだ日が浅いはずの幼い、しかも可愛い子が、幼く可愛らしい、それでいてよく通る声で、ことの核心を突く言葉を放ち、何が悪くてどうすべきかを解きほぐし、そこで「こうしなさい」ではなくて、関係する各々が、「じゃあ、こうすればいいよね」っていう解決案を導き出す。この各々は解決案を出した自分はすごいでしょ? 的な態度で、その幼い子はその子をひたすら誉める」

「へー、知らない。そんなすごい子もいるんだ」


「一見、自分たちで悩んで解決したテイなんだけど、状況を聞き取り、理解し、本質を見定め、いくつかの解決案の糸口を提示して、自分たちの考えの中で皆が等しく本質理解と現状打破への脳内シミュレーションができる土壌へと引きずり込んだ上で、解決策を吐き出させ、みんなが納得するシナリオに落ち着く、そんな流れを作り上げて、見事にゴールまで導いてのけたのは、各々ではなく、その幼い子の手腕だとみてるの」

「エー? 誰? マコの知らない子なの?」


「もー、どこまで天然なの? マコちゃん、あなたのことしか言ってないでしょう?」

「え? わたす?」


「うふふ。イルちゃ? 不思議に思うかもしれないけどね、これがマコちゃの素なのよ。マコちゃ的には確かに現状や打開策みたいなものを見いだす能力はあるみたいだけど、それをうまく言葉にするには経験不足のせいで、カタコトみたいな説明になるみたいなの。でも周りからすれば、それが超絶ヒントになって、なんかうまい具合に解決に向かうみたいよ」

「え? そうなの?」

「うんうん。そうそう。イルは買い被り過ぎなんだよ」


「それがほんとならもっとすごいことだよ。マコちゃんの天然具合は、今は幼いから誰も思わないけれど、もう少し年を重ねると、それをあざとい、って捉える輩も存在するのよ。でも同じ時間を過ごすことが多くなって、邪心なんてまったくないことが良くてわかって、私も天然であることは確信してはいるの。なら、結論が見えているものなのに、なぜそれを言葉にして伝えないのかな? って。でもそれが幼さゆえの経験不足な会話術なのだ、ってことも理解できた。だから、それが備わっていくこれからがすごいことになる、その予感が怖くなる。あ、悪い意味じゃないよ? もう一つは、結果的に人心掌握と人心誘導というすごいスキルを知らず知らずのうちに身に付けていること。その成り行きを見てきて思うのだけれど、何かを思い、それを他人に伝えることの難しさは嫌というほど知っている。いかに素晴らしい考えをもってしても、みんなが同じ考えに至ることはない、ということも。でも、さっきも言った、皆を同じフィールドに引きずり込んで、問題点を等しく捉えさせ、各々の理解へと導く。それができないから、なかなか世の中は難しい。けれど、マコちゃんの能力ならその根本改善に繋がるわけでしょ? それはすごいことだと思う。ただし、それに気付いた人が、洗脳とか言い出したり、その能力を悪いことに使いたい人も現れるから、また世の中が混沌と化する可能性も否定できないし。まぁ、稀有なすごい能力なのは間違いないね」


「うんうん。そこは別の人の話だね」


「ア・ナ・タ・の・は・な・し。話が脱線しちゃったけど、思考力も問題解決力もスゴいけど、そこに含まれる計算力や暗記力もすごいし、私の能力アウトラインの本気ラインをあっちこっち突き破るくらいのポテンシャルがあることを認識しているの。私も負けたくないから、張り合うつもりはないけど、自分の努力でなんとかできないか考えてみたの。そうするとね、考えれば考えるほど、マコちゃんの凄さが際立つばかりで、もう別格なんだなって。もちろん、他の誰かにまで負けるつもりはないから、努力は怠らないよ。でもね、自分の身の丈を知る良い機会だったし、そんな勝ち負けみたいなことはまるで考えてもいないように、私にこれでもかってくらいの眩しい笑顔を向けてくるマコちゃん。そんな天真爛漫なマコちゃんを見てると、敵わないや、って思ってしまう。そしてそんな笑顔をずっと見ていたいと思う。守っていきたいって思う。たぶんマコちゃんに恋してしまったのかなぁって思うの。それに加えて、マコちゃんに出会えたから、ソフィーにも、その、パパさんにも出会えて、まだどうなるかはわからないけど、母にとっての未来が明るく変わるかもしれないこと、それから、その急に知ることになった不思議な力? まだよくはわからないけど、神秘的すぎる世界を目の当たりにできる幸せ。そして私にも使える可能性が示された。もう普通では味わえないすごい人生になりそうな予感で、心がフルフル震えているのがわかる。もう私にとって、マコちゃんは規格外なのが当たり前なの。私は皆さんとともにある人生を選び取りたいと心から思っています」


「ありがとう、イルちゃ。アナタの考えがよーくわかったわ。マコちゃをこれからもよろしくお願いするわね。でもね、イルちゃ。まだまだ驚くことはたくさんあるわよ。覚悟しといてね」

「ひゃい、まだまだ、あるのね」

「そだよ、イル。きっと楽しいと思うよ。わーい。マコもワクワク、ドッキドキーだよ」

「これがマコちゃんの通常運転なのね?」

「? ん?」


「それじゃ、イルちゃのおうちに伺いましょう? 病に臥せているって、言っていたから、伺った方がいいわよね」

「かまわないですけど、その、貧乏長屋みたいに密集しているから、音漏れがすごいですよ。それに光ったりしたら、近所が大騒ぎになりそうな気がします」


「あー、そっかぁ。それなら、こっちの方が近所もいないし、こっちがいっかぁ。じゃあ、しばらくここに親子で住んでみる? こっちの方が不便も多いけど、気は楽かもね。それに看病がもし必要になっても、4人いるから負担も減るしね。パパ? お部屋って増やせそう?」

「仕切りを調整して、来客用の空気ベッドを設置すれば、うん。大丈夫かな?」


「イルちゃ? お母さんは連れ出せそう?」

「たぶん遠慮したり、不安からの抵抗はあるかもしれないけど、皆さんの誠意が伝われば、来客の予定がないなら、たぶん大丈夫かな?」


「わかったわ。じゃあ、みんな。イルちゃママの奪還作戦開始だよ?」

「奪還? 奪いに行くの? 誰から?」

「アハハハ、気分で付けた作戦名だから、細かいことは気にしないの」


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