ニョロ太、癒やしと失意
「おーい、生きてるぅ?」
「あー、やっと来た。あれっ? マコちゃん入るんじゃなかったの?」
「あー、それはなし。イルに叱られちゃったもの。いつか好きな人ができるまでは、乙女の柔肌は誰にも見せちゃダメなんだよ」
「ちぇーっ、でもそれならオレにもチャンスあるってことだよね?」
「ないとは言い切れないけど、難しいんじゃない? たぶん。それにニョロ太はイルを狙ってたんじゃなかったの?」
「そ、そうなんだよなー。イルが可愛くて仕方ないのだけど、マコちゃんのお母さんを見てから、それに似ているマコちゃんの可愛さが見えてきて、両方とも好きになったみたい」
「あー、ママ効果かぁ、ひくわー。それに、そういうのって不浄って言うんじゃないの? ゼロから出直しだね!」
「だねー。私はマコちゃんと仲良くできればほかに何も要らないし」
「えぇぇー。そんなぁ」
「さ、戻ろ! あれっ? 早く服着なよー。もう見飽きたんだから。それ」
「な、なんか扱いがヒドすぎない?」
「いーの、いーの。ほら急いで!」
着替えさせたら、部屋に連れ戻る。すると、お部屋は軽いパーティームードに仕上がっていた。
「あれっ? これはなにごと?」
「パパがね、せっかくマコちゃの友達? がいっぱい来てくれたし、男の子たちは友達じゃないとしても、一歩間違えると後遺症が残りそうなところを救えた記念と、何よりもイルちゃん。可愛らしくてママもパパも気に入っちゃったし、マコちゃをよろしくね、の記念パーティーよ」
「え、え、え、私? ど、どーしよ。えっと、私なんて何もしてないですよ? なぜかわからないけど、気に入っていただけたのなら、こんなに嬉しいことはありません。でも、どこを気に入っていただけたのですか?」
「んーとね、まぁ、全部かな? もう非の打ち所がない、っていうか、私たちにはなんとなくわかるのよ。マコちゃが初めておうちに連れてきたお友だちでもあるし、マコちゃがあれほど誉めるなんて、ふつうはあり得ないのよ。贔屓目ではなく、マコちゃは優れた頭脳と優しい心を持ってるの。そんなマコちゃがほめちぎるイルちゃん。それだけでも充分信用にも値するわ。おまけに可愛いときたもんだ。それにね、あなた自身はたぶん気付いていないと思うけど、おそらく特別な力を眠らせているわよ? 私たちにわかる、といったのは主にそれのことで、いろいろと興味があるわ」
「特別な力ですか? たとえばマコちゃんみたいな、ですか?」
「まぁ、そうね。詳しくはいろいろ確認してみないとわからないけど、イルちゃんさえ良ければ、今度調べてみたいわね」
「まだピンとこないけど、ホントにあるなら嬉しいな」
「まぁ、今はそんなことより、ちょっとした軽い宴のつもりなの。夕食までご一緒したいけど、予定はどうかしら? おうちの方にも連絡入れたいけど大丈夫かしら?」
「あ、あの……」
「あら? 君たちまだいたの?」
「え?」
「アハハハ。冗談よ。あなた達もご一緒したいなら、おうちの方に連絡が必要よ。どうしたい? できれば理由も添えてね」
「で、できれば参加させていただきたいです。理由は、なぜか皆さんキラキラしているように見えて、日常の自分の周りの人たちとはまったく違う印象なんです。何が違うのかを知りたくなりました。それとゴニョゴニョ(……)です」
「え? 何?」
「イルちゃんとマコちゃんとその、お母さんとお近付きになりたくて……」
「ふぅむ。まぁ、正直で良い……のか? な? うーん。ま、いっか。で、そちらのアナタも同じかしら?」
「よ、よろしければ是非。理由は、さっきのと似てますが、ぼ、ぼくは引っ込み思案に悩みを感じています。みなさんがとても眩しく見えます。そこに秘訣があるのなら、あやかりたいと思っています」
「そうね。初見で言うのも失礼だけど、あなたに足りないのは自信と度胸じゃないかしら? ルックスも物腰も悪くないし、そこが改善できるなら、あなた化けるんじゃないかしら?」
「え? 妖怪か何かになるんですか?」
「アハハハ。違う違う。大物になるかも? って意味よ。伸びしろは大きそうだしね。わかったわ。じゃあ、そこに携帯電話があるから、おうちには電話あるかしら? あと掛けて繋がる時間なのかわからないけど、必ずおうちの方の了解を得ることが条件よ? あと、こんな辺鄙なところだから衛星の携帯電話なの、使い方はパパに聞いてね」
「「わかりました」」
「と、それより、身体の具合はどうかしら? 痛いところとか、気になるところ、違和感なんかはなぁい?」
「「だ、大丈夫です」」
「そう? 明日になっても異変がないなら大丈夫だけど、なにか気になるところがあれば、病院にかかりなさいね。ただし、そのときに、私やマコちゃのことを話してはダメよ。私たち医者じゃないし、医療を施したわけでもない。ただ、手際よく毒を拭き取っただけなんだから。わかったかしら?」
「わかってます。大丈夫です」
「よろしい。じゃあ、二人ともそこに仰向けになって目を閉じてくれる? 最後の仕上げよ」
「え? 何を?」
「いいからいいから、ほら早く」
急かされて、言われるがままに横になり目を閉じる二人。
「じゃあ、言うとおりに反応してみてね。いくわよ」
「はい」
「あぁ、いちいち返事はいいわ。別命あるまで黙っててね。はい、目を開けて、閉じて、開けて、頭はそのままで目だけ、右向いて、左向いて、上、下、前、じゃあ、目だけグルッとまわすよ。はい、時計回り、はい、反時計周り。はい、前向いて、次は目をパチパチ、開けては閉じるを繰り返す。はいパチパチのスピードを上げて。はい、OK。今までの動きで、痛かったり、鈍かったりしていることはなかったかしら? 返事ちょうだい」
「「大丈夫です」」
「了解、じゃあ、また目を閉じて」
「大きく深呼吸。吸ってぇ、吐いてぇ、そのまま。後は楽に呼吸して。しばらくそのままね」
二人の顔の前に、両手のそれぞれの手のひらをかざし、ソフィアは目を閉じる。すると手のひらに緑色の光が灯り、二人の顔面を覆うと、その輪郭も緑色の淡い光でうっすらと灯る。二人の目や口辺りから揺らめきが見える。その美しい光景をウットリとした恍惚の表情で見とれながら、イルは、ほぅっと息を漏らす。
イルは小声でマコに話しかける。
「あれは何をしているの?」
「癒やしをかけているのよ。きれいでしょう? マコにはまだできないの。だからママにこれをして欲しくて、二人を連れてきたのよ」
「なるほど。あの二人は幸せ者だね。ここまでしてもらえて。なんかちょっと羨ましいかも」
「そうだね。かけられてるほうも気持ちいいんだよ」
「そ、そうなの? あー、羨ましいなぁ。私もケガすればよかったなぁ」
「じゃあ、後でイルもかけてもらおうよ」
「え? いいの? だってどこもケガなんてしてないよ?」
「癒やしはケガだけじゃないよ。疲労まで回復しちゃえるし、あんだけドタバタしたから、ケガとはいえなくても、小さなすり傷みたいなものはたくさんあると思うよ。かけて終わるとねぇ、あかちゃんみたいにプルンとした肌になるのよ」
「え、え、えぇ? それはホントなの? あーん、やって欲しい。ホント? ホント? ウソじゃないよね? 心の底からやって欲しいよぉ! ど、ドキドキしてきたぁ」
「アハハハ。どんだけ楽しみなの? それよりさ、イルぅ、今日さ、泊まっていかない?」
「えぇっ? び、びっくりしたぁ。さっきのドキドキ、どっかに飛んで行っちゃったよ。えと、すごく嬉しいお誘いなんだけど、おうちに帰って聞いてみないとなんとも言えないや。それにね、うちはお母さんと二人だけの母子家庭なんだけど、お母さんが病に臥せりがちで、特に最近調子が良くないんだ。だから外泊なんて、できるかどうかわからないの」
「ええ? そんなにお母さんの具合が良くないのなら、お母さんこそが癒やしを受けるべきじゃない?」
「えぇ? あ! そうか。気付かなかったわ。で、でも、そこまでお世話になるわけにはいかないわ。お母さんからすれば、見知らぬ人に、そんな不躾なお願いできるわけないよ」
ピカッとママの目が光った気がした。っと、矢継ぎ早に話し始めた。
「聞こえたわよ。イルちゃん。はい、あなたたち、終わりよ。毒で傷んだ肌や、小傷なんかも綺麗になってると思うから確認してね。それから突然で申し訳ないけれど、今日の宴は中止よ。また改めて仕切り直しさせてちょうだいね。ちょっと大事な用事ができたから、今日はお開き。おうちに帰りなさい」
「えぇ?」
突然のキャンセル通知に驚き、さっきまでの幸福感が吹き飛ぶニョロ太たち。
「急用じゃ仕方ありませんね。支度して帰ります。今日はいろいろとありがとうございました」
渋々感を全身に漂わせながら、帰宅を迫られ、放り出されるようにウチを出る二人。
「気を付けて帰りなさい」
「じゃあね」
「バイバーイ」
何度も振り返りながら、しずしずと去っていった。




