イルの雀躍り
「あー、そのことだけど、この力のおかげで、既にかなりの時間短縮もできたわけだし、それに、この力のことを思い出したからこそ、対策の妙案が思い付いたし、それにはイルの理解と協力が欠かせないことと、イルなら話しても大丈夫かな、と思ったの」
「その妙案? って、どんなものなの? 急激に興味が湧き上がってきた。さっきの今だもの、なんか摩訶不思議なことが起こるのかしら? うー、ワクワクしちゃうわ! ちょっと不謹慎かもだけどね」
「あ、いや、そんなたいそうなことは考えてないけど、なんとなくできそうなイメージがあって、ちょっと試してみたいなぁって思って」
「うんうん、んで、んで?」
「マコはまだ、駆け出しみたいなもので、できることは少ないのだけれど、まず付着している毒を引き剥がせる気がするのと、癒やしの力が使えたら、一気に治癒が進むかもしれない? って思ったの」
「そ、そんなことが本当にできるの?」
「うん、マコにどこまでできるかはやってみなきゃだけど、うまくできなくても、少しはマシな応急処置にはなりそうだし、最悪、ウチに連れていければ、今日はパパもママもいるから、何とかなると思う」
「ぇ? お父さん、お母さんはお医者様なの? それとも、ま、魔法使い?」
「あ、うん。ママがね。呼び方はよくわからないけど不思議な力が使えるよ。絶対に誰にも言わないでね。誰かに知られたら、うちの家族が大変な目に遭うのはもちろんだけど、イルにも何かしらの被害は及ぶと思うの。だから、胸の内にしまっておいて欲しいし、目の前の彼らにも知られないように、細心の注意を払って欲しい」
「わかったわ。大丈夫、安心して。隠し事は得意なの」
「ホッ、良かった。じゃあ、早速できる範囲のことを試してみるね。まずは毒の除去」
マコは身体の表面の毒の分泌物に集中し、イメージを深めつつ、自身の身にうっすらとオーラを纏う。
光溢れる昼下がりの晴天下、木陰とはいえ、この光量の豊富な状況では、うっすらとしたオーラの輝きは、通常人の目に止まることはない。しかし、イルの目には、うっすらと灯るようなマコ自身と、そこを中心に、淡い光の粒子がゆっくりふんわり集まっていくように映る。
「うわぁ……」
美しく幻想的にも見える様子に、思わずウットリと見とれたイルがうっかり声を漏らす。
イルにも見えているらしいことに、少し驚くマコは、微笑みとともに返す。
「嬉しい。イルにも見えるのね? それなら、これからやることと、それに対する彼らの身体の反応や変化を一緒に見ててくれる?」
「う、うん、わかったわ」
この分泌物だけをオーラで包み込むために、身体の表面をオーラでなぞってみた。
おっ? 分泌物は油成分が多いからか、身体に対しての異質感を明確に感じる。コレはもしかして? っと、木の表面をナイフで削るようなイメージで、オーラを当ててみると、ペリペリと剥がすような感じで、分泌物が皮膚から分離されていく。
「表面の分泌物だけを浮かせることができるみたい。このままどんどん剥ぎ取っていこうと思うの」
「うん。特に痛がってる様子も無いみたい」
「ありがとう。じゃあ続けるね」
イルはコクリと頷いて返す。
ある程度、分離の量が集まったら、そのまま剥ぎ取るようにして、地面に捨てる。剥ぎ取った部位の皮膚は、毒の影響を受けたためか、やや赤みを帯びている。大丈夫なのかな?
「ちょっと赤いけど、皮膚の質感は、通常の肌に近い感じだね。このまま進めても大丈夫そうよ」
イルがその観察眼で、冷静な状態診断を伝えてくれる。
「え? あ、いや、すごく助かる。でも、どうしてそんなに的確な診断ができるの? マコも始めたはいいけど、微妙な判断ができないなぁ、って心配してたんだ」
「あ、あぁ、亡くなったお婆ちゃんがシャーマンで、呪術医療に立ち会って、お手伝いしていたことがあるの。といっても、シャーマンって呼ばれてたけど、実際にはお婆ちゃん本人も呪術のつもりはなくて、なんか今のマコちゃんみたいな、見えない力で治療を施してたの。マコちゃんみたいな幻想的ではなかったと思うけど、確かな腕を持ってたわ。まぁ、そんなわけで見る目だけは養ってきたから、何もない人よりはわかるつもりよ」
「おぉ、心強いです。やっぱりすごいなイルは」
「いやいや、すごいのはマコちゃんのほうだよ。あとで、いろいろ聞かせてね」
「うん。二人とも、目と口の内側以外で、身体の表面はだいたい取り除けたと思う。今から目と口の周りにかかるけど、眼球には触れないように浅めにやるから、後はお風呂で顔を洗って、それでも痛がるようなら医者に行くしかないね。じゃあ、やるよ。あ、10秒くらい待ってて」
『シャナ、聞こえる?』
『おう、なんじゃマコ。せっかくソフィアを通じてドラマを観てたんじゃがの。急用か?』
『うん、急用。知り合いの男の子二人組が、訳あってカエルの毒を思いっきり浴びちゃって大変なの。マコと友だちで応急対応はして、もうすぐ終わるからそっちに連れて帰るつもり。要件は2つ。マコがあらかたの毒除去は済ませるけど、ママに細かな処置と、その後にできれば癒やしをかけて欲しい。もう一つはお風呂で洗い流すのが重要かと思ったから、パパにお風呂の準備をして欲しいの。パパママにそれを伝えてくれるかな?』
『そういうことか、わかった。到着は10分後くらいか?』
『もうちょっと早いかも。よろしくお願いします』
『わかった。気を付けて戻るんじゃぞ』
『はーい』
「考え込んでたようだけど、何してたの?」
「うちに連絡入れてた。お風呂の準備をしてもらいたかったから」
「え? どういうこと? もしかしてテレパシー使えるの?」
「あ、あぁ、後でね」
マコは2人に向き直り、普通の大きさの声で問いかける。
「二人とも、意識はある? まだ目は開けないでね」
「うん、大丈夫。身体は全体的に楽になった気がするけど、目の周りは滲みて痛くて、開けられない状態みたいなんだ。ごめんな」
「わかった。見通しついたからもう少しの我慢だよ。まず、口と喉、鼻の中は、ざっくり除去終わった。舌に嫌な味が残るようならよーくうがいするんだよ。じゃあ、目の回りいくよ。痛かったら、痛いって言っていいけど、暴れないでね?」
「わかった。よろしくお願いします」
「はいよ」
「まずはニョロ太。そーっと、剥がして、剥がして……」
「痛っ」
「あ、ごめんごめん。滲みちゃうね。まぁ、すぐに洗い流せば大丈夫なくらいになったかな?」
「次はゲコ太。おー、こっちは表面だけで、ほとんど滲みてないみたいだね。良かった良かった」
「じゃあ、これから、ウチに連れてくから、このリヤカーに乗って! 目は開けちゃダメだからね。そう、そこで片足を上げて、壁板を乗り越えないと。そうそう、乗れたら、奥に詰めて、座って」
「イルはニョロ太を乗せてくれる。リヤカーは、普通引っ張っていくものだけど、今回は押す方向の向きになるからね」
「OK。乗せたよ」
「じゃあ、イルも乗って! 振り落とされないように、周りの壁板をしっかり掴むんだよ?」
「え? マコちゃんひとりで平気なの?」
「あぁ、うん、大丈夫。じゃあ、行くよ、ゴー!」
まずはリヤカー全体をオーラで包む。
リヤカーを引くバーを後尾側にして、後ろから押していく。カラカラと動き始めて、安定姿勢が確立したら、この勢いを保つように前向きな力を加えつつ、10cmくらい浮くだけの上向きの力を加える。地面は近いが、完全に浮いているので、飛んでいる、とも言える。安定飛行が確認できたので、徐々に速度を上げていく。
イルは思った。
『ゆっくり動き始めたと思ったら、今や超高速移動中だ。でも、全く揺れも車輪の音や振動もない。どういうこと?』
また一つイルの常識が崩壊していく。イルは自分の心の平静を取り戻すためにも、マコに尋ねる。
「凄く速いことも疑問だけど、なぜ揺れないの?」
「浮いてるからね」
「えっ? あぁ、それでか。でも、どうやって……」
「まぁまぁ、後でね」
「う、うん」
「もうすぐ着くから、しっかり掴まっててね」
浮いて進めてきたリヤカーだが、ただ止めるだけなら後ろ向きの力を加えればいいし、ゆっくりでいいなら、それもありだ。
しかし今は緊急時で超高速移動中だ。そんな中で緊急停止なんてしたら、乗せている人への影響が大きすぎる。人体に無理なく素早く止めるために、人に対して横方向ではなく、垂直方向のプラスGを自然にかけれるのがベストだ。そう、エレベーターの下降から停止するぐらいに。
そのためには飛行機の着陸前の減速方法を参考に前後と上下の力成分をよくイメージして、前方向の力を減らしながら、前方(機首側)をゆっくり上げていく。すると、飛行機と違って翼はないが、リヤカーの底面に風を受けるため浮き上がろうとする。それを抑えるように上向きの力を減らしていく。少し浮き上がるのはOK。安全サイドだからだ。
急制動のためには、ある程度の仰角が必要だが、飛行機ほどの速さでもないし、上げすぎると戻しの操作が難しくなるから、最大仰角は30度程度に抑える。仰角を保持していると、徐々に速度が下がり、仰角による浮力も減っていくので、上向きの力で補完していく。
仰角を戻していくタイミングも重要だ。前向きの速度が残っているうちに、前向きの勢いを重ねながら、仰角を水平まで戻していく。うまく仰角0度で停止できたなら、ゆっくりふわりと接地するよう上向きの力を調整する。
うまくできただろうか?
失敗していると、不快感を与えたことになる。
「到着です。気持ち悪くない?」
「ううん、大丈夫。外の景色の見え方の変化はちょっとびっくりしたけど、意外に乗り心地は悪くなかったよ。マコちゃん巧いね。飛行機も操縦できたりするの?」
「ううん、でもパイロットはなってみたい職業かな? それよりも、さぁ、降りよう」
「キャンプ装備で暮らしてるのね。すごいわ」




