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Jet Black Witches ー 萌芽 ー  作者: AZO
1.芽生え。3.回想、ソフィア編
17/60

ソフィアの入浴

 行ってから5分も経たずに緊急信号だ。


 ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ


 ん? 何かあったか? 急いで風呂の入り口に駆け寄る。


「どうした? 大丈夫か? 何かあった?」


 黒子は、か細い声で返事を返す。

「お風呂、気持ちいいのだけど、筋肉が緩みすぎたのか、腕ひとつ動かせないみたいなの」


「そ、そうか。よ、良かった。えっと、お風呂を出られないってこと?」

「いえ、それもあるけど、頭を洗いたいの。入浴するのを手伝って貰えないかな? って思って」


「え、え、えーと、見られても平気なの?」

「いやよ! 恥ずかしいに決まってるじゃない! でもね、わたし、あなたが信用できるもの。目を閉じて、私の言葉にそって、私の髪を洗ってほしいと思っています。お願いできますか?」


「きょ、今日は洗髪を諦めるという選択もあるのでは?」

「記憶がないから、よくわからないのだけど、よほどひどい1日だったのか、汗をかいたというレベルではないの。油を浴びたのか、煙にも巻かれたのか、草にもまみれて、泥だらけにもなって、ありえない状態なの。そんな状態の髪で寝たくないし、髪も痛めちゃう。何より命の恩人であるあなたに、汚いとか臭いとか思ってほしくないの」


「そんなこと思わないから大丈夫だよ?」

「ううん、私が許せないの。女の子としての矜持だってあるのよ」


 それでオレが洗うのなら同じじゃない? って、思ったけど、いったん飲み込んだ。


「そうしてほしいなら、そうするよ」

「じゃあ、目隠しできるもの。アイマスクか、なければ縛れるタオルか手ぬぐい。それと濡れてもいいように水着とTシャツに着替えて来てね」


「アイマスクなんてたぶんないよ。海パンはあったかな~? Tシャツ? 必要?」

「必要だよ~。私のことをやってもらっている間、寒いでしょ? それに私が目のやり場に困るじゃない」


「わかった。ちょっと待ってて」

「のぼせそうだから、早めにね」


「お待たせ~。アイマスクと海パンあったよ」

「アイマスクしたら入って来て! 早く」


「入るよ~」

「そのまま進んで。そう。そこで止まって。右前に一歩。左に90度回転。そう、右前に半歩。そしたら両手を50センチ位前に伸ばすと私の両肩があるの。そう。あっ、ひゃん」


「あ、ご、ごめん」

「ううん、冷たくてビックリしただけ。でも冷たくて気持ちいい。そしたら両手をわきの下に入れて、私を立たせてほしいの。私、手も足もうまく動かせないのよ」

「わかった」


 思いもよらぬ状況にドキドキするが、オレは善意の紳士。言われることを淡々とこなすだけだ。そう言い聞かせながら手を脇のあたりに差し込む。や、柔らかくて、スベスベしてる。女の子ってすごい。なんだか別の生物なのでは? と思えてしまう。


「ひゃう。う、そのまま上に持ち上げて。ア、アイマスク、してるよね?」


 いちいち発する言葉が脳裏を刺激する。いや、なんとも言えない魅力的な声が、心をくすぐり続けるんだ。人として、他人とを分かつ、見えない心の柵を、ミニチュアな黒子の妖精がひとつひとつ、優しく溶かしていく、そんな感じだ。まずい、このままじゃ心の奥まで丸見えになってしまう。落ち着け、オレ!


「だ、大丈夫。何も見えてないよ。じゃあ、持ち上げるよ」

「うん、お願い」


 ザバンっ。


「ひゃ。恥ずかしい。み、見えてないよね?」

「だ、大丈夫。見えてないけど。君の声の反応にこっちがドキドキしちゃうよ」


「ごめんなさい。じゃあ、外に出してほしいの。わきの下をそのまま持ち上げるか、無理なら、お、お姫さま抱っこで」

「うん、抱え上げてみるよ。せえの!」


 ザパァン。ピチャピチャ。


「足、ドラム缶に当たるみたいだけど、曲げられないの?」

「無理。それができないから、今お願いしてるのよ」


「そっか、ゴメン。身長差がもっとあれば、ヒョイって出せるけど。うーん。抱っこしかないかな? あっ、君が両手をオレの首に回して抱きつくようにすれば、オレの両手が空くから足をなんとかできるかも?」

「そ、それはダメよ。いい案だけど、今の私の手は力が出ないから、つかまってられないの。それにその、お、む、胸が当たっちゃうし、ごめんなさい」

「ぶっ!」


 お、む、胸? 超弩級の攻撃を受けた気がした。(モヤモヤァ)

 見えないからこそ、想像が止められない。あぁぁ~~っ。


「ちょ、ちょっとぉ。素っ裸で抱え上げたまま、停止しないで~っ! 恥ずかしすぎる……」


 え? 想像を抑えようとするオレの良心の欠片に、非情な王手の一撃。す、素っ裸で、停止? ぐぁっ。脳内が加速する。彼女の甘い声から放たれる言葉だからこそ、今の見えていない羞恥心全開な状態を120%補完するには充分過ぎた。

 見えてないけれど、今のオレの手のひらには、リアル黒子の柔肌がある。そしてその指先には、その先の小高い丘へと続く麓の一角。その柔らかさたるや……だ、だだ、だめだ、その先を想像しちゃ。


 リアル黒子に触れている感触は、刺激的過ぎる脳内黒子姿を、さらに妖艶に補完する。オレの心を絡めとるのにそう時間は必要なかった。う、でちゃ……っ……た。うぅ。見てもいないのに。想像に負けたこと。理性が欲望に抗えなかったこと。何より、早かったこと。複雑な敗北感から、一気に放心状態に。


「ちょっとぁ。聞こえてる? 何で止まってるの? 恥ずかしいよぉ」


 ハッ! 一気に我に返る。良心の呵責から、自分の情けなさから、涙が出てきた。君を汚すつもりはないのにこの背徳感。


「ご、ごめん。ズズッ」

 彼女を足が着くまでゆっくり下ろす。


「泣いてるの? そんなにひどいこと言ったかしら? ごめんなさい。でも恥ずかしかったのよ」


 違うんだ。ごめんなさいはコッチのセリフ。

 でも彼女の声とその表情は、甘美な誘い。さっきの背徳感もなんのその。軽々と吹き飛ばしていく。瞬く間に、再び心は彼女色に染めあがる。それでなくても、第一印象で既にずきゅぅん、と打ち抜かれ、話すごとに好感度はうなぎ登り。声と言葉の波状爆撃。粉々になったというか、骨抜きにされたというか。もう彼女には抗えないことを一方的に悟る。


「じ、じゃあ、抱っこして出すね。右手は右肩で、うん、ここだよね」

「そう。その辺」


「左手は両足の膝の裏から、太ももにかかるところだよね?」

「たぶんそのあたりかな」


 左手で位置を確認しようとずらしていく。


「腰はこの辺?」

「ひゃ。そ、そこはお尻の近くだよ……」


「ご、ごめん。もしかして足が長いのかな?」

「さぁ、どうだろう? 全身を見た記憶もないからわからない」


「じゃあ、この辺が膝裏の太もも寄りのところ?」

「あっ、そ、そこは太ももだけど、お尻寄り。そこでも良いけど……ちょっと恥ずかしい、か、な?」


 ずきゅぅん。


「ごごご、ごめん。じゃあ、この辺?」

「そう。その辺」


「じゃあ、抱き上げるよ?」

「お願いします?」

「せいのっ!」


 じゃぽんっ。いっせいに抱え上げた。と思ったら、思ったより軽かったから、勢いが少し余って後ろによろける。

 抱き上げたしなやかな肢体が自分よりに。少し傾き加減なうえ、落としてはまずいと腕に力が少しこもった。あ、自分の右胸部分に彼女の二の腕と、その上に感じたことのない柔らかな感触。こ、これは、お、、、。い、意識が飛びそうだ。グルグル、回る。顔が熱すぎる。きっと真っ赤になってると思う。顔を見られてたら恥ずかしい。


 彼女から、心配される。

「だ、大丈夫?」

「う、うん」


 バ、バレてないみたいだ。ふぃーっ。

「じゃあ、左に90度回転してくれる? そう。半歩くらい前に椅子があるから、そこに座らせてほしいの」

「わかった。この辺かな?」


「半分お尻が落っこちちゃうから、10センチくらい前。そう。そこで下ろしてくれる? うん、ありがとう。じゃあ、今度は右前に一歩進んで、左90度回転。その辺にもう一つの椅子と、桶と、シャンプーと、リンスがあると思うから、それで髪を洗ってほしいの」

「わかった」


「あっ、その前に。今までのでわかったと思うけど、私の身体、なぜかいろいろ空っぽになっていたのか、身体がうまく動かせないの。でも、お風呂に浸かって、血が巡ろうとするけど、うまく流れないみたいで、今の状態なの。最初にしてくれたみたいに、手と足をほぐすように、軽くマッサージしてもらえると、少しは自由がきくような気がするの。今お願いできる?」


「いいよ。そんなことくらい。いつでもやってあげるから、いくらでも言いなよ」

「ありがとう。嬉しい」


「じゃあ、まず肩から揉もうか? 先に首まわりと肩をほぐしたほうが、血の流れ的にはいいような気がする」

「お任せします」


「じゃあ、始めるね」

「あっ、気持ちいい。すごく上手だね。頭の憂鬱さが薄れていく感じ。あっ、肩も。そこそこ。う、うん。こんなの初めて。天才なの? 毎日お願いしたいくらい」


 彼女の甘美な声と言葉が、脳をくすぐり続ける。


「うっ、ふぅーっ、うん、はぅ」


 終いには怒涛の重爆撃。オレのハートを守り固める強固な理性の鎧は、するりと脱がされ、小さく細かく揺さぶりがかけられたかと思ったら、最後の漏れるような吐息に、オレの素っ裸のハートはもう粉々に……


「あああ、あの、その声、ししし、刺激的すぎて、心臓が爆発しそうで、その……」

「あああ、ご、ごめんなさい。変ですか? 私の声」


「いや、変じゃなくて、むしろ凄く素敵な声で、でも、だからこそ、とろけちゃいそうで」

「え? いや、凄いのはあなたのマッサージのほうで、とろけちゃいそうなのは私のほうよぉ」


 端から見たら、何? この二人、みたいな会話だが、理屈じゃない。もうオレの心は鷲掴み状態だ。いやいや、勝負なんてしてるわけではないけれど、何故か敗北を認めざるを得なかった。ん? なにに? 


「いやいや、もうオレの負け。降参です。す、すす」


 ここでやめておけば良かったのに、後から後から湧き起こる心の声の濁流の圧に抗えず……


「好きです。愛しています。結婚してください。初めて見たときから一目惚れです」


 あ、極度にテンパってしまって、思わず心の声が零れてしまった。あぁぁぁ、もぅ止まれない。突っ走るしかない。


「き、君のことをどこの誰かも、何が好きで何が嫌いかもよく知らないし、君みたいな可愛い子が振り向いてくれる訳ないし、既に心に決めた恋人がいるのかもしれない。でも、会って間もない短い時間だけど、記憶を失っている、まさに素の君を見て、今まさに素っ裸の君を前にして、目に見えている今の君以上の本当の君がいるのかもしれないけど、今の君未満の君がいることはない。今後、これ以上の君を知るしかない以上、今の好きから、それ以上の好きになる未来しか思い当たらない」


 もぅなにがなんだかわからなくなってきた。でも発した言葉は終わらせなきゃ。


「その愛らしい顔、声、仕草、思いやる心。打ちのめされた敗北感しかない。君のすべてを一生をかけて見ていたい。そして守っていきたい。心からそう思う。

……あ、ああ、言ってしまった。あわわわ。思いっきりテンパってた。ごめん、忘れてくれていいよ」


 黒子ぽかーん。


 ……


「そそそ、そ、それは、ももも、もしかしてプ、プロポーズなの?」

「あああ、ば、ちが、いや違わない。あーーっ、やっちまったかな? えーと、好きなのは本心です。でも、君の都合を完全無視してるし、プロポーズなんて普通に考えたらあり得ないよね。忘れてください。あと、こんな場違いな奴だけど嫌わないでいてくれると救われます」


 途端にボロボロと黒子は泣き出す。姿は見えてないけど、ちょっと圧倒しちゃったから、怖がっているのかもしれない。


「ごめん、怖がらせちゃったよね。非常識だった。そんなつもりじゃなかったんだ。本当にごめん」

「ううん、違うの。嬉しすぎて心が震えてるの」


「え? どういう意味?」

「こういう意味」


 身体を少し捻り、マッサージして少し回復したらしい左手がオレの後頭部に回され、頭を引き寄せられる。と、また俺の胸のあたりに柔らかい感触。おっ、お、胸が当たってる? その次の瞬間、え? 唇に別の柔らかい感触が……ここ、これはもしかしてキス? ええ? エー、どういうこと?


「私も好きよ。あなたのこと。初めて会った時は、私たぶん死んでいたのよね? それを懸命に引き寄せて蘇生を諦めなかったから、今私の命はここにある。そのあともいやな顔ひとつ見せないで、献身的に私を介護し、私のことを一生懸命に労ってくれている。私が喜ぶ顔を引き出そうとしてくれる。感謝だけじゃない。もうとっくに私の心はあなたで満たされている。短い時間だったけど、私もあなたをずっと見ていたの。好きとか愛してるって気持ちの変化には自分のことだけど、すぐには気付かなかった」


 黒子は続ける。

「でも、あなたの前ではきれいでいたいと思ったの。こんな体の状態だもの、お風呂に入るのが無謀なことだとわかっていたの。でも入らずにはいられなかったの。それに結局あなたにまた助けてもらうことになってしまったけど、あなたのことは心の底から信用しているの。他の人にこんなムチャなお願いはできないし、他の人だったら、たとえそれで自分が死ぬようなことになるのがわかっていたとしてもお願いしようとは思わない。だいたい好きでもない人に裸を見られるのだけは絶対に嫌。でもあなたには恥ずかしいから見られたくないけど、見られても嫌じゃない。そう、いつの間にか好きになってたみたいね。でも恥ずかしいのよ? だから最悪見られるかもしれない覚悟で、ムチャなお願いしたの」

 

「ごめんなさい。私まだ右手が動かせないの。マスクを取って顔を見せてくれる? でも恥ずかしいから下はあまり見ないでね?」


 すっとマスクを外す。

「本気なの? オレたち、相思相愛ってこと?」

「はい、私は真剣な気持ちをお伝えしました。あなたは本気ではないの?」


 その言葉を聞いて、両手でギュッと抱きしめる。

「言ったでしょ。打ちのめされたって。もう骨の髄まで君でいっぱいなんだ。これ夢じゃないよね?」


 黒子の左手がオレの頬を抓る。


「イタタタタ。夢じゃない」


 再び唇を重ねる二人。


「今日は記念日ね。何かお祝いしなきゃだね」

「じゃあ、とっておきの食材奮発しなきゃね」


「それよりなんか冷えてきたし、マッサージも終わってないわ。ちょっと狭いけど一緒に入らない? 温まりながらのほうがマッサージも効果ありそうだし」


「うん賛成。でも相当狭いからくっつくしかないよ?」

「嫌なの?」

「ううん、嫌じゃないけど」


「じゃあ、決まりね。ちょっと右手も軽くマッサージしてくれる? 入る前に軽く洗わなくちゃ。背中だけでも流してあげたいな」

「わかった。モミモミ。こんな感じ?」

「うん、ちょっと動くようになった。じゃあ、あなたも脱いで、ほら」


「えぇ脱ぐの?」

「当然でしょ? 私だけ裸なの? でも、あんまり見ないでね」


「今はちょっとマズい……かも?」

「何がマズいの? 自分だけズルいよぉ」

「いや、そうだよね。オレもあんまり見ないでね。脱いだよ」

「あ!」

「だから見ないでって言ったじゃん? オレもすっごく恥ずかしい……」


「あああ、ごべんなさい。見たの初めてだし、見ないようにしてたはずなのに、目に飛び込んできたの。まさかそんなことになってたなんて……は、恥ずかしい……顔から火が出そう」


「アハハハ、言葉が変になってる。オレは見てないからね。信用ある男だもん」

「もぉ、いじわるね。じゃあ、チラッとなら見ていいわよ!」


「え? ホント? うおぉー」

「イヤーッ、やっぱり見ないでーッ。恥ずかしすぎるぅ」


「わかったよ。あんまり見ないようにする」

「ホッ、良かった。ドキドキしちゃうよ。ん? あんまり? じゃあ、見ることは見るってこと?」


「うー、寒くなってきたね。早く入ろっ!」

「あー、なんかごまかされた気がする。まぁ、いいや、入ろっか」


 黒子を抱きかかえて、ドラム缶に入っていく。


「ハッ! 私抱っこされてる今って、無防備で見られ放題だったんじゃない?」

「えー、見てない見てない。ホントホント」


「その言い方怪しい」

「ほら、足が上手く入らないから、おとなしくして!」

「ひゃ、ひゃい」


 黒子を抱っこした体勢のまま、足を小さく畳んだ状態で浸かっていく。


「寒くないか?」

「ううん、大丈夫よ。温かい。それより見たでしょ?」

「い、いや、その、見てないよ?」


「あー、その言い方。もう。それより、見ないでと言ったけど、見られても仕方ないとも言った。でも、触っていいとは言ってないわよ! 足だからいいともね。どさくさに紛れてお尻をちょいちょい触ってるでしょ?」


「触ってない触ってない。これは、その……」

「これは? 何?」

「これは、オレの意志とは無関係なんだ」

「そんなはずないでしょ?」


「そもそも足じゃないから」

「足じゃない? え? 手は私を抱えているから……え? えーっ、もしかして……」


 コクリと頷き、静かに顔が火照っていく。返す言葉が見つからない。


「え、あの、その、そういうものなの?」

「う、うん」

 ……


「えーと、ずっと私抱えてると腕疲れるし、不自由でしょ? 向き合うように置いてくれる?」

「え? いいの? 君が丸見えになるよ?」


「あっ、それはちょっと。じゃあ、同じ向きになるよう抱きかかえてくれる?」

「わかった、こうか?」


 足の間に座らせると、背が小さい分、顔まで浸かってしまう。それに今度は背中の腰のあたりに当たりそうだし、沈まないように抱きしめるにも、手の置き所が難しそうだ。仕方ないから、足を閉じた太ももの上に跨がるように座らせてみた。こうすれば、沈まず当たらず、足のマッサージもうまくできそうだ。


「えーっと、足に支えられて楽な体勢だし、マッサージしてくれるにも良い体勢なのはわかるけど、なんか足を開いて座るのは、乙女的にはとても恥ずかしいよぉ。あなたから見えないのはわかるけど、凄く落ち着かなくてそわそわするよ」

「んー、じゃあ、こうか?」


 オレの太ももに横座りする形で半身になって、ちょうど頭が肩のあたりにくる。最初の抱っこを座らせただけの形だ。足は閉じれてるし、胸は手で隠せてるから、たぶんOKじゃないか? 


「あーっ、この体勢、とてもいいね。足も落ち着くし、沈まないし、あなたに寄り添えるし、何よりあなたの顔がよく見えるもの。頭いーね」

「そうか? 満足していただけるなら良かった」


 そう言いながら、見つめ合い、そっと唇を重ねる。


「もご、そうそう、こんな風にキスもしやすくてばっちりだね。それに身体もくっつけられて幸せ感もハンパない」


 嬉しすぎる言葉を返してくれるのが、愛おしさを増していく、愛しくて愛しくて、ギュッと抱きしめる。こみ上げる幸福感。


「そだね。半身だけど抱きしめやすいしね」

「うん、幸せすぎていいのかな?」


「それはこっちのセリフ。今が幸せすぎて、君の記憶が戻ったら、今の関係が変わってしまわないか、それが怖い」


 話しながら、足のマッサージを始めていく。


「そうか、今の私と、記憶を取り戻した私。そのどちらとも接するあなた自身は何も変わらないのに、私だけに変化がある。その取り戻す記憶の中に全然違う性格の私がいたり、実は既に愛する恋人がいたり、もしかしたらもう人妻だったり? ううん、それはあり得ないよね。私まだ少女だと思ってるから、たぶん高校生くらい? だよね?」


「うん。オレもそれくらいだと思っているよ」

「だよね~。良かった。それで、違う性格だったら、というのは心配?」


「あぁ、それは全然心配してないよ。人間、本質的に同じなら、性格にそれほど差は出ることはないはずだからね。それに記憶が戻っても、今の記憶が消えるわけじゃないから、オレのことを忘れるはずがないでしょ? オレに抱いてくれた気持ちも含めて」


「えー? 記憶戻ったら、あなた誰? って言ったりするかもよ?」

「あーーっ、そんなこと言う? へー、そんないじわるだったんだ。へー」


 仕返しのマッサージ強め攻撃だ。えい!

「うそ、あっ、だ、ぅ、よ。ちょっとぉ、意地、くっ、悪、あん、してるで、っ、しょう? もう」

「先に意地悪したのでそっちだよ~♪」


「ごめんなさい~、謝る、くっ、から、ゆる、ィッ、てぇ~。アハハハ。くすぐるのもなしで。アハハハ、アハハハ、ハァ、ハァ、ハァ、ふーっ、疲れたよ。あ、ごめんなさい」


「よろしい。でも、そういう意地悪、笑えないよぉ? さっきも言ったけど、惚れた弱みっていうか、君にそんなこと言われたら、泣くことしかできないんだからね」


「ごめんなさい、生意気でした。すみません。海より深く反省してます」

「わかってくれたならいいよ」


「じゃあ、問題なのは、うっ、恋人が、んっ、いた場合ね?」

「い、今のは意地悪じゃないよ。普通のマッサージの範囲だもん」


「わ、わかってる。気持ち良いんだもん。ホント。こんな気持ちいいの初めてだもん。凄腕のマッサージ師になれそうだよね?」

「んー、それもいいけど、今のところ、オレの未来予想図にはそのビジョンはないかな~」

「あー、なになに? 未来予想図とかって考えてるの? ワクワクするね? ドキドキするね~? 聞かせて欲しいなぁ」


「あ、あぁ、また今度ね。それより、もし恋人がいて、記憶が戻ったら、そのあとも恋人とオレ、天秤にかけられるわけでしょ? 金持ちのイケメンで優しい男だったら、オレ、太刀打ちできないじゃん」

「なんか金持ちのイケメンの優しい男って限定してない?」


「んー、だって、君ほど可愛くて魅力的な女性に見合うのは、そんなスーパーマンしかあり得ないじゃん?」

「あーーっ、何気に誉めてくれてるの? 嬉しい。ありがとう」


「あ、いや、そんな。っていうか、なんか他人事っぼくない? オレのことだけど、君の話だよね?」

「んー、そうなんだけど、記憶が戻った私って、知らない誰かの話みたいで、いまいちピンと来ないのよね。ホントにそんな私がいるかもってことを不思議に思う自分がいるの。わかる?」


「うーん、わかるけど、わかんない。だってそんな可能性を考えるだけで不安で押しつぶされそうになる自分がいるから」

「そっか、記憶を失う前の私に、今の、あなたに首っ丈の私、最新の私が加わるだけだから、大丈夫じゃない?」


「え? 首っ丈? え、そうなの? なんか嬉しい響きの言葉。首っ丈~、首っ丈~♪」

「いやん、連呼しないで~。そんな顔で見ないで~、恥ずかしい。……ボコボコッ……」


 恥ずかしさに鼻までお湯に潜らせる黒子。か、可愛い。


「くぅーーーっ、幸せ! こんな可愛い表情を見せる君を今独占できているなんて。やっぱり夢じゃないだろうか? 一生分の運を使い果たして、明日の朝は息絶えてる、なんてことないよね? そう、今感じる不安の一番の正体、今わかった。この世の者とは思えないほどの可愛らしい天使から愛されている? というありえない状況、最上の幸福感なんだよ、きっと。ホント、幸せすぎて怖い、ってこういうことなんだな、って思った」


「や、誉めすぎ。嬉しいけど、あんまり言われると、高揚感でふわふわしちゃうよ。どこかに飛んで行っちゃうよ?」

「わわわ、行かないで! どうかここにいてください。お願いします」


 冗談とわかっていても、状況をイメージしただけで涙目になる。何? この弱体化。


「どこにも行かないわよ。その狼狽え方、可愛い。あなたに出会えてよかったわ。嬉しすぎてか、胸の奥あたりが甘酸っぱいようなグズグズ感があって、いてもたってもいられない感じなの。飛んで行かないように、ギュッと抱きしめて欲しい」


「オレも同じ。今抱きしめたくて仕方ない衝動に駆られている」


 そう言いつつ、強く抱きしめる。

「嬉しい。でも、もっと強く」

「こうか?」


「痛い、でも、足りない。もっと強くぎゅーーっと、お願い?」

「わかった。壊れないよね? これぐらい?」


「ん。幸せっ。これが愛する、ってことなのかな? そうなら、記憶はないけど、私の身体、絶対ここまで誰かを愛したことはないと思う。身体が初めてだと言ってる気がするから絶対だよ。宣言する。記憶が戻っても、一番愛しているのはあなたです。記憶が戻ったら、結婚してね?」


「ほ、本気なの?」

「本気じゃないように見えるの?」

「いや見えない。でも、プロポーズはオレからしたかったのに……」

「あら? 先にプロポーズしたのはあなたのほうよ?」

「あ、そうだった。でもあれは勢いもあったし、正式感が……」


「あらぁ? 勢いだけの軽い気持ちでプロポーズしてくれたのかしら?」

「い、いや、軽くないけど、なんかこう、もっと……」

「わかったわ。じゃあ、正式なプロポーズは記憶が戻ったら、改めてお願いね?」

「うん、それがいいかもね。記憶戻って気持ちに変化なくても、何もなくずるずる進めるのは、なんか歯切れが悪い気がしてきたから、キチンと仕切り直そうね」

「うん」


「まだ不安が解消されたわけではないけど、なんか大丈夫そうな気がしてきたよ。ありがとう」


「ん。星空。あなたが言ったように、本当に綺麗ね。あなたと歩むこれからの人生の中で、この星空は忘れられそうにないな~。後で写真に撮っときたいけど、カメラある?」


「あるある、研究職ですから、カメラは必須なんだ。なんなら今夜空を背景に一枚撮る?」

「え? 今? 裸で?」


「はは、裸はまずいよね。さすがに」

「あぁ、まずくないけど、現像するのに他の人に見られちゃうのは、やっぱりダメね」

「え? 問題は他の人なだけで、写真自体は問題ないの?」


「そりゃ、恥ずかしいけど、あなたにしか見せないのなら、これ以上ない思い出になるでしょう? それに、あなたと結ばれることを決心した以上、遅かれ早かれ、あなたにはすべて見られちゃうもの。うぅ、言ってて恥ずかしくなる。それにあなたも私も年をとる。一番きれいな身体の私と、一緒にいるあなた。今の私も、来年の私も、そのあとの私も、ずっと記憶に留めて欲しいけど、だんだん記憶はぼやけていくものだから、記録しておきたいなって思うの。でも、あなただけにしか見られたくないから無理かな?」


「すごく嬉しい。それと現像や焼き増しなら、オレできちゃうよ。研究者だもの。必須スキルなのです」

「えー? それなら撮ろう撮ろう。でも、恥ずかしいなぁ」


「決められないなら、別の日でもいいんじゃない?」

「ダメ。今日、この日が記念日だもの。よし決めた。撮るよ。カメラは準備できる?」


「わかった。持ってくる。でもすごいね、その踏ん切りの良さ。尊敬」

「うふふ。でしょ?」


 大急ぎでカメラを取りに行き、戻ってきた。


「持ってきたよ」

「じゃ、ドラム缶に浸かってる、星空バックの記念すべき一枚ね」

 パシャッ

「別のアングルで」

 パシャッ

「月も入れたいなぁ」

 パシャッ

「じゃあ、トップシークレットの神聖なやつ」

 パシャッ

「ちょっとエッチな、コホン、神聖なバージョン」

 パシャッ


「じゃあ、今度は君一人バージョンで」

「えー? は、恥ずかしいよぉ」

 パシャッ

 パシャッ

 パシャッ


「ズルい」

「だって、可愛らしい君だけのが欲しいから」

「うー、仕方ないなぁ、もう。

 そういえば、とっくに全部見られてるよね」

「恥ずかしそうなその表情込みでいただき」

 パシャッ

「あー、もう。ズルいぞぉ」

 パシャッ


「今度はドラム缶から出て全身で」

「えー? は、恥ずかしい……」


「いまさらだし、月をバックの神秘的な一枚が欲しい。美しすぎて、言葉にならないような一枚が欲しい」

「わかった」

 パシャッ

「あーーっ、動いてる途中だよ~」

 パシャッ

 パシャッ

「もぉ、プンプンだよ」

「か、可愛いー、いただき」

 パシャッ


「膨れっ面も可愛いけど、今度はキリッとした表情でね?」

「あ、いいね、そんな感じ」

 パシャッ、パシャッ、パシャッ


「じゃあ、次はななめ45度から」

 パシャッ、パシャッ、パシャッ

「なんかさっきから連写してない? フィルムもったいないよ?」

 パシャッ

「君を写すのならお金いくらかかっても惜しくないよ」


「じゃあ、背を向けて、頭だけ振り返る。そう。風が出てきたから、そよぐ髪を右手で軽く押さえるみたいに」

「こう?」

 パシャッ、パシャッ、パシャッ

「そう、すごくいい。お尻もとっても可愛くて、背中と振り向く横顔がとても神秘的」

 パシャッ、パシャッ、パシャッ


「もう、誉めるのが巧いな。カメラマンできそうだよ」

 パシャッ

「その笑顔いただき」

 パシャッ


「もぅ。ん? なんか「もう」ばっかり言ってる気がする」

「いいじゃん。ビーフ記念日」

「いやぁ、そんなの絶対いや」


「うそ、うそ、冗談だよ。じゃあ、最後にしようか? 二人で撮ろう? そんでそのまま残りのフィルムも連写で使い切っちゃおうか?」

「うん」

 パシャッ、パシャッ、パシャッ


「今日の初めてのスキンシップはこうだったよね」

 パシャッ、パシャッ

「近付いて大きく写ろう」

「ちょっと恥ずかしいね。胸隠していーぃ?」

 パシャッ、パシャッ

「えぇ? 今更じゃない?」


「そっか、ま、いっか?」

 パシャッ、パシャッ

「手は少し動くでしょ? いっそのこと、俺の首に両手を回して、キスしながら、胸もバーンって、大胆に撮ろうよ?」

「それもいっか、秘密の記念写真だもんね」

 パシャッ、パシャッ


「あれっ? せっかくの胸が足で隠れちゃう」

 カメラの方向と体の向きを調整していく。

 パシャッ、パシャッ


「んぐっ、ね、ねぇ、そんなに向きを変えたら、私の大事なところ、見えてない?」

「見える訳ないじゃん。胸は丸見えだけどね」

「ちが、ば、ばか、カメラからよ」

 パシャッ、パシャッ

「え? あっ! あーーっ」


「えぇ? 写ってる、写ってる、キャーッ、止めてー」

 パシャッ、パシャッ

「バカ、暴れると手が……」

 抱っこ状態の片足がスルリと落ちた。

 あーーっ、全開。

 パシャッ、パシャッ

「いやぁーーーぁっ、撮らないでー」

 パシャッ、パシャッ

 カメラに近付いて止めようとする。

「ば、ばか、近付くと、どアップじゃない!」

 パシャッ、パシャッ、シーン。

「あ、終わったみたい。良かった」


 二人してシャッターの嵐に大慌てしていたから、連写が止まって、安堵する。


「止まって良かったね? でもすごく楽しかった。あははは。二人で必死だったもんね」

「うん。って、あれっ? なんかおかしい。終わったのはいいけど、撮られちゃった後じゃない、バカバカバカバカ。大体、まだしたこともないのに、ここまで見られちゃうって、火が出そうなくらい恥ずかしい。

 このスケベ、どスケベ、スケベ星人。もう知らない。ぐすん」


「ごめん。でも、見たのはカメラで、オレには見えてないじゃん。それにすべて見て欲しいって言ったの君だよ。だから、すべて見たいし、記録した。それと、ドキドキするような時間が楽しかった。ありがとう。オマケに二人でドギマギ大慌てして、すごく楽しい時間が加わったのも嬉しい、あー、楽しかった。アハハハ。あ、さっき、記憶が戻ったときが怖いような話をして、君は大丈夫、みたいに言ってくれたけど、どう転ぶかわからない怖さはまだあって、おれとの時間が色濃く君の記憶の中に刻み込みたいって思った。そういう意味で、さっきのは、君の心に爪痕を残せる、願ってもない、嬉しいハプニング。君を勝ち取りたい。そんな思いを叶えてくれようと、神様が取り計らってくれたのだと思ってる。だから君は嫌でもオレは嬉しかったし、とても大切な思い出だよ?」


 この主張に、やましい気持ちがあることは、オレも男だから否定できない。言わないけどね。

 でもいろんなハプニングも含めた彼女とオレの記念すべき瞬間のすべてを写し取れた、もうオレたちの宝物とも言える。彼女の恥ずかしさも、オレのドキドキも、もうすべてがかけがえのない一瞬たちを、図らずも記録として封入に成功したのだ。もしも明日世界が滅ぶとしたら、彼女とこの思い出の記録だけ守れたら、オレは死んでもかまわない。

 少し心配なのは、ピンぼけに終わっていないか? ということ。まぁ、その場合は、見えないけど、思い出にはなるかな。最悪、情景が思い出せるならヨシだ。あぁ、しまった! 音! このやりとりと、彼女の声! 録れば良かった。


「そ、そんなもっともらしいこと言われたら、消してって言いにくいじゃない」

「消さないよ。大切な、とても神聖な思い出だもん」


「だって、恥ずかしすぎる写真だよ?」

「だって誰にも見せないから大丈夫だよ?」

「あなたに見られるもん」

「オレはいいでしょ? 遅かれ早かれ、全部見られちゃうって、言ってたじゃん」

「それはそうだけど、するとき見られちゃうのは仕方ないじゃない」

「仕方ないって、やっぱりオレでも見られたくはないってこと?」

「そうじゃないけど、恥ずかしいよぉ」

 またまた可愛い。でも破棄だけは回避したい。


「わかった。なるべく見ないようにする。それならいいでしょ?」

「見ないならそれでいい。あれっ? なんかおかしい気がする。それって見ることは見るってことだよね?」

 あ、惜しい。もう少しだ。


「記録だもん。1回は確認するよ」

「あーん、それもダメー。恥ずかしいよぉ」

「わかった。写真できたら、二人で一緒に確認しよう。今日のこのとき大慌てしたことや恥ずかしかったことを2人で思い出し笑いしよう。それが終わったら、写真全部渡すから君が保管して管理すればいい、また何年かして、また二人で見て思い出し笑いしようよ。それならいいだろう?」

「ん? う、うん。わかった。それならいいか。うん。そうしよう」


 ホッ、なんとか危機は回避できたかな? 話題もそらしとかなきゃ。


「じゃあ、また寒くなってきたから、一緒にお風呂浸かろう!」

「うん。私たち、今日お風呂入ってばっかりだね。えへへへ。なんか楽しいね」


 あー、もー、可愛すぎる。


「まったく君って人は、どんだけ可愛いいの?」

「それ、誉めてくれてるの? なんか責められてるようにも聞こえるよ?」

「アハハハ。責めてるのかも?」


「え? 私、何か悪いことしたの?」

「あー、したねぇ」

「えぇ? なに? ごめんなさい。私なにしたの?」

「オレの心を盗んでいったの」

 つい先日なんかの映画か、アニメのセリフで似たようなのがあったな。ついパクっちゃったかも? 


「え? あぁ、もぅ。焦ったでしょ。もぉ~。今日の1日だけで、何回ドギマギさせれば気が済むのよ~?」

「え? あ、やっぱり自覚ないんだ。あぁ、そうだった。君は記憶なくしてて、自分が可愛いことも知らなかったんだっけ? それならばなおのこと、純粋な可愛さだけで、それほどの可愛さパワーを放出してるんだよね。それ、すごく嬉しいし、すごく苦しい」


「よくわからないけど、誉めてくれてる? でも、苦しめてるの? ん? うーん? やっぱり私悪い子ってことなのかな~」


 少し落ち込み加減で呟く。


「ちが、違うよ! 苦しいって言ったのは、辛い意味じゃなくて、むしろ嬉しい苦しさ。好きとか、可愛いとか、思うたびに胸の中で渦巻くザワザワもやもやしたものが溜まっていく感じ。今一緒にいるオレは、君が許してくれるから君を抱きしめられて、なんとかなるけど、もし家に帰るとかで一時的でも離れるときは、たぶん会えない苦しさで悶えそうになるかも? もしも君を可愛いと思う他の人は、抱きしめることもできずに、苦しむんだろうなってこと。罪作りなやつ」


「あぁ、罪作りな女ってことね? なんかカッコいい響き。そんな風に言われるのは、勲章のような誉められてる感じがして嬉しいと思う。でも、誰かが苦しんでいるのなら、喜んじゃいけないんだね。そもそも、買い被り過ぎじゃない? 私なんて、たぶん何の取り柄もないよ。きっと。私なんて、好きになったって、でも、あなたには好きになってほしい。うぅ、ジレンマだね」


「そうだね。でも、誰かが好きになってくれることはいいことなんだよ。苦しいのが嫌なら好きにならなければいい。それに、たとえ報われなくても、誰かを好きになったことは幸せな気持ちにさせてもらえたのだから、本人は喜ぶべきことなんだから、気にすることはないさ。そりゃあ、今のオレみたいに報われて嬉しくてたまらないやつも入るけど、もし報われてなかったとしても、君には感謝の念しか抱かない。だから大丈夫」


「嬉しくてたまらないの?」

「そりゃそうさ。いまだに感動に打ち震えているよ。もしも夢なら覚めないで、って思ってる。って、ずいぶん長湯しちゃったね。そろそろお風呂を出て、夕ご飯の準備しないと、今日は宴じゃあ」

「そうだそうだ、宴じゃあ。急ごう!」


 あり合わせのもので、かんたんな食事を作ると、今度はおつまみ。今日は特別。宴だから、こっちに力を入れる。お菓子がたぶん好きだろうから、あれこれ並べて、とっておきの缶詰めもたくさん開けて、野菜を洗って、サラダを盛りつける。


「あのさ、わからないと思うけど、多分未成年者だよね?」

「んー、いくつに見える?」

「17、18歳くらいかなぁ? 可愛らし過ぎるから、16歳以下でも通るかも?」


「でも何で?」

「お酒飲めるのかな~? って思って。お酒は18歳以上でしょ?」

「あー、うん、きっと18歳だよ」

「アレ? 飲んでみたいの?」


「うん。ちょっと興味ある。それに今日は突然恋して、それが実って、オマケにプロポーズまでされたし、一緒にお風呂も入ったし、なんと言っても、私の生還祝いも兼ねた、盛大な宴なんだよ。お酒もちょっとくらいなら大丈夫よね?」


「うーん、そうだね。今日ほどおめでたい日はないし、うん、乾杯だけはお酒にしようか?」

「え、ホント? やったぁ。そうね。自称18歳だから問題なし」

「何が飲めそうかな? ビールいける?」

「ニガいんでしょ? でも、今日はオトナの階段をひとつ登るんだ。ビールでいいよっ」


「わかった。じゃあ、直前にバイクで買ってくるよ」

「あとは、っと、特にないよね。私も一緒にお買い物行けるかな?」

「あぁ、行きたいの? じゃあ、軽トラで一緒に行こうか? でも自販機しかないよ?」


「ホント? やったぁ! 夫婦でおっかいものっ、自販機バンザァイ」

「コラコラ、まだ結婚してないし」

「もう、したようなもんだよ」


 もう、黒子の一言一言がオレの心をくすぐってくる。もう、たまらない。抑えきれず、黒子を抱きしめキスをする。そのあとも、黒子が心をくすぐるたびに、もう、止まらない。ギュッと抱きしめ、チュッ。そしてまた抱きしめる。そんな繰り返し。らちがあかないけど、嬉しい時間だ。端から見たら、ただのイチャイチャだけどね。


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