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Jet Black Witches ー 萌芽 ー  作者: AZO
1.芽生え。2.マコの告白編
12/60

漆黒の始まり

 今から約800年ほど、時を遡った時代。北欧のとある国の魔女がひっそりと暮らす里。アンナは、魔女の里の中でも、魔力・知性・美貌のどれをとっても、他の追従を許さない優秀さから、次代の長とも、もてはやされた。しかし、それに見合う伴侶となれる男は、近隣諸国を見渡しても見つからなかった。


 その頃、東方で猛威を振るうチンギス・ハンの活躍を讃える噂話と、近々西方遠征してくる話が舞い込み、どれほどの男かと興味を持った。そして西方遠征でやってきたチンギス・ハンを一目見たが、瞬く間に興味は失せる。おそらく武力と知力と運でうまくのし上がってきたのだろう。見目もオーラも特筆するものはなかった。凄い人物なのだろうが、アンナの琴線に触れることはなかった。


 そう思い引き返そうと、踵を返したその先に配下の一団があり、その中に異質なオーラを感じ取る。魔力の高いものが放つ派手なオーラではなく、やや控えめながら、何故か知性と優しさを感じさせる、見たことのない特殊な紋様のオーラだった。


 今初めて見た、話したことのない黒髪の男性は見目も悪くない。人となりは当然まったく知らないのだが、オーラの放つ印象と相まって、なぜか強力に心を引き寄せられる。アンナは暫し滞在し観察することを決めるが、瞬く間に接触の機会は訪れ、心の赴くままに恋に落ちる。


 その男は、倭の国からやってきて、多くのものを失い絶望し生きる望みも失いかけていたところをチンギス・ハンに拾われ、その関わりの中から立ち直り、その野望実現に陰ながら助力していたと言う。男は倭の国で自刃したように見せかけ海を渡ったため、追跡を受けぬよう、幼名だった遮那王からシャナを名乗り、本当の名は倭の国に置いてきたと言う。妻子もあったが、倭の国にて死に別れ、身寄りなく、倭の国を飛び出したそうだ。


 シャナと出会って数週間。アンナの心はシャナでいっぱいに満たされる。シャナもアンナの美しさに心酔し、その芯の強さと仁徳の深さに強く心を奪われる。互いに過去の偉業や苦悩、秘める力などは露ほども知らず、純粋に人間的魅力のみで惹かれ合う。


 アンナの懐妊が判明するが、成すべきを成したら必ず戻ることを固く約束して、シャナは遠征の帰途につく。


 しかし遠征隊の出発の少し後、対立する敵軍の強烈な奇襲を受け、シャナは敵の降り注ぐ矢の毒に倒れ、絶命する。


 それから少し経過して、火急の知らせを受けたアンナは、何かの間違いだと心で繰り返しながら、遺体が並べられた河原近くの広場に全力で駆けつける。今にも泣き出しそうな、夜にさしかかる前の薄暗い空の下、遺体がシャナであることを確認する。認めたくないけど、確かにシャナだ。


 遺体の管理を任されている兵士に問われ、シャナであることを認め、恋人であることを告げる。そうすることで、以降は家族や恋人の別れに水を差すことのないよう、気の済むまでお別れできるようにと、遠巻きに見守るように配慮してくれる。


 そこに置かれているシャナの遺体は、矢傷のあるお腹以外はとてもきれいだ。確かに息もしていないし、脈もなく心臓の鼓動もないけれど、まだ冷たくないし、肌も柔らかい。


「嘘だ。まだ死んでない」


 周囲の家族らしき付き添い人は、死を受け入れ、咽び泣く声が辺りを埋め尽くしている。


 けれど、私は受け入れない。シャナは戻ると約束した。シャナは絶対に約束は守る男だ。私が愛した男だ。今は毒に倒れ眠っているだけで、私の癒やしを待っているはず。


「シャナ、アンナよ、迎えに来たよ!」


 ありったけの魔法を重ねてかける。そのたびにシャナの身体がフワリと薄い光を帯びては消えていく。


「シャナ、お願い、戻ってきてっ!」


 薄暗いさなかのそれは、周囲の視線を釘付けにするには十分過ぎるほど神々しく見えるようだ。しかし私はお構いなしに必死に掛け続ける。


「間に合ってーっ」


 焦燥感からか、通常じゃあり得ない重ね掛けの数だ。解毒や癒やし、といえるほど、実際には万能ではないこの魔法は、生体エネルギーで体内から透過的に身体に働きかける。すなわち毒は輩出するように、傷などは自然治癒を最大限に促すように。しかし何をやっても変化が見えない。何度も試みるが、蘇生には至らず、遺体に泣きすがる。


「どうして? 何で効かないの?」


 空が呼応するように泣き出し始める。徐々に雨足は強まっていく。周囲にいるものは、雨を避けようと移動し始める。もう少し早く知らされたなら、いや、なぜ私は帰路の安全を確認しなかったのか、なぜ私は我が儘を言ってでも帰投に同行しなかったのか。


 悲しみと悔しさを手のひらに込めて思いっきり河原の石に叩きつける。何度も何度も叩きつける。女の華奢な手は簡単に傷つき、血が飛び散る。なぜ私は引き止めなかったのか、一緒にいさえすれば絶対に助けられたはずなのになぜ?


「痛い」


 手のひらの骨が少しずつ砕けていくのがわかる。でもそれがなんだ。痛いのなんて今はどうでもよい。


 怒りで歯止めの利かない魔力が風を巻き起こし、渦を加速する。シャナとアンナを中心に竜巻が形成されていく。ピシピシッと霆が周囲を震わせる。


 この時代の人にとっては、人智を超え畏怖しか抱けないこの状況に、恐れおののき散っていったため、周囲には私と遺体しか残っていない。


 私はなぜ今シャナを蘇生できない? なぜ事前にこの事態を察知できなかった? 私の魔法は何のためにあるのか? 荒ぶる心に竜巻は激しさを増す。


 しかし、何度やっても反応はない。私の心は折れかけそうだ。シャナが帰って来ないのなら私が追うしかないか。シャナのいない世界に未練はない。このままシャナと一緒に飛ばされれば、一緒に天国に行けるのではないか? うん、それも悪くない。シャナのいない世界なんて想像したくない。


「じゃあ、一緒に逝こうか」


 アンナはシャナの手を握りしめ、一緒にこのまま飛んでいけ、という思いがアンナの魔力を全開で迸らせる。


 と、この瞬間、竜巻の中で溜まりに溜まった電気がはじけ、呼応するように空の霆がアンナの魔力でできた大きな塊に落ちてきた。そこら一帯を包み込むように分散しパチパチと弾ける音をそこらに撒き散らしながら、次第に大地に吸収されていく。この衝撃で竜巻で巻き上がった泥がチリジリに降ってくるのと、周囲の水分が霧状に舞い上がるのとで、視界がひどい状態になっている。


 雷に邪魔された。ギリシャ神話のイカロスみたいにどこまでも高く登って死ぬのもよいかと思ったが、儘ならぬものだ。力を溜めてもう一度やろう。


 ひとりで呟いていると、周囲がゴホゴホ咳き込んでうるさい。他の遺族の方を巻き込んでしまったかと周囲を恐る恐る見回すと、よくは見えないが何か様子がおかしい。


「アレッ? アレーッ?」


 アンナの手の感覚もおかしい。ケガだらけだが、骨がグチャグチャで内側からの激痛がひどい状態なのだが、そんなのどうでもよいと、痛みを忘れていたのに、今外側からの激しい痛みに襲われる。感じとる状況に違和感がひどい。と思ったら、目の前のシャナが咳き込んでいるように見える。

「え? 死んだはずの人たちが一斉に動き始めた。ここはもしかして、死後の天上界? 望み通りに私も逝けたのね。よかった」


 一人で置いて行かれず、一緒に逝けたのだと安堵するアンナ。


 次第に視界が晴れて辺りが見えるようになってきた。


「ち、違う。ここはさっきからいたところだ。どうしてなのか、みんな生き返ってる。シャナは? い、生き返ってる。し、信じられない……」


 涙が堰を切ったように、溢れ零れ落ちる。半ば諦めかけていた気持ちになんという不意打ち。


 「反則だよ」と言いかけるが、嬉しい反則なのだから、そんな不満は引っ込める。そんな不意打ちのインパクトは大きすぎて、唇はプルプル震え、目と鼻はグジュグジュで、顔もたぶんグシャッと崩れてる。手もグチャグチャだから、上手く拭えない。涙と鼻水まみれの顔はさらに汚く変化する。


 乙女の繕いなんて、無理! 保てるわけがない。今はポイだ。ズルいや神さま、嬉しすぎるよ。と、やっと思いが言葉になって口から出て行く。


「嬉しい……。神様、ありがとう」


 嬉しい。助けられたんだ。もう泣くの我慢しなくていいんだ。激しく大声で泣き叫ぶ私。シャナを抱き寄せ、

「シャナ、シャナ、シャナーっ。よかったぁ、本当によかったぁ」


 思いっきりシャナを抱きしめる。手が痛くてたまらない。でも今はどうでもよい。本当に嬉しい。でも痛い。


「アンナ? 其方どうしてここへ?」

「あなたを助けに駆けつけたのよぉ」

「おぉッ? 私は助かったのか?」

「ううん、あなたは毒で死んだそうよ」

「そ、そうか。では何故其方がここに?? まさか、後を追ったのか?」


「ここは遺体を並べて今生のお別れをする場所。私は必死に解毒と癒やしで蘇生を試みたけど叶わなかった。でもそれなら一緒に逝きたくて、魔法で一緒に飛ばされようとしたの。でも失敗しちゃった」


「では今の私は幽霊なのか? ん? マホウ?」

「ち、が、う。うふふ。生き返ったのよぉ!」

「え?」


「私の願いが神様に届いたのか? 私が死のうとするのを神様が怒ったのか? よくはわからないけど、とにかく、私の魔力の塊に雷が落ちたの。たぶんそれでびっくりして心臓が動き出したんだよ!」


「ん? マリョク?? と、とにかく、よくわからんが、生き返ったのだな?」

「そう、そうなのよーっ、生き返ったー、あきらめなくてよかったーっ」


「あなたのついでに、周りの人も助かったみたいだけどね」

「おぉ、そうか、みんなも助けてくれたのだな? ありがとう。命を預けて共に闘える尊い仲間たちだ。本当に心から感謝する。ありがとう」


「面識ない人たちだけど、一緒に助かるのなら助かればいい、って、あなたを助けるための力から、少しだけお裾分けした程度だし、そっちの感謝はいいわ。大体照れるし、恥ずかしいじゃない。あなたが助かったのだから、他には何も要らないの」


「わかった。けれど、奴らだって、礼くらい言わせてあげないと、かわいそうだろ? それよりアンナ、ひどいケガじゃないか? 気付くの遅くてすまない。しかしなんでそんなに平気な顔ができるんだ? 骨折どころか、手のひらの形が尋常じゃない。痛いだろう。本当にすまない。死んでお詫びしたいくらいだ」


 私の大きすぎる痛みを推し量り、ひたすら謝り続けるシャナ。


「バカ! 死んだら助けた意味がないでしょう? それにあなたが助かるためなら、この手がどうなってもよいと思ったのよ。確かに意識が跳びそうなほどに痛いけど、あなたが助かった代償だから、いくらでも我慢できるわ。そんなことより、毒の影響はないの? 他にケガしてるところは?」


「バカはそっちだ。其方の処置のおかげで、私は大丈夫だ。後で落ち着いたら其方がまた診てくれればそれで大丈夫だろう。それよりアンナの手だ。骨がグチャグチャじゃないか! 取り返しがつかなくなったらどうするんだ。私たちの赤ちゃんの面倒もみれないぞ! すぐに手当てをさせよう」


「あっ、赤ちゃんのこと、頭になかった。あなたのことでいっぱいいっぱいだったから。でも、ケガの手当ては自分でできるから不要よ。そう、シャナの状況でもう大きな危険性は残ってないのね? なら、自分の治療をさせてもらうわね。さすがにこれ以上は意識を保てないかもしれないしね」


 先ほどとは変わって、シャナが私の身体を預けさせてくれるので、寄りかかって楽な体勢をとる。このまま癒やしをかけると、さすがにおかしな形で固まってしまいそうなので、魔力、というか、生体エネルギーの触手のようなもので透過的に骨の位置をすこしずつ整えていく。

 これは普通の人には見えないから、胡散臭く見えるのではないかしら? 医者ではないから、正確な位置や形はよくわからないが、元の形になるよう試行錯誤し、なるべく隙間が生まれないよう集中して整える。


 それらの作業は、じっとして我慢する痛みより何倍も痛い。絶対泣くもんかと歯を食いしばっているが、あまりの痛みに涙がボロボロ零れ落ちる。

 ようやく内部的な骨の結合形が大体整ったので、癒やしをかける。癒やしといっても、自然治癒力を高めるよう、神経や筋肉、骨に刺激とエネルギーを与えて成長を促すのだが、ほんのり灯るような情景は、はたから見る目には神々しく映るらしい。

 周囲に蘇生した人達が寄ってきて、ほぉ~っと息を漏らすのが聞こえてくる。ちょっぴり恥ずかしく、わたしは頬を赤らめる。


 この癒やしは、強制的にエネルギーを与えて成長させるので、自然治癒速度の数百倍の速さで治癒は進む。自分自身への治癒の場合、エネルギーの親和性がたかいため、さらに数十倍早くなる。完全治癒にはもう少しかかるが、これくらいならば、見た目にもほぼほぼ完治と言えるくらいだろう。


 はい、終わり、っと、手のひらをグーパーしてみる。ちょっとぎこちないところはあるが、痛みもないし、基本的な動きも問題なさそうだ。


「終わったわ」

「よかった。ほんとだ。完治しているように見えるね。治らなかったらどうしようかと本気で心配したよ」


「じゃあ、今度はあなたから順番に、念のための解毒と癒やしをしていきましょうか?」

「そうか、それはありがたい。と、その前に、順番が逆になってしまったが、もうアンナのいない人生など考えられない。私と共に人生を歩んでほしい」


 えっ? 突然、なに? キターっ! ちょ、ちょっと待ってーっ。シャナが無事生還しただけで、幸せ絶頂、もう既にトップギア状態なの今。またまた反則だよ、それ~! 皆反則ばかりでズルい。やっと目も鼻も顔の表情も落ち着いたと思っていたのに……また……うぅっ……


 ギャー! 周りも気付いてみんなコッチ見始めた~。


「これは懐妊したからでも、今回救出してくれたことに負い目を感じて言った訳でもないことを信じてほしい。出会ってすぐのつきあい始めた頃には、其方に夢中になってしまっていた」


 知ってるわよ、そんなの。分かりやすすぎるもん。わざわざ言葉にされると、嬉しすぎて昇天してしまいそうなの。ダレカタスケテ。顔のプルプルがひどくなってきた。というか、まだ続くのこれ。わかったから勘弁して~。モウムリ、防波堤も崩壊するぅ、するぅ、したぁ~。涙と鼻水がとめどなく溢れてくる。みんなコッチ見ないで~。何の罰よ、これ~。


「たぶんそんな気持ちはとっくにバレていると思う。だけど正式に求婚すべきが、バタバタして先送りしていたようなので、キチンとしようと思った。アンナ、結婚しよう」


 お、終わったぁ。もう俯いてもいいよね。真剣に求婚してくれてるのになんか不謹慎でごめんなさい。私も乙女だから、あなたの前では綺麗でいたいの。


 でも、ちゃんと聞いていたから、今反芻するね。


 ふぁー、うぇーん、し、あ、わ、せ。ズ、ズキューンだょ。


 言葉を想い出しながら噛みしめるたびに顔が崩れていく。これが幸せというものなのね。よく悲劇の表現に地獄の底に突き落とされる、ってのがあるけど、私の場合は、一回落とされたけど、地獄の底から天国まで一瞬で押し上げられた挙げ句、さらにそれ以上ない天辺まで突き上げられたようなものだ。これ以上の至福なんてあるはずがない。


 わたしなんかが、こんな幸せでいいの? 後で返せって言われても返せないからね~、神様。そんなことをひとつひとつ噛み締めるごとに、涙がポロリ、ポロリと流れ落ちる。いや、訂正。ボトッ、ボトッ、だ。


 どれだけ大粒なの? 嬉しすぎるせい? それはそうと、ひどくなる前に返事しなきゃ。涙が喉にも入ってもうグズグズなの。上手く声に出せる自信がないよ。顔を上げて、大きく頷きながら返事する。


「ヴゥ……ン……」ズズッ……


 ほら~。やっぱり失敗したじゃない。


 お願い、みんな顔をのぞき込まないで~。


 今ひどいブスだから、鼻水ドバーっ、顔ベチャーっだから。


 キチンと返事できなかったからか、私の両肩を掴んで聞き直す。


「ホントか?」


 今度は無言で頷き、伝わったことを確認したら、俯くことに専念する。もうこれ以上、顔を上げてられない。恥ずかしすぎる。鼻水まみれも見せられたものじゃないけど、どれだけ泣いたか判らないから、まぶたの腫れ具合もきっとすごいことになりそうだ。そんなことを考えていたら、シャナが引き寄せ肩を貸してくれる。


「よ、汚れるよ?」

「かまわない。汚いとか思わないし、もし汚れてしまうのなら、それは、今日という日を思い出せる勲章になる。ん? 待てよ? むしろ家宝として永久保存するのもよい考えではないか? おぉ、それがいい」


「ギャー、止めてー。それ、カピカピになるだけだから。わたしの汚点、保存なんてされたら、恥ずかしくて死んじゃうよ~」


「む? それは困る。保存は諦めるとするか。我ながらよい案だと思ったのだが。アンナがそう言うなら致し方ない」


 あー、残念がらないでー。考え直すの、そこじゃないからー。


「うむ、涙も収まってきたようだな」


 アレッ? ホントだ! 他愛ない掛け合いが可笑しくて、いつの間にか、平常運転な気負ってない距離感だ。まさか、それを狙ってボケてみた? いや、まさかね、アハハハ。


 と思ってたら、シャナといちばん仲良さげな仲間の人が近付いてきて、シャナに声をかける。


「シャナさん? 先ほどから、ことの顛末を拝見させていただきましたが、今、こちらの御方に求婚されていらっしゃったんですよね? そして承諾の返事も頂けた、という認識で合っていますか?」


「お、お、おぅ、その通りだが」


 アハハハ。シャナ、すこしずつテレながらテンパってる。


「それなら、一つ肝心なことを忘れてませんか?」

「えっ? ……あ、いや、間に合ってなかったが、花束、指輪、御両親への挨拶なら、これからやるつもりだったぞ?」


 礼を失しては末代までの恥、とばかりに慌てて記憶を振り返る。


「いえ、そんな準備は必要ないものですが、とても大事な儀式をお忘れではないかと?」

「そそそ、それは何だ? 教えてくれ。頼む!」


 慌てるシャナがかわいい。


 でも何かあったかしら? あ。もしや? ポッ。思い付いた私の顔は一瞬で赤く上気する。恥ずかしくて思わず俯くが、耳まで熱くなっているから、たぶんバレバレだ。穴があったら入りたい。うぅ……。


「こちらの御方はお気づきのようですが、まだわかりませんか? シャナさん」

「え? あ! キ、キス?」


 シャナも爆発したように顔を赤くする。うっかり頭から抜けていたようだが、落ち着きなく視点を彷徨わせながら、慌てて取り繕うシャナ。


「こここ、これからするつもりだったのだ」


「ほぅ、それは失礼いたしました。とくに女性にとっては一生の思い出となる大切な儀式なのですから。それと、シャナさんは仲間から兄のように慕われ、家族同然に今の状況を喜んでいるところです。そのような大事な儀式ならば、そのような家族立ち会いの下で公然と行い、皆から祝福を浴びるべきだと思うのですが、皆様はどう思いますか?」


「そうだそうだ。オレたちにも祝福の言葉をかけさせてくれ」

「シャナさんの一大事。そんな瞬間に立ち会えるなんて。夢のようだ」


 あ、これは嵌められたみたいだ。シャナ、どうにか断って~


「そ、そういうものなのか?」


 あー、これ逃れられないっぽい流れだ。


「当然ですよ~」


 理路整然に詰められた流れに抗えないとシャナは悟ったっぽい。


「わかった」


 詰んだみたい。

 そりゃあ、乙女にとっての重大イベントには違いないけど。シャナの大切な仲間たちに囲まれて、皆から祝福を受けられるなんて、これほど幸せなことはない。それはわかっているけれど。当の本人たちの羞恥度は半端ないんだよー。嬉しいけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。


 シャナの袖をツンツン引っ張り、ダメ元でヒソヒソと耳打ちする。


「あ、後からじゃダメなの?」

「私もそうしたいが、出来上がってしまっているこの流れに抗う勇気はある?」

「うぅっ、ない」


「それに、この大切な仲間たちの前で、其方への愛を誓うことは、其方を守っていく自分の覚悟と、其方が私のかけがえのない大切な存在であることを知らしめる大切な機会でもあり、この機は掴まなくてはならない、そう思うんだ。すぐ終わるし、我慢できる?」

「う、うん」


 完全に乗せられた気がする。


 でもシャナの言うこともわかる気がする。それにしても、この人は素っ頓狂な顔をして、なぜか次から次へとハートにド直球を放り込んでくる。一語ごとに私のハートはグラグラだ。だんだんと顔が上気してくるのがわかる。耳まで熱くなってきた。目もウルって。


 今日だけで何度目なの? この急上昇と急降下。私の人生、心臓が耐えられるだろうか? と思っていたら、私の腕を引いて優しく抱き寄せ、声を上げる。


「みんな見てるか? これが私の最愛のアンナだ。これからもよろしく頼む?」


 そして私に向き合い、顔を近付ける。


「死ぬまで、いや、死んでも君を守ることを誓う。愛してる。アンナ」


 唇をそっと重ねる。そして二人ともゆっくりと目を閉じる。


「オォーッ!」

「良かったな、シャナさん、おめでとう」


 みんなからかけられる祝福も幸福感を押し上げる。シャナの言葉を振り返り、うっとりしながら、幸せを噛み締める。


 大好きシャナ。愛してる。


 雲の上にいるみたいにふわふわとした高揚感が、幸せな気持ちを更に盛り上げる。なにか、自分の中でも湧き上がるものを感じる。


 私の中の魔力もシャナの存在を認めたのか、守るように包み込むようにひろがっていく。私の心の高鳴りに呼応するかのように、次第に光を帯びていく。輝きは増し、周囲の見た目的にはシルエットの形をたもったまま、光の輪郭線が徐々に膨れ上がっていく。


 ある程度の大きさになると、ふわっと浮かび上がり、ゆっくりと回っていく。溢れる魔力は、輪郭線を越えると、光の粉のように周囲を舞い始める。


「はぁーーっ、なんて綺麗なんだ」

「あの女性は女神なのか?」


 なんか周囲が騒がしい。


 ふと目を開くと、柔らかな光に包まれているのが分かる。


 あったかい。この優しい感じは癒やしの魔法みたいな感じだ。なんか力がでちゃったみたい。まぁいっか。


 シャナは、大切な仲間たちだと言っていた。私たちのこの幸せな想いは、みんながいてくれたからこそある想いだ。皆にもお裾分けしてあげたいな。


 そう思った途端、光のヴェールは弾けて、皆の頭上に降り注ぐ。そうしてふわりともとの場所に降り立つ。


 唇をそっと離すと、シャナも閉じていた瞳をゆっくりと開いて、「大切にするよ」と語りかける。


 次の瞬間、歓声が湧き起こる。


「うおーーっ! 奇跡だ。女神が舞い降りた」

「女神の奇跡だ。今日生き還ったのは女神の力で間違いないぞ!」

「それに、持病の膝と腰が治ってる!」

「ウソォ? 見えづらかった目がよく見える?」

「今日の奇跡は子々孫々、伝説として語り継ぐぞぉ」

「シャナとアンナの奇跡、そうシャナンナの奇跡だぁ」


 ざわめきに驚くシャナ。シャナは見てなかったからなぁ。フフッ、キョトンとしてかわいい。


「何が起こったのだ?」

「感極まって、癒やしの力を振りまいちゃったみたい。テヘッ」


「だから皆興奮してるのか。というか、テヘッじゃないよ、これはちょっとヤバいぞ」

「なにがヤバいの?」


「アンナのその不思議な力が知れ渡ると、いろんなトラブルに巻き込まれるぞ! 出る杭は打たれるって諺が倭の国にはあるんだけど、珍しがっているうちはまだよいけど、その力を悪用したい者、恐れて殺そうとするものが必ず現れる。そうならないように隠しておく必要がある」


「そうだよね。普通は隠すようにしてるけど、今回ばかりは、あなたを救うためになりふり構ってられなかったのよ。そしたら感極まって出ちゃったの。それに恥ずかしい、って言ったら、大事な仲間だからってシャナが言ったからでしょ?」


「あ、そうだった、済まない。じゃあ、その不思議な力の中に記憶を消すのはないの?」

「記憶から消すのはできないけど、直前の記憶を曖昧な感じにはできるかも?」


「だったらそれでいいか。在ったことはどうしようもないから、何か奇跡が起こったけど、よくはわからない感じになればいいのだけど。アンナとの関わりだけは消したいな」


「さっきの一人ずつ診るって話だったでしょう? そのときに曖昧にするようやってみるけど、その前に刷り込みが必要かな? その、奇跡だってこと? それと、診る前後の人が話をされると台無しだから、そこを何とかできる?」


「わかった。やってみるよ」

「みんなぁ、一度死んだようだが、此方の女性が生き返らせてくれたそうだ。名前はアンナだ。礼を忘れるなよ~」


「ありがとう、アンナさん。あんたは命の恩人だ」

「助けてくれてありがとうーっ。このご恩は忘れません」

「何かあったら言ってくれ。世界中のどこにいてもすぐに駆けつけるから」


「それから、生き返らせるのに、不思議な力を使ったそうだが、あとあと面倒に巻き込まれないよう、どうか内密に頼むぞ」


「お安いご用だ。あんたは俺たちの女神さまだ。俺たちも守りたい。なぁ、みんな」

「おぅ、秘密は絶対守るぞぉ!」


「そこでだ、みんなこう思ってくれないか? 神様に、まだ死にたくない、って願っていたら、雷が落ちて、不思議な光が降り注いで、気がつくと生き還ってたと、今ここで強く念じてくれ。いいか、落雷と不思議な光だぞ、忘れるなよ!」


 うん、嘘は言ってない。


「わかったよ。任せてくれ」


「あと、私はここで死んで、身内に遺体を引き取られたことにしてくれ! 私の人生はここで一度確かに終わった。新しく得た、ここからの残りの人生は、救ってくれたこの女性、アンナとのためだけに使いたい。子供もできる予定だから、家族になるんだ。他の奴で人生を一新したい奴はこの機会に乗じればいい」


「なるほど、確かにオレは死んでいたな。死んで忠義も尽くせたし、今の遠征も概ね達成したから、できることはそれほど残っていない。それに今やりたいことは大体やり尽くしたしな。次は別の新しい人生、というのもなかなか悪くない選択だな」


「シャナの大将。せっかく授かった第2の命だが、わしには家族もなく、他にやりたいことが見当たらない。というか、ワシはあんたと共に生きたいとワシの心が言っている。あんたに仕えさせてはくれないか? ハンの大将も優れた人物だが、あんたはその遥か上をいくと思っている。あんたには優しさに根付いた強さと、皆を幸せに結び付ける知恵がある。あんたを守るために死ねるのなら本望だ。あんたに叶えたい夢があるのなら、そのためにこの命を投げ出したっていいと思っている。そこには姐さんも含まれていると思ってくれ。既に姐さんはかけがえのない大恩人だ。どうか考えてみてくれねえか?」


「ワシも同じ気持ちだ」

「オレも」

「私も」


「姐さん?」

「どうやらアンナのことらしい」


 なんか危ない響きに聞こえるのは私だけ? 


「皆の気持ちはよくわかった。少し考えさせてくれないか?」


「それよりも皆、死の淵にいて、帰って来れたとは言っても、中にはまだ回復しきれていないやつもいるかもしれない。アンナがもう一度、一人ずつ診てくれるそうだ。一列に並べ~」


「ありがたい。重ね重ね恩にきます」


「それと、終わっても安心するな? アンナは医者じゃないから、何の保証もないからな~。落ち着いたら必ず医者にかかるんだぞ!」


「わかってるよ、大将。姐さんがせっかく取り戻してくれた命だ。粗末にはしないことを誓うよ」


「それから、もうすぐみんなの遺族たちがここに戻ってくる頃合いだ。診て終わったものは、そのまま、遺族たちと合流するんだ。戻ってくるなよ。次にどう生きるかも合わせて、上手く対応しろよ~」


「わかってますぜ」


 一人一人診ていき、遺族たちのもとに行かせた。たぶんうまくいったと思う。


 そんな嬉々として言葉を交わしている頃には、雲から晴れ間がのぞき始め、沈みかけの太陽の上端の光が一瞬差したかと思うと、すぐに完全に日差しを失い、徐々に暗闇へと進み、闇夜の時間が始まる。


 それはまだ何も決まってはいないが、何色にも染まっていない人生のキャンバスに新しい楽しそうな何かを描き出そうと、夢を膨らませるものたちの始まりの合図、そして死の淵からの生還を喜ぶ宴開始の合図でもあった。ヤツらはそのまま街に繰り出して行った。


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