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Jet Black Witches ー 萌芽 ー  作者: AZO
1.芽生え。2.マコの告白編
10/60

不思議な力

 そんな日が繰り返されたある夜のこと、精神状態はそんなに悪くない。睡眠不足でもないから、むしろ絶好調な気もする。なので、今日は睡眠時間は十分だけど、サイクルがずれてしまったのか、就寝時間になったから寝ようとしているが、うまく寝付けない。


 でも寝付けなかったはずなのに、ときどき記憶を飛ばしながら、うつらうつら、夢と現実を行き来してたみたいで、気が付くと、朝になっていた。少しだけ落ち着きが戻っていたので、少し記憶を反芻してみた。


「テレビや雑誌や写真を見ても、そんなヴェールなんて映ってないし、やっぱり見えてる気がしてただけなのかなぁ? もしかして、やっぱり、目の病気?」


 って呟きながら考え始めたら、だんだん不安だけが襲いかかるように増殖していく。少し前からママに相談したかったのだけれど、どんな反応が返ってくるのかが恐くて、声をかけては委縮する気持ちに抑え込まれることの繰り返しだった。この異常な状態を見たママはどう思うのだろう? 何を感じるのだろう?


 ……こわい……


 ただ、今日は少しだけ気持ちが穏やかなで、何かを思われても、何となく気持ちを癒せそうな気がして、夕ご飯を終えて片付けもひと段落した頃、勇気を振り絞ってママにたずねてみた。


「マコね、ひとのまわりにうすい透明のまくみたいなのがあるように見えるの! みんなはそんなの見えないっていうし、マコの目、病気なのかなぁ……?」


 すると、目を見張り、ビックリした顔で、答えじゃなくて、質問で返してくれるママ。


「えっ? マコちゃにも見えるの?」

「え、えぇ? ママにも見えるの?」


 今までそんな話はひとことも話してくれたことがなかったのに、ママにも同じように見えていたことがとてもおどろきだった。


 ……なんで今まで教えてくれなかったのぉ? ずっと不安だったのにひどいよぉ!


 と一瞬思ったけれど、それよりも自分だけがおかしいのではないこと、そして何より、この特殊な状況の理解者がいたことがわかった安心感から、涙があふれてとまらなくなった。


「よかったぁ~~、マコ、病気じゃなかったんだぁ。うぅ~。ほんとよかったぁ。だれにも話せなかったんだよ~。話せる人がいるってわかってうれしいよぉ~、グスン……」

「つらい思いをしてたのね。ごめんね、気付いてあげられなくて……」


 このうっすらと見える膜のようなものがなんなのか、ママの口から零れ始めた。


「この膜みたいなのは、オーラっていうみたいなのよ」

「ヴェールっていうんじゃないの?」


「ヴェールも膜もオーラも、この場合は同じようなものよ。呼び方はどっちでもいいけど、うーん。そういえば、膜って表現は、サランラップで包むようなイメージがあるけど、耳の奥にある鼓膜みたいにピーンっって張り詰めて外と内を遮っているイメージのほうが強い気がするわね」


「ちょっと難しいけど、なんとなくわかる気がする……」

「ヴェールっていえば、薄い布でふわっと包まれたみたいなイメージがあるから、マコちゃのいうヴェールのほうがピッタリな気がしてきたわ」

「そ、そうでしょう?」


「だけど、ヴェールはふわっとしたイメージだから、中身との隙間が大きい気がするし、膜は肌の表面にうっすらと見えるか見えないかの、貼りついたイメージだから、その隙間の厚み的には膜という表現のほうが合ってるかしら?」


「えっ? ママにはうっすらとしか見えないの?」

「そうよ。もしかして、マコちゃに見えるヴェールって、厚み? 大きな隙間? があるの? うっすら薄くではないの?」


「違うよ、その人や動物なんかの種類と、それぞれの元気加減なのかな? 元々持っている体力みたいなものでも違ってくるみたいだけど、それによって薄さ? 厚さ? というか輝き具合? が違って見えるの。中でも凄いのはママ。もう、ぴかーっとして、いつもランランと輝いているの」


「えっ? わたし? なんで?」

「えぇ? 知らないけど、ママの場合はヴェールっていうより、もう太陽みたい。光どばぁーだよ。最近は少し慣れてきたから眩しさもほどほどで、なんとなく輪郭みたいなのがうっすらとわかるくらいだけど、たぶん10センチくらいかなぁ?」

「えぇぇぇーっ!」


 自分のデフォルメキャラクターの輪郭線を白くして、外側に10センチくらい広げた絵面を思い浮かべたらしく、少し恥ずかしげな面持ちで頬を押さえて絶句していた。と思ったら、イメージが増して恥ずかしさが深まったのか、だんだん耳まで赤く染まってきて、うつむき加減のママ。


「もしかして、時々感じてた、奇異な視線はソレだったの?」


 小声で呟きながら、両手の指をあわせてもじもじしてる。アハハ、なんかおもしろい。こんなママを見るのは初めてかもしれない。いつもはしっかり美人のママ。こんなに可愛らしかったんだね。


「み、みんなからもそんな風に見えてるのかしら?」


 みんなからそう見えてると思ったみたいだから、少しだけフォローを入れてみる。


「それって、たぶん生命エネルギーみたいなものだと思うけど、普通の人にはほぼ見えないらしいの」

「え?」


 あっ、ママの表情が変わったよ。少し考えたら安堵したらしく、話口調も元のトーンを取り戻して続ける。


「マコちゃの言うとおり、エネルギーの放出系のようなものだったら、やっぱりオーラの方がしっくりくる表現かな? それと、オーラをマコちゃが見えることはこれからは内緒にしとくのよ。わかった?」


「はぁ~い。でもどうして内緒にする必要があるの?」

「人にはみんな個性というのがあるの」

「こせい?」


「そう、個性。一人ひとりのことを個人っていって、その「個」と性格の「性」でくっつけて「こ・せい」」

「こせい……ふーん」

「それぞれ漢字だから、マコちゃには難しい?」


「むっ、むずかしくないよっ。その字? 単語? はみたことあるしっ、意味も知ってるし、使う話題が無かったから、使いどころがわかってなかっただけだし」


「日本にいたときのテレビで、ニュースだけじゃなくて、お笑いや なんかで、じまく? てろっぷ? ……っていうの? そんなのが画面にしょっちゅう出てるから、いろいろ読めるようになったんだよ!」


「あはははっ、そっか、わかった。ママも日本人じゃないから、読めるけどあまり書けないんだ」

「え!? そうなの?」

「そおよぉ、だから漢字ならマコちゃと大差ないかも? そう・・マコちゃに負けないにようにしないとね」

「たいさない?」


 昨日みたマンガに○○大佐って軍人さんが出てきたから、思わず連想して、呟きが漏れてしまった。


「あはは、大差は大きな違いってこと。「大差ない」って「ほとんど変わらないね」って意味だよ」

「あ? うん。なんとなく知ってたから大丈夫。自分でつかったことなかったから、一瞬ピンとこなかっただけだよ」


「そう、じゃあ続けるね。ひとりひとりはいろいろとちがっているでしょう? 怒りっぽかったり、泣き虫だったり、賢かったり、おバカさんだったり……」

「あぁ、そうだよね。パパなんてかしこそうだけど、へんなところでおバカさんだよね~! マコともママとも違うもんね」


「そうそう……、性格や能力も含めて、一人一人がいろいろな違いを持っている。それが個性。でも同じ人間なら、個性に少しくらいの違いがあっても、どこまでできるかの限界点はだいたいおなじくらいなのはわかる? 飛行機より速く走れる人はいないし、鳥より高く飛べる人もいないよね?」

「うん……」


「じゃあ、例えば、マコちゃの知らないどこかのおじさんが、凄い能力を持ってて、そう、例えば、透視能力とか? その力でマコちゃのお風呂をこっそり覗いたら、マコちゃはどう思う?」


「いや……、こわい。お風呂は、普通の人なら壁に阻まれ中を見ることができないから、安心して入ることができる。それが普通の人間の常識だよね。けれど透視能力者にはそんな常識は通用しない。ぜったいに見られたくないし、もしも見られたらはずかしいけど、それよりも「こわい」が先にくる。普通の人間にはそんなことできないのに、軽々と人の領域を飛び越える能力って、反則どころの話じゃないよ」


 想像しただけで身震いがしてくる


「そうだよね~。じゃあ、例えば、マコちゃがよく知ってる、マコちゃのことを嫌いだと思ってる、仲の良くないお友達がいたとするよ?」

「うん……」


「その人が、石ころを指先で弾くだけで人を殺せる力を手に入れて、同級生でしかもマコちゃの後ろの席だったら、マコちゃはどう思う?」

「怒らせてたらこわい……、ううん、何をするかわからないから何もしてなくてもずっとこわいかも? もう人の常識ではかれない怖さがあるね」


「そうだよねぇ。賢かったり、怒りっぽかったり、お互い殴ると痛いって知ってる普通の人同士なら、ときにけんかなんかでぶつかり合ったりしたとしても、普通の人だとわかっていれば、人としての付き合い方ができる。けど、そうじゃなくて、得体の知れない力を持っていることがわかったら、まず恐くて近づきたくないよね」


「うん。考えかたもその基準も違っていそうでこわい。不気味だよね?」

「そうなると、人間の本能的に、なんとかその恐いものを解消しないといけなくなるよね」


「う、うん」

「じゃじゃーん。それでは質問です。不安なもの、危険なもの。それに気付いた人間はどういう行動にでるでしょうか?」


 そう言って、ママは指を立てて、時計の針みたいに回し始めた。

「チっ、チっ、チっ、チっ、はい時間です。お答えをどうぞ~」


「えっと、え、えーとっ、つかまえるか、殴って気絶させるか、それがムリでどーしても危険なら最悪殺しちゃう?」


 マコは、時間が過ぎる様子のジェスチャーに、すこし気持ちが焦りながら、すこし前に見た警察が登場するアニメを思い出しながら答えた。


「ピンポンピンポーン!! そう! 危険と認識されたら、究極的には殺されちゃうの!」

「それだけキケンなんだからしょうがないよね」


 そんなやりとりだったけど、だれでもわかる常識的な話だよね? と思っていたら、ママが話を続けた。


「マコちゃは魔女って知ってる?」

「うん。○○○まじょ○レミが大好き!」


 ママの問いにすぐアニメのキャラクタを連想して、すぐに答えると、さらにママは話を続けた。


「あ~、そっちかぁ、そうだよね~。魔法とかの話ならアニメを思い出すよね~。でも今はそっちの話ではなくて、現実の昔の話なんだけど、実際に魔女と呼ばれた人がいたんだよ」

「え? 本当にいたの?」


「でもね、本物の魔女がいたのかどうかはわからないのだけど、魔女と呼ばれた? ううん、間違われた? そんな人はたくさんいて……、でも、その人たちはアニメの主人公みたいな、みんなが憧れるようなものじゃなかったの」


「え? たくさんいたの? えっ? どういうこと? 魔女って嫌われものってこと?」


 アニメの主人公に憧れていたマコだけに、いきなり不意打ちをくらった気分だ。


「うーん、まだちょっとマコちゃには説明が難しいかもしれないわね」


 そう言いながら、ママは話を続ける。


「魔法を使う魔女は、一番最初は興味を持たれて憧れられていたかもしれないけど、少し時間がたつと、不気味な存在として恐がられ、そのうち「魔女裁判」が始まり、魔女認定された人は「火あぶりの刑」でたくさんの人が殺されたの」

「火炙り?! 生きたまま焼かれるの?」


 想像するだけで怖いし、顔が自然に歪む。


「なんて残忍! 信じられない! 熱いよね~。苦しいよね~。すごくかわいそう」


 なんかかわいそうすぎて、涙が出てきた。


「マコちゃは優しいね。泣いてあげられるなんて」


 そんな優しいことなんかない、今のマコは、そんなひどすぎる人たちがいることに、怒りがこみ上げている。殺された人たち悔しいよね!


「うまく話がつながるかわからないけど、言いたかったことは、みんなバラバラの個性を持ってて何を考えているかわからないから、人間って怖いんだよ、ってことなの。その不安の元になったのは本当かどうかもわからないような噂話だったりで、簡単に殺し合いに発展しちゃうから」


「許せない。やったのは本当に人間なのかな?」

「残念ながら、マコちゃと同じ人間よ」


 ……

 ビックリして、目が点になりそうなくらい、焦点が目の内側まで戻った感じだ。


「話を大きく戻すよ。マコちゃが、人と少し違った力を持っている、というのが、もしも人に知られちゃったら、最初は、珍しかったり、凄いと褒められたり、憧れられたりするかもしれない。でもね、いずれは、不気味に思われたり、恐がられたりで、マコちゃは、危害を加えられたり、その不思議な身体の解明のために、技術貢献と称して、解剖実験されたり、果ては処刑されたり、今の時代だと、戦争の道具として人殺しのために使われるかもしれない」


「さっき話したような不思議な力とかのこと?」

「そうよ。もちろん、だから魔女であることの証明にはならない。けれど、そんな不思議な力を宿してる、ママも、マコちゃも、もしかしたら魔女なのかもしれない、って思われるのもなんとなく理解できるでしょ? でも、さっきマコちゃも言ったよね。得体の知れない力を持っているのは怖い、って」

「あっ!」


「人間は本能的に、なんとかその恐いものを解消しないといけなくなる、って」

「うっ!」


「危険と認識されたら、究極的には殺されちゃうかも、って」

「ぅぐっ、確かに言ったね」


「ママやマコちゃが魔女かも? って疑われた時点で、それに続く未来。なんとなく想像できない?」

「マコたち殺されちゃうの?」


「うん、その可能性は否定できない。危険を排除する。それは人に限らない、種の保存のための防衛本能なのだから。大事なことは、それが人に根付く揺るぎない本質だってことを理解することなの」


「ヴゥーッ、わかりたくないけどわかった。マコも立場が違えば、排除する側にもなってしまえるのね。でもマコなら、火炙りなんてひどいことはしないよ。絶対に」


「わかってるわよ。マコちゃはママの娘だもの、当然でしょ? 心根の優しい子に育ってくれたわ。ありがとう。パパも嬉しそうにそんな話をしていたわよ」

「パパも? ……」


「見ていないようでパパもマコちゃが心配でよく見ているみたいよ? それに可愛い、可愛い、ってうるさくって、ママが妬けちゃうくらいよ。前はママにベッタリだったくせにね」


 自分一人で不安になってたのがバカみたいに思えてきて、少し目がウルッときたのを感じた。一人じゃないんだなって。


「話を続けるよ。そもそも魔女って存在がどのようなものかもよくわからないし、魔力って、簡単に言えば普通じゃない力だと思うけど、言葉として、よくある「超能力」や「気の力」だって言い方が違うだけで、もしかしたら同じものを指しているのかなぁっとも思うのよ。けれど、実際には超能力者といわれる人がすごい力を発揮している映像なんて見たことがないと思わない?」

「……」

「だから、現代の人たちはお茶を濁すような超能力ショーを見て楽しむ程度で、おそらく本気で信じている人はほとんどいないのが現状なの。そんなところに本物の魔女がほうきで飛んでごらんなさい。世界中が度肝を抜かすし、厄介なのは西洋の教会系宗教団体。火炙りしたのはそいつらよ。悪魔と魔女を強引に結び付けて、滅魔を理由に魔女まで滅ぼそうとする。そんな考え方だから、魔女は人間と見なされず、残虐非道をやってのけられる対象になっていると思う」


「許せない、という思いも強まるけど、その矛先、狂気が自分に向けられるかもしれないことを想像するだけで、心底怖くなるね」


 怖さも極まると、震えが止まらなくなる。

 ……ガタガタガタガタ……


「だから私たちのこの不思議な能力は誰にも知られてはいけないの。そこのところをマコちゃは理解できる?」


「うん。でも、ママはなんで魔女であるかないか、っていう目線で話をするの? 不思議な力を隠したほうがよいことは、誤解を招かないためにも大事なことだと思えるようになったし、ほうきで空を飛んでみせるような直接的アピールさえしなければ、即、魔女認定されることはなさそうだけど、そもそもマコにそんなことができるわけがないし、もし日本で同じような不思議な力を目にしたら、超能力者? って思われるかもしれないけど、すぐに魔女って名前を連想することは難しい気がするよ?」

「あぁ、そうだよね」

「……」


 ママはこれ以上のことを口にしてよいか、視点をあちこちに目まぐるしく飛ばしながら、思案に思案を重ねた。暫くして、意を決したように口を開く。


「ここからはトップシークレットよ。口外すれば、ママはもちろん、パパもマコちゃも、そこに関わった人も、みんな消される可能性が生まれてしまうの。誰にも喋らず、悟られないって誓える?」


「消されるって? もしかして殺されるの?」

「そういうことになる可能性は否めないわ」


 あまりにも唐突に、物騒な言葉がママの口から零れたことにマコの意識はついていけなかった。


 言葉により連想される「死」というものが自分に降り注ぐことを示していることだけは、説明の文章的に理解した。それでも、誓いを守れなかったときの未来が悪夢のような信じがたいことだと文章的な字面の上では理解できるが、そんな状況下に自分が置かれているビジョンが思い描けない。


 まるで小説の物語や映画のワンシーンのような絵空事で、まるっきり他人事にしか思えない。頭の中を飛び回る凶悪な単語で頭が混乱しながら、それがママの口からマコに向けて発せられたことに、ただただショックを受けている状態だ。


 暫くマコを見据えていたママは、マコの動揺具合のピークを越えたと感じ取ったのか、言葉を続ける。


「今、頭の整理ができないようなら、この話は止めようか?」

「うっ、だっ、大丈夫。誰にも話さないって誓うよ。マコの口は固いもん」


「あれっ? この間、ママの失敗をパパにポロっとバラしてたじゃない?」

「あ、あれは、……ついだよ、つい。それに今のとは重要性が全く違うでしょ?」


「あはは、わかった。慌て方が可愛いよ。うん。マコちゃの言葉を信じるよ。カワイー、マコちゃ、愛してるっ! ぎゅーっ」


 そんな言葉を発しながら、思いっきり抱きついてくるママ。


「もぅ」


 ヴゥー、大人はズルい。うぅん、ズルいのはママだ。マコの好みも弱点も知り尽くされてるのかな? いつもママの手のひらの上で転がされてる感じ。


「それじゃあ続けるね。簡単にいうと、ママの生まれた国は北欧のN国というのは知っているよね。あまりに遠いし行ったことがないはずだから、詳しいことまではわからないと思うけど」


「ママがあんまり話さないからでしょ?」

「そうだね。まぁ、話せなかったんだけどね。ごめんね、マコちゃ」


「うん、いいよ。続けて、ママ」

「ママの生まれた国には北欧神話ってのがあって、いろいろと神聖な逸話もあるけれど、それとは別に……、というか、別じゃなく実は関連するのかもしれないけど、そこは魔女発祥の地でもあるといわれているの。知る人ぞ知る、なんだけどね」

「うん」


「さっき話したように、長い歴史の中では、「魔女狩り」や「魔女裁判」といった、魔女ではない普通の、何の罪もない女性が言い掛かりをつけられ、世界中で何万人も殺されたの。今で言うところの明らかな冤罪でね。でもそのなかに本物の魔女はほとんど含まれてないの」


「魔女たちはうまく逃げちゃったの? 何となくズルい気がしてしまう。無関係な人ばかり虐殺されたわけでしょ?」

「うん、でももしも魔女が名乗り出たら、もっと虐殺の規模は拡大してたと思うし、事態が収拾するためには、魔女なんていない、って結末しかありえなかったと思う。魔女だって何の罪も犯してない訳だしね」

「そ、そーだよね。名乗り出たら、余計に大掛かりな処刑が続いたのか。うん。そうかも」


「魔女といってもざっくり言えば、ほうきで空を飛べるくらいだもの。戦闘力があるわけでもないから、非魔女を救うこともできずに、早期に辺境に引っ込んでひっそりと暮らしてたのよ」

「えっ? 爆裂魔法とか、水魔法とか、転移魔法とか、いろんなことができるんじゃないの?」


「アハハハハハッ、マコちゃってば、アニメの見過ぎ! あれは面白おかしくするために、自然の法則を無視して作者が勝手に産み出したものだよ。特に最近は面白ければ何でもありありだよね。ただ実際には、森羅万象、物理の法則には逆らえるはずがないから、できることは限られるわね」


「ウー、子供の夢が砕け散った気がする」

「まぁ、マコちゃってば、大人の階段をひとつ登ったのね。今夜はお赤飯がいいかしら?」

「もぉ!」


 膨れっ面のマコを横目にママは話を続ける。


「これは遠い昔の言い伝えで、真実のほどはよくわからないのだけれど、ある魔女が極東から遠征してきた武人と恋に落ちて、生まれた女の子がいたの」

「うん? ほぅほぅ」


 話のテイストが切り替わった。なんだか面白そうな話かな?


「武人は祖国へ赤子ともども帰投する旨を伝えるけど、魔女は生家の継承を選択した。結局なんやかんやあって、武人ともども、幼子を抱いて戻るけれど、その子は漆黒の髪だったため、周囲から忌避される存在だったのね。まぁ、日本人との子だから、黒くても不思議じゃないのだけど、そもそも、この時代の人たちは、自分たちとその伝統を基準に逸脱を認めない輩が多かったと思うのよ」

「え? 漆黒?」


「ところが、その子が成長するにつれて、大人顔負けの秀でた能力を見せ始めると、見方を改め、長老達は心酔するように変わっていったの」

「ふむふむ」


「そうして魔女の里ともいわれるその地で、血筋を絶やさず、村の秘宝とばかりに秘匿され続けていったわ」

「秘宝? そんなに?」


「表舞台に出てくることはないまでも、『漆黒の魔女』の異名とともに、数々の危機の解決に暗躍していく。そうして、代々、血筋は紡がれていくのだけれど、世代を重ねるほどに血脈も薄まり、また魔女の素性隠蔽の情勢も相まって、いつしか伝説としても忘れ去られるようになっていったの」

「そうなんだ」


「現代になって、この血脈の子孫がN国第三王子に見初められ、王室入りしたのが、ママのお母さまのアイリ、あなたのお婆さまになるわね」

「え?! お、おうしつ? えーっ? とっ、突然なに?」


 遠い昔から綴られる物語調にとっぷりと浸りながら興味津々で聞き入っていたところ、身近な時代だけど住む世界がかけ離れた王室? への突然の爆弾トリップ発言?!

 しかもママのママが?

 展開が急すぎ!

 あまりの隔たりに心臓がびっくり。ヒッ!

 一瞬止まった?

 と直ぐに鼓動が超高速再稼働。


 ……バコ、バコ、バコバコバコバコ……


 龍が荒れ狂うが如く、私の血流が体内で暴れ回る。


 目は焦点を迷わせながら瞬き続け、頭の整理が追い付かないのに、言葉を発しようと口がハクハクし、両手は所在なく動かし続ける状態だ。マコは意表を突かれ過ぎたようだ。


 想定を超えるマコの反応が面白すぎてママは吹き出した。


「クッ、フフフッ、アハハハハハ……マコちゃ、おもしろーい。いいね、その反応。日記に書いとかなきゃ。アハハハハハ」φ(..)メモメモ


 左手で腹を抱えながら、右手でメモを取るママ。整理はついてないが、笑われたことで、ふと我に帰り、頬を膨らませるマコ。


「もおー、なんで笑うのよ~。フツウびっくりするでしょう? なんなの王室って? ここはアフリカの草原で節約必須のキャンプ暮らしだから、貧しい人の暮らしとも大差ないよね? そりゃあ、ママは綺麗すぎて、佇まいもどちらかと言えば優雅にも見えるけど、そうは見えないくらいオッチョコチョイでもあるし、それにN国の他の人にも会ったこともないのに、いきなり王室は無理があるでしょ? 今日はエイプリルフールだったっけ? たちの悪い冗談は止めてよ。心臓が止まるかと思った」


「あら? きれい? うふふ。ありがとう。でもオッチョコチョイは余計よ。プンプン。それに嘘は全く言ってないわよ」

「えっ? 王室はホントのことなの? じゃあ、ママは王女? ってこと?」


「何番目かの王女だったけど、結婚しちゃったから、今は違うのかもしれないわ。日本の皇室では結婚すると皇族ではなくなるって聞いたことがあるもの。まぁ、今の扱いは聞いてみないとわからないわね。それに、この間まで記憶喪失だったから、最新情勢はわからないし、勢力争いとか教会介入とか、いろいろあって、あっちでは私、死んだことになってたからね。ふふっ」


「ふふっ、じゃないよ。今なんかサラッとすごく重要そうな言葉を流したような……記憶喪失とか、死んだとか言わなかった?」

「えーっ、言ったっけ? まぁ、それはどうでも良いから置いといて……」

「どうでも良くないよ!」


「まぁまぁ、話が脱線するから続けるね。その話はまた今度ということで」

「ウー……」

「ってなわけで、マコちゃとママは、魔女の末裔ってことなのよ。わかった?」

「えっ? ?」


 そうだった。王室発言に意識を奪われていたけど、元は魔女の話から語り継がれたことを思い出した。何がなにやら……、もう無理……。


 突然の魔女認定にマコは、体のすべての機能が停止したかのように、沈黙を続けた。より正確には、脳が思考することを拒否しているようだった。


 しばらく待って、ママは話を続けた。


「そこら辺のただの魔女ではなくて、さっき話した『漆黒の魔女』というサラブレッド的な魔女だけどね」


 マコの反応は薄い。薄いけど聞こえてはいるようで、ピクリと反応していた。


 ……


 少し待つと、無表情な顔で、マコは少し口を開いて呟きを漏らす。


「そこら辺に魔女はいないし、大体ママは金髪じゃん?」


「アハハ、『そこら辺』は言い過ぎたね。ゴメンゴメン。ママも生まれたときは黒髪だったのよ。それが漆黒の魔女を継承している証だし、魔力を制御できるようになると、本来の髪色になるの。マコちゃの場合は、金髪か、パパ譲りの栗色の髪のどちらかね」

「うん……」


 もう驚くことに疲れてしまったのか、マコは無表情のままに頷く。


「マコちゃは、その歳にして、大人顔負けな頭脳と行動力があると思うの。そのことには気付いてる?」

「あ、うん、思い当たるふしはたくさんある」


「そうでしょ? それってパパの頭の良さもあると思うけど、漆黒の魔女の血も色濃く受け継いでいるからだと思うの。まぁ、オーラが見える時点でほぼほぼ確定なんだけどね」


 ……


「立て続けの衝撃が大きすぎて、受けとめるのも、そろそろ限界みたいだね。続きはまた後日にしようか」


「えっ? まだたくさんの続きがあるの?」

「うん。まだまだ大事な情報が控えてるよ。せっかくだから、今度はパパも一緒にお話ししようか」

「パパには話してもいいことなの?」


「その後日の説明のときまでは、パパに話してはダメよ! 中途半端な説明じゃ誤解を招くだけだから。それとね、ママだけなら、隠しておいた方がよいと思ってたけど、マコちゃもママと同じなのなら、パパも巻き込んで理解してもらった方が、絶対にいいと思うの。マコちゃが困ったときにパパに助けて欲しいしね。それにパパの頭脳も借りたいところだからね。うふん、パパのびっくり具合も今から楽しみだわ。(……ビデオに撮ろうかしら……)」


 心の声がうっかりだだ漏れるママだった。


「つ・か・れ・た・ぁ・……。ハァーッ。今日はもう寝るね。ファーっ、クフッ」


 マコは飽和状態の頭で言葉少なくあくびが漏れる。


「うん、疲れたでしょう? よく頑張ったね~。おいで、抱っこしてあげる。今日のことは全部受け止めきれなくてもいいからね~。今日は何も考えずにお休みなさい。忘れちゃったって、もう一度お話する機会があるのだから、大丈夫よ~」


 トテトテ近寄り、もたれかかるマコを優しく抱き寄せ、そぉーっと抱きかかえた。愛狂おしい我が子の頭を撫で、頬を寄せる。


「お・や・す・み・な・・さ……ぃ、すぅーっ、すー」


 おやすみのあいさつを言い終えるより早く、マコは静かに寝息をたてる。


「あらっ、寝付きがいいのね~、クスクスッ。天使の寝顔は最高の癒しよね~。愛しきマコちゃ、おやすみ、チュッ」

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