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ブレーメンの特殊部隊  作者: 有坂 瑠利
第1章 はじまりはじまり
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第14話 颯と陸斗

「ここだ」


 (はやて)は屋敷の「和」のゾーンの一角で足を止めた。(ふすま)を開け、朔也(さくや)を招き入れる。


「ちょっと待ってろ」


 言い捨てるや否や、風のように飛んでいき、左の障子を開けて飛び込む颯。どうやら隣の部屋を改造してウォークインクローゼット代わりにしているらしい。覗いてみると、颯は手際よくクローゼットやタンスのあちこちから服を集めているところだった。


「そういや朔也、テメェ何の変化獣(へんげじゅう)なんだ?」


 朔也が口を開く前に、別の声が答えた。


「猫でしょ」


 ぎょっとして振り返ると、奥の張り出し窓に仰向けに寝そべった青年が、気だるげな()れ目で朔也を見ていた。


「あなたは……」


尾崎陸斗(おざきりくと)。ここの隊員。……その顔、図星みたいだね」


 首にかけた赤いヘッドフォンのコードを指でもてあそびながら、陸斗は淡々とした口調で続ける。


「理由は主に三つ。まず君の目、この部屋に入ってきたときに瞳孔が細くなった。これはネコ科の変化獣の特徴――〈相依(そうい)〉の一種だ」


〈相依〉とは、人間の姿のときでも獣の特性が一部受け継がれるという変化獣の特性のことだ。〈相依〉のおかげで、反対に、動物に変化(へんげ)している際に人間並みの知性を引き継ぐこともできるのだ。


 二つ目、と陸斗は指を伸ばす。


「足音をほとんど立てないこと。颯にあんなに引きずられてきたのに、僕には君が来ることが声でしか分からなかった」


「……三つ目は?」


「三つ目は。そうだなぁ……」


 陸斗は真顔のまま首を傾げた。


「勘?」


「何だよそれ」


 作業をしながら颯が呆れたような声を出す。朔也もついがくっとなったが、それよりも自分の正体を瞬時に暴かれた驚きと感動の方が大きかった。


「よく分かりますね」


「分かるよ」


 陸斗は視線をふいと窓の外へ向けた。


「なくて七癖っていうでしょ。些細(ささい)な言動の積み重ねでその人が作り上げられていく。それを注意深く観察していれば、相手がどんな人なのか、何を考えているのかを推測するのは難しいことじゃない」


 つられて外を見る。今日も往来(おうらい)は様々な人で(にぎ)わっている。陸斗はいつもこれを眺めているのだろうか。


「例えばあの人」


 陸斗がふいに人差し指を伸ばす。


「あそこ、標識の近くに立ってる男の人。彼、探偵だよ」


「えっ」


「右の方、カフェの前に女の人がいるでしょ? あの人を尾行してる。女の人が動いたら動くし、止まると止まるんだ。それに人がそばを通ると決まってちょっと警戒する。不貞調査かな。ときどきスマホを触るふりして証拠写真を撮ってるみたいだし」


 朔也は呆気にとられて窓の外と陸斗を交互に見た。もはやどちらが観察されているのか分からない。むしろ陸斗の方が探偵みたいだ。


「見ててごらん、きっともうすぐ動きがあるよ」


 陸斗が言い終えたちょうどそのとき、女の方がふいにスマホをしまって歩き出した。すると、陸斗が探偵と呼んだ男もスマホをしまい、数メートルの距離を置いて後を追い出したではないか。


「ほらね?」


「すごい……」


 朔也はにわかには信じられなかった。


「趣味なんですか、人間観察」


「趣味っていうか、これも言わば癖みたいなものだよ。そんなつもりはなくても、無意識のうちに他人の一挙一動を目が追ってる、そんな感じ」


 陸斗は大きな緑色のクッションの上でごろりと寝返りを打ち、体ごと朔也の方を向いた。


「君、新入りだし、癖ついでに助言しとくけど」


 褐色の瞳に朔也の顔が映る。


「敵の弱点を知りたいときは、逆にそいつの強みを考えるといい。強さっていうのは、そのものの弱さを補うためにあるんだ。そうすれば、相手の弱点も自ずと見えてくる」


 朔也はその言葉を受け止め、頭の中で反芻(はんすう)した。いつか役に立つときが来るだろうか。


「おい陸斗、あんま新人怖がらせんなよ」


 颯が近づいてくる。


「どの口が言ってんの……」


「朔也、今着てるやつ脱いでこれに着替えろ」


 朔也は阿佐見のお古から颯が選んだ服に着替えた。パーカー、Tシャツ、ジーンズ、そしてブーツ。変化(へんげ)した朔也の毛並みを彷彿(ほうふつ)とさせる黒を基調としたデザインで、着心地も良い。ただ一つだけ気になるのは、


「このフードの猫耳、どうにかなりませんか」


「お前猫だろうが。何が問題なんだよ。それとも何だ、俺のセンスにケチつける気か、あ?」


「いや、そういうわけじゃ」


「いいから、おらっ」


「わっ」


 無理やりフードを被せられ、一瞬だけ視界が黒一色になった。


「ちょっと、颯さん……」


「いいじゃねぇか、似合ってるぜ朔也」


 颯はにっと歯を見せて笑った。恥ずかしさに顔をしかめてフードを振り払いながらも、何だか悪い気はしない朔也だった。


 くぐもったバイブ音がした。颯がポケットに右手を突っ込み、携帯端末を取り出す。『ブレーメン』の隊員全員に支給されているという代物だ。ちなみに朔也はまだもらえていない。


 颯が端末を胸の前に掲げると、小さな振動音と共に緑色のホログラムが浮かび上がり、何もない空間に半透明の画面が生まれた。中心に大きく映っているのはひとりの少女だ。彼女はなぜかちょうど鉄棒に足を掛けてぶら下がっているような逆さまの体勢で、二つに結んだ黒い髪が顔の両側に垂れていた。


「おーい、颯君、今大丈夫?」


 機械を通した、少し電子的な音声。颯が、彼女は腕利きの情報屋で椎名六華(しいなりっか)という名なのだと簡単に教えてくれる。


「おう、どうした六華?」


「聞いて驚くなかれ! なんと、例の奴らのアジトを突き止めたんだ! それで、突入準備はできてるかなと思って」


「本当か! 早いな、頼んだの今日の朝だぞ」


「ふふ、ボクの手にかかればテレビのチャンネルを変えるくらい簡単だったよ」


 六華は目を細めてドヤ顔を浮かべ、ふわぁと欠伸(あくび)をした。


「それじゃ、君の端末に情報送っておくからあとは頑張ってね……ボクは寝るから」


「悪いな、助かったぜ」


 画面の向こうで六華が指を鳴らすと、画面はプツンと音を立てて途切れ、緑色の光の画面も宙から消え失せた。


「何ですか、例の奴らって?」


 朔也は気になって尋ねてみた。


「ん? ああ、最近(ちまた)を騒がせてるカツアゲ事件あるだろ」


「あ、あの野良犬の」


 テレビやSNSとはほぼ無縁の生活を送っていた朔也でも、噂を聞いたことがあった。


 犬の変化獣の不良たちが徒党を組み、夜道で会社帰りのサラリーマンや学生を襲って金品を奪うという事件が頻発しているというのだ。従わない者には暴行を加え、中には入院させた例もあるといい、恐喝罪だけでなく傷害罪としても調査が進められているらしい。なるほど、こういった民間の変化獣犯罪も『ブレーメン』が対応するのか。


「てなわけで、今から行ってくるよ。悪いな朔也、途中でほっぽり出す感じになっちまって」


「いえ全然」


「帰りにメロンパン買ってきて」


 陸斗が頭を逸らして声を投げる。朔也はあれ、と首を傾げた。


「陸斗さんは行かないんですか? お二人はバディなんですよね」


「バディだからっていつも一緒なわけじゃないよ。今回の任務は颯一人で十分だし、僕もこの後別の仕事が控えてるし」


 颯は散らかした服をクローゼットにしまいながら、ふと思いついたように朔也に言った。


「そうだ、テメェも来るか?」


「えっ、いいんですか?」


「『ブレーメン』の仕事内容がどんなもんなのか見ておいた方がいいだろ。特殊部隊って名前だけ聞いても何やってるかイマイチよく分かんねぇし。お前も部屋戻って準備してこいよ」


 朔也は目を輝かせた。


「はい!」


 お辞儀を一つし、部屋を出る。


 対変化獣に特化した、特殊部隊『ブレーメン』の仕事。百戦錬磨の先輩隊員の戦い方を間近で見れば、きっと強くなる秘訣を掴める。そうすれば奴に、リカルドに一歩近づけるに違いない。胸が高揚し、朔也は廊下を進む足を速めた。


「廊下は走るなよ~」


 遠ざかっていく朔也の背中に向かって、颯が声を飛ばす。


 そのとき、ふいに。


「僕は反対だよ」


 陸斗がぼそりと呟いた一言が、部屋の空気を一瞬止めた。颯は(ふすま)に手をかけたまま、陸斗は窓の外を見つめたまま──二つの視線は交わらないまま会話は続く。


「そんな悪いヤツには見えなかったぜ」


「だからだよ。朔也の主な原動力は復讐心だ。復讐は何も生まないどころじゃない。彼みたいな素直な人間ほど、重すぎる感情にきっと振り回されることになる」


 颯は何も言わず、襖はただ静かに閉まった。陸斗は少しの間颯の去った方を見つめていたが、ヘッドフォンを装着しなおすと、まるでさっきまでのやり取りをがすっかり忘れてしまったかのように再びぼんやりと外の景色を眺め出した。

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