彷徨える死霊ステラマリーと見捨てられた元皇太子アルディアスとの恋
ああ…私は、どれだけ深くあの人を愛しているのだろう。
王族でありながら、離宮に閉じ込められているアルディオス様。
離宮と言っても、王宮の庭にあるから、宮がついているだけで、朽ち果てたボロ屋だというのに、あの方は、王家からも見捨てられて、一人、病に戦う気の毒な人。
そんな貴方助けたくて、聖女様を探しているのだけれど見つからない。
疲れた足取りで今日も私は貴方を訪ねて、離宮へと足を運ぶ。
ステラマリーは人間ではない。死霊だ。
王家の墓の片隅に葬られた、死霊のステラマリーは、成仏できずに、
夜な夜な王宮の庭を彷徨っていた。
自分の名はステラマリー。名前だけは憶えているが、何で亡くなったのか、まるで思い出せなかった。
ただ、宛も無く、王宮の庭を彷徨い歩く死霊。
とある日、朽ち果てたボロ屋、別称離宮に気が付いた。
人はあそこには住んでいなかったはず、何で灯りが点いているのだろう。
そっと近づいてみれば、小さなその家の窓が開いていて、一人の黒髪の青年がベットから身を起こして、こちらを見ているのとばっちりと目が合ってしまった。
ステラマリーは死霊である。姿は骸骨で金の髪がへばりつき、ドレスはボロボロの姿であった。
そんな自分の姿が見えるのか、青年は驚いたように声をかけてきた。
「驚いた。骸骨? 丁度、暇していた。俺の言葉が解るか?」
「貴方、私の姿が見えるの?」
「ああ…不思議だな。だが、見えてよかったと思っている。一人きりは寂しい。こっちにおいで。」
青年に手招きされて、家の中に入る。
ベットの上の青年は、ハンサムな男性だったが、顔に痣が出来ており、
熱っぽい顔をしていた。
青年は疲れたように、ベットに横になりながら、自己紹介をする。
「俺の名はアルディオス。この国の皇太子だった男だ。病にかかってしまって、
隔離されている。この病は治らない。食事は外から差し入れて貰っているが、見捨てられている。一人でとても寂しかった。こうして訪ねてきてくれて嬉しい。」
「え?私は死霊ですのよ。それなのに?嬉しいのですか?」
アルディオスはベットから手を伸ばして、
「勿論。孤独程、辛い物はない。君の名は?教えて欲しい。」
「私はステラマリー。自分の事は名前以外覚えていないの。でも、この王家のお墓に葬られていたから、きっと、関係のある人なのね。アルディオス様。貴方、私の名前を聞いた事がないかしら。」
「ステラマリー?聞いた事がないが。血がどこかで繋がっているかもしれんな。
君の話を聞きたい。覚えている事は他にないのか?」
「そうね…。駄目だわ。思い出せない。それなら貴方のお話を聞かせて。身体に無理がない範囲で。」
アルディオスは、嬉しそうに、話始めた。
「俺は両親に期待されて、華やかな人生を送ってきた。美しい婚約者もいたし、人生順風満帆だったんだ。ただ、この病にかかるまでは。ああ…何で俺はこんな病にかかってしまったんだ。もっと生きたかった。この国の王になりたかった。」
「貴方の病、治す薬があればよいのですが。」
「無理だ…。医者もさじを投げている。」
「それならば、聖女様って今の時代にいます?」
「聖女様?聞いた事がないな。」
「思い出したのですが、私の時代には聖女様がいて、どんな病でも治して下さいました。もし、この時代にも聖女様がいるとしたら…」
「俺の病が治ると言う訳か。」
「私、夜しか動けないんですが、探してみます。聖女様。」
「いいのか?負担をかけて。」
「役に立てるというのなら、必ず、聖女様を見つけてみせますわ。」
こうして、ステラマリーの聖女様探しが始まった。
王宮の庭を出て、夜な夜な聖女を探すステラマリー。
フードを深く被り、顔を見せないようにして、彷徨って探してみたが、
そう簡単に見つかる者ではない。そもそも、聖女なんて滅びてしまっているのではないのか。
疲れ切って、アルディオスの元へ戻ってみれば、熱にうなされて具合悪そうで。
タオルを水で濡らして、額に置けば、アルディオスは瞼を開いて、
「ああ、お帰り。有難う。俺の額を冷やしてくれて。」
「いいんです。具合悪そうで、見ていられなかったものですから。」
「やはり、聖女は見つからないか。」
「この時代に、聖女なんているのでしょうか…。自信がなくなってきました。ごめんなさい。」
「謝らなくていい。こうしてステラマリーの顔が見られるだけで。」
「アルディオス様。私…顔、骸骨ですよ。」
「俺にとっては、愛しい骸骨だ。」
アルディオスはステラマリーの骸骨の口元にキスをしてくれた。
「俺も死んだら、お前の傍に行けるのか…。行けたらいい。そうしたら、二人で世界を回ろう。」
「貴方には生きていて欲しい。私は…聖女様を見つけてみせますわ。」
「無理をしては駄目だ。有難う。ステラマリー。」
毎日毎日、アルディオスの為に、聖女探しをした。
歩き疲れて、アルディオスの元へ戻って、夜が明けるまで看病をし、話し相手にもなった。
そして、とある日、不思議な力を持つ、マリアと言う女性が教会にいるという話を耳にした。
しかし、マリアには自分の姿が見えるのだろうか?話をする事も出来ないかもしれない。
ダメもとで、マリアの前に姿を現してみる事にした。
「きゃっ…幽霊っ??」
教会の庭で涼んでいたマリアは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「私の姿が見えるのですね。お願いです。マリア様。病気を治して頂きたい方がいるのです。
どうか、治して下さいませんか?」
「え?私が治癒の力を持っているって事をどうして?」
「噂で聞いたのです。どうかお願いです。」
「貴方の事を信じられないし、ここを離れたくないわ。」
「このままではアルディオス様は死んでしまいます。どうかお願いします。」
あまりにもステラマリーが真剣に頼むので、折れたのか、聖女マリアは渋々頷いて。
「解ったわ。」
マリアは、教会の若者2人を護衛に連れて、一緒に来てくれた。
王宮の塀にある裏口からこっそり忍び込む。
若者たちは家の外で待っていてくれて、マリアは、アルディオスに会ってくれた。
優しくアルディオスの手を握り締めて、
「さぁ、私の力を注いであげます。」
「君が聖女様。有難う。」
アルディオスの痣が消えて行く。顔色もすっかりよくなり、病が治ったのであった。
元気になったアルディオスは、マリアの手を取り、
「有難う。聖女様。貴方は俺の命の恩人だ。」
マリアは頬を染めて、
「貴方様の力になれて嬉しいですわ。」
ステラマリーはそんな様子を遠くから見て思った。
聖女とアルディオスは互いに惹かれ合ったのだと。
元気になったアルディオスは、きっと王族へ返り咲く事が出来るだろう。
もう、自分は用済みなのだ。
悲しくて悲しくてたまらない。
こっそりとその場から姿を消した。
毎夜毎夜、自分の墓の上に座って、ぼんやりと空を眺めて過ごす日々。
あれからどの位、過ぎたのであろう。
ステラマリーは思う。
アルディオスに自分は恋をしていたのだ。
「一緒に世界を回りたかった。アルディオス様と共に。」
骸骨には目が無いのに、涙がこぼれる。
「ステラマリー? まったく王家の墓ってどうしてこう広いんだ。探すのに手間取ってしまった。」
そこには元気になったアルディオスが立っていた。
「アルディオス様。」
「ここを出る支度にも手間取ってしまって。助けてくれてありがとう。ステラマリー。
約束だったな。一緒に世界を回ろう。」
「私、死霊ですよ。それに聖女様はどうしたのです?」
「死霊であっても構わない。俺はお前を愛している。それに、聖女様に、恋愛感情はない。命の恩人の一人ではあるが。俺が好きなのはステラマリーだけだ。」
「アルディオス様っ。」
アルディオスに抱き着いた。
愛している愛している愛している。
「どこまでも連れて行ってくれませんか。」
「ああ…行こう。どこまでも。」
死霊のステラマリーを連れて、王族を抜けたアルディオスは、旅をすることになった。
旅の目的地はまずは、マディニア王国。
噂で聞いた事があるが、魔族がそこには人間と共に存在していて、魔族の不思議な力で、ステラマリーは人間のように生活出来るかもしれない。
そんな希望を胸に、アルディオスと共にステラマリーは旅立った。
空には月がぽっかり浮かんでいるけれども、ステラマリーは幸せだった。
いつか、アルディオスと共に青空が見られたらいい…そう、心に思うのであった。