自信満々な生徒会長の脇役
「うん。 今日はここまででいいだろう。 あがろうか」
生徒会長が席を立つ。
彼女は珍しい女性の会長だ。
珍しいというのは、単に女性が会長に立候補することがなかったということである。
だから、教師陣も関心して彼女を見ている。
「はい。 お疲れさまでした」
今日は明後日の全校集会で配るプリントを作成していた。
目次や概要、会長のスピーチを補完する情報など。
そういうのをまとめていた。
「荷物は持ったかい? それじゃあ、鍵を閉めるよ」
会長だけが持っている生徒会室の鍵。
彼女はそれを回してドアが開かないことを確認した。
俺と会長は途中まで同じ帰り道だ。
だから、下校中は二人きりになる。
「そろそろ私たちの代になって半年が経つね」
「そうですね。 とはいえ、同じ仕事はありませんから慣れませんけど」
「あはは。 その通りだね。 私もスピーチを考えるのが大変だよ」
「でも、考えるのだけでしょう? 会長は喋るの大好きですもんね」
「よくわかってるね。 そうさ。 私が会長になったのは大勢の前で喋りたいから……だからね」
会長はにやりと笑った。
「と、こ、ろ、で……だ」
笑ったと思えば眉を寄せて、俺を睨む。
「なんで君はずっと丁寧な言葉遣いなんだい」
俺は会長に向かって丁寧語で喋る。
同じ学年なのに、だ。
もちろん理由はある。
馬鹿みたいだけど、個人的には超大事な理由が。
「いや、ほんと大した理由じゃないので」
「いつもそう言うじゃないか。 聞かせてくれよ」
おでこ一つ分だけ下で、会長が頬を膨らます。
この人は駄々をこねているときが一番かわいい。
「ちゃんとその理由が終わったら話しますから」
だから、絶対に理由を言ってあげない。
「本当だね? 本当に本当なんだね?」
「はい、もちろんです。 会長には逆らえません」
「いや、もう逆らってるじゃないか……」
それからは、雑談をして歩いた。
「あの体育の先生、酷いんだよ。 私が身長高いからって、身長の高い女子と組ませるんだ。 身長が高い女子なんてね、みんなスポーツをやってるんだよ。 私を除いてね!」
「いやあ、対格差あってもかわいそうなんで、仕方ないですよ」
「もう、話を聞いてかい!? 私はスポーツ経験者と組ませるなって言ったんだぞ」
実はあまり話を聞いてなかった。
会長がかわいすぎるからだ。
本当にかわいい。
しかも、それだけじゃない。
会長としての仕事はバッチリこなすし、学力も上位の方。
この人はなんでもできる人なのだ。
でも、それはちゃんと努力をしているからだ。
「会長」
「だいたい、いまどき竹刀なんて――なんだい、話の途中だぞ」
「会長はどこの大学を目指してるんですか?」
「えっ、急に真面目だな……」
会長は指を折ってなにかを数え始めた。
「とりあえずまだ考え中なんだが……とりあえず、情報系で一番いい大学に行きたいと思っているよ。 あっ、内緒にしてくれよ。 恥ずかしいから」
「会長も情報系なんですか? 俺もそうしようと思ってたんです!」
まさか、目指す学問が同じだなんて思わなかった。
嬉しい偶然だ。
ただ、そうか。
一番いい大学か。
俺の学力では足元にも及ばないだろう。
「会長、俺も同じ大学を受けます」
それでも、俺は会長と同じ大学を目指したい。
「本当かい?」
「ええ、本当です。 頑張ります」
「君、たまにそういう顔するよね」
そういう顔ってどういう顔なんだろう。
俺は首を傾げた。
「ああ、変な意味じゃないよ。 なんていうか、切羽詰まってる? いや、違うか。 覚悟を決めてるような顔」
「そんなに絶望してるような顔に見えますか?」
「ううん。 どっちかっていうと、やってやるぞ、って感じ」
その言葉を聞いて、なんとなく嬉しくなった。
この人はわかってくれるんだなって。
「ええ、やってやりますよ」
「その意気だ。 私も応援するよ。 まあ、そもそも私も合格できるか怪しいんだけど……」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう。 一年後に笑えるように」
「ああ、そうだな。 ……おっと、私はこっちだ。 それじゃあ、また明日!」
会長は俺とは別の道に進んでいった。
自信ありげにピンと張った背中を見送る。
そうだ、同じ大学に合格できたら、俺の理由は達成される。
俺が会長に丁寧な言葉を使う理由。
それは、彼女と俺の格が違いすぎるから。
だから、砕けた言葉を使うのは彼女と同じレベルになったとき。
そう決めている。
俺は新たに決意を固め、自分の道を胸を張って歩き始めた。