表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
9/89

08 揺れ動く覚悟

「俺は山下拓海。こっちは白石薫、俺の彼女だ」

 彼らの自己紹介は、ごくあっさりとしたものだった。


 お互いに名乗り合うと、話題は謎の声からの指示に移った。幸い、山下も同様の声を聞いて戦いに身を投じたらしく、とんとん拍子に話が進んでいく。


「……と、いうわけなんだ。僕たちと力を合わせて、一緒に戦ってほしい」

 八束が説明を締めくくる。うんうんと頷いてから、山下は迷わず答えた。


「いいだろう。大人数で挑んだ方が勝率も上がるし、断る理由がない」

 提示されたのは、きわめてシビアで現実的な理由だった。

 やっぱり扱いにくい男かもしれない、と八束は考えを改めた。


 通りに転がる瓦礫の中で、何かが光った。


「何だろう」

 ひょいと身を屈め、玲がそれを拾う。彼女の手の中にあるのは、草花をかたどった紋様のある手鏡だった。


 そのとき、八束と玲の通学鞄から、淡い光が漏れ出た。

 彼ら二人と山下、合計三人分の武器が揃っているため、先刻から光量は強まっていた。しかしここにきて、いっそう輝きを増している。


「もしかして」

「うん。これも、七つ道具の一つなのかもしれない」

 玲と八束が顔を見合わせる。そこへ山下が割り込み、無造作に手鏡を奪い取った。


「さっきの奴らの狙いは、この鏡を奪還することだったのかもしれないな。元の持ち主がいなかったのか、あるいは捨てられたのかは分からないが、俺たちが持っておいた方が良さそうだ」

 しげしげと眺めてから、山下は鏡を薫へ手渡した。


「そうだ、薫も俺たちと一緒に戦うといい。俺は強い女が好きなんだ」

 明日の天気の話でもするかのような、のんびりした口調だった。



「……う、うん」

 白石薫の表情は強張っていた。鏡を受け取る手が震えていた。


 無理もない。彼女はついさっきまで、普通の高校生だったのだ。戦いに身を投じるには、まだ覚悟が足りない。


「よせよ。彼女、嫌がってるじゃないか」

「何っ?」

 八束が口を挟むと、山下は眉をぴくりと動かした。


「白石さんは、声に選ばれて戦士になったわけじゃないんだろう? だったら、この鏡を持つ義務なんてない。彼女のことが本当に好きなら、不用意に危険に巻き込まない方がいいと思うな」


「別に、危険に巻き込もうとは思ってないぜ。薫にしてみたって、いざというときの自衛手段がある方が都合が良いに決まってる」


 二人の議論は平行線を辿るばかりである。八束がさらに反論しようとしたとき、玲が両者の間に割って入った。

「やめて。あんたたちは、薫さんの気持ちなんかこれっぽっちも考えてないじゃない。最終的に決めるのは、彼女自身よ」


「一理あるね」

 渋面をつくりながら、八束は玲の意見を認めた。だが山下は、ふてくされたように押し黙るばかりであった。



「お取込み中、失礼するよ」


 頭上から声が降ってきて、八束は肌が泡立つのを感じた。

 反射的に、四人が別々の方向へ跳び退る。数秒前にいた空間に、空に生じた歪みから、トリックスターの新たな刺客が降り立った。

「……僕は船団トリックスターの一員。ラゼ様の配下、名はグリラ」


 ガラスのように透明感のある、紫色の皮膚に覆われた肉体。

 ソリューと同じ、ヘッドセット型のモジュールを耳に装着している。腰には革製のベルトのようなものを巻き付けていた。

「君たちの使っている武器は、元々僕たちのものだ。全て回収させてもらおう」


 八束には、グリラの言葉の意味が気になって仕方がなかった。けれども、今は細かいことを詮索している場合ではない。


「薫は下がっていろ」

 戦う決心がつきかねている彼女を、山下は「戦力として期待できない」と判断した。薫を庇うようにして前に立ち、手のひらにくさびを出現させる。


 こくりと小さく頷き、薫は敵から距離を取った。


「負けてられないわね。あたしたちも行くわよ」

「分かってる」


 続いて、玲と八束も武器を取り出して構える。両腕に装着された黄金のかぎ爪と、鍵が変形した銀色の剣が、それぞれグリラへと向けられた。


 幸先よく、まずは山下が仕掛けた。計四本のくさびを空中に浮遊させ、高速で射出する。

「悪いな、お前らの出る幕はない。俺一人で十分だ!」


「……我が名はグリラ。司るは『重さ』と『軽さ』」


 しかし、勢いよく撃ち出されたくさびは全て、命中する直前でアスファルトへ叩き落された。

 何か、目に見えない力が作用したようだった。

 山下は動揺を隠せていない。くさびへ念を送り、動かそうとしているものの、彼の武器は微動だにしなかった。


「僕の特殊能力は、重力操作。局所的に重力の大きなエリアを作り出すことで、あらゆる攻撃を防げるんだ」

 能面のようなグリラの顔に、微かに笑みのようなものが浮かんだ。

「抵抗しても無駄だよ。君たちの攻撃は、僕に届きようがないんだからね」


「調子に乗ってんじゃないわよ」

 ダン、と玲が地面を蹴り飛ばし、一瞬で間合いを詰めた。

「あんたなんか、あたしが一撃で……」


 だが、振り上げられたかぎ爪は、紙一重で届かない。グリラが彼女の周囲の重力を強めたため、自由に身動きが取れなくなっているのだ。


 動きが鈍くなった玲を嘲笑い、グリラが膝蹴りを喰らわせる。

 ソリューほど格闘に優れているわけではないようだ。が、動きを止められ、無防備になった相手へ一方的に攻撃できるという点で、グリラもかなりの実力者だといえる。


「かはっ」

 路上を転がり、玲が苦しそうに何度か咳き込む。その横を走り抜け、八束は気合とともに斬撃を放った。

「……はあっ!」


 前回ソリューと戦ったときは、鍵から生じた光で敵を幻惑し、隙を突いて倒した。けれども、今回はそんな小細工は使えない。真っ向勝負を挑むしかない。


 玲を―共に戦う仲間を痛めつけられたという事実は、八束の中の何かを高ぶらせていた。突き、払い、さらに斬りつけ、怒涛の連続攻撃を仕掛ける。生まれてこの方剣を握ったことなどほぼないが、武器に内蔵されたシステムが、八束の身体動作をいくらかアシストしてくれているようだった。


 全力の斬撃を難なく躱してみせ、グリラがバックステップで距離を取る。そして、右手を軽く振った。


 次の瞬間、八束の全身に凄まじい負荷がかかった。グリラの作り出した重力に囚われ、思うように体を動かせなくなる。


「勝負ありましたね」

 勝ち誇り、グリラが三人を見回す。


 くさびを封じられた山下。攻撃の全てを防がれた、八束と玲。彼らには、トリックスターの刺客へ対抗する術がなかった。

「勝ち目がないことは分かったはずです。大人しく『盗人の七つ道具』を渡してもらいましょう」


(どういうことだ? 何で彼らが、僕たちの武器の名称を知っている?)

 地面に這いつくばった格好のまま、八束は必死に思考を巡らせた。


(それに、七つ道具が元々トリックスターのものだったというのは、一体……)

 しかし、曖昧な推測はそこで中断される。グリラが、腰のベルトから短刀を取り出したからだ。


「やはり、交渉に応じませんか。ならば君たちには、最高に絶望的な殺され方をプレゼントしてあげよう」

 グリラが両腕を素早く振る。八束たち三人の体に、地面へ叩きつけんばかりの強烈な圧力がかかった。


「一切抵抗できないまま首をかき切られる恐怖を、じっくり味わうといい」


白石薫は基本的に受け身で、押しに弱いキャラクターとして設定しています。


大胆な言動の多い山下に振り回され、その都度たしなめているイメージです。もっとも、前回のキスシーンよろしく、たしなめたからといって彼が従うとは限らないのですが笑


強引で自分勝手なところのある山下と、自己主張の苦手な薫。一見すると奇妙なカップルである二人の、今後の成長に注目です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ