74 祝勝と描く夢
トリックスターとの戦いが終結してから、約一か月が過ぎた。
東京を含む、世界各地の都市は少しずつ復興し、日常を取り戻している。学校の授業も段階的に再開され、学生たちは今までに比べ忙しくなってきた。
それでも、何とか空いた時間を見つけ、彼らは一堂に会していた。
座敷に通され、七人が腰を下ろす。手前側には八束、玲、薫、山下、奥には谷崎、新田、奈央の順で座った。
「ピザの次は焼肉か」
運ばれてきた肉を鉄網の上に並べ、手際よく焼いていく。その作業をしながら、谷崎は呟いた。
「庶民的と言えば庶民的だが、またピザを食わされるよりは幾分ましだな」
「庶民的」というワードを聞くたびに、箸を握った新田の手はぷるぷる震えていた。彼は谷崎とは正反対で、生活に根差した食べ物を好む傾向がある。せっかくの食事会をコケにされたような気がして、不快だった。
だが、さすがに前回で学習したのだろう。ここで突っ掛かっていっても、奈央にたしなめられるだけなのは分かっている。ゆえに何も言わず、黙々と箸を進めた。
「では改めて、トリックスターへの勝利を祝おう」
山下が音頭を取り、皆がガラスのコップを打ち合わせて乾杯した。二時間の食べ放題コースがスタートし、七組の箸が鉄網と皿を往復する。
口の中の肉を飲み込んでから、山下は続けた。
「あれから一か月が経ったが、トリックスターと思われる勢力による襲撃は起きていない。やはり、奴らは撲滅されたと考えるべきだろう。問題は、俺たちがこれからどうするかだ」
「とりあえずは、毎日を頑張ればいいんじゃねえの」
呑気そうに新田が言う。
「俺は残りの高校生活を、悔いのないようにやり切るつもりだ。トリックスター絡みで延期されてたラグビーの試合が、来月開催されることも決まったしな」
「随分と悠長に感じるが」
山下は眉をひそめた。意識の低い新田に、若干の苛立ちを感じているようでもあった。
「忘れたのか。俺たちの戦いは、本当の意味で終わったわけじゃない。二度と未来人が歴史改変を試みないよう、自分に何ができるのかを一人一人が考え、行動して、未来を変えなければならないんだぞ」
「……山下君は、焦りすぎだよ」
ふふっ、と笑い声が隣で弾け、山下は視線を向けた。
可憐な笑顔を浮かべ、薫が唇を動かす。
「夢や目標なんて、そんな簡単に決まるわけないじゃない。それに、トリックスターが現れるまでには七百年近い猶予があるんだから。焦らずじっくり考えて、答えを見つけたら良いと思うな」
それもそうか、と山下は照れくさそうに笑い、頭を掻いた。
一歩ずつ、だが確実に、彼らは未来へ向かって歩き出していた。
「優等生の回答だな」
つまらなさそうに吐き捨て、谷崎は皿を一旦テーブルに置いた。ライターと小さな紙箱を取り出し、煙草に火を点ける。
「もっともらしい意見だが、男に愛されることしか考えてなさそうな奴が言ったところで、説得力はないぜ。下手をすれば、お嫁さんになるのが夢です、なんて言い出しかねない」
「……へっ」
思わず箸を取り落としそうになってから、薫はようやく我に返った。白い肌を真っ赤に染めて、谷崎へまくし立てる。
「な、何言ってるの。私は別に、そういうわけじゃないから。……ていうか、何で当たり前のように煙草吸ってるの⁉」
「喫煙可の席だったら、普通は吸うだろ」
「普通の高校生は煙草吸わないよ!」
口論が続く中、吐き出された白い煙がうっすらと広がっていく。副流煙を吸い込んでしまったのか、奈央は僅かに表情を歪めた。
わあわあと言い合う二人を制し、新田が谷崎を軽く睨んだ。鋭い眼光に、谷崎は怯んだように目を瞬いた。
「おい、今吸うのはやめとけよ。飯が不味くなる」
それから奈央の方を振り向き、新田は微笑んだ。
「煙草、苦手な奴もいるみたいだしな」
「はいはい、分かったよ。俺が悪かったですよ、っと」
渋々ながら頷き、谷崎は灰皿へ煙草を押し当てた。火を消し、食事を再開する。
一方の奈央は、ぽっと赤くなっていた。谷崎の耳へ唇を寄せ、小声で玲を述べる。
「……ありがとうございます、先輩。気を遣って下さって」
「大したことはしてねえよ」
だが新田の声が大きいので、囁いた意味はほとんどなくなってしまっている。
何だか微笑ましいやり取りに、八束たちは生温かい視線を送っていた。
「……夢、か」
玲はぽつりと呟いた。
「あたしはまだ、全然考えつかない。環境汚染を食い止めるために何かすべきなんだろうけど、具体的なことが思い浮かばないわ」
「環境保護団体に、募金でもすればいいんじゃないかな。それが一番簡単だよ」
彼女の横で、八束は事もなげに言った。タレをつけた焼き肉を口に運び、咀嚼していく。
何となく軽くあしらわれたような気がして、玲はややむっとした。
「そりゃ、募金くらいはできるわよ。……でも、運命を変えるためには、もっと根本的な取り組みをやった方がいいと思うわ。今だって保護団体は存在してるけど、エドマたちは攻撃してきた。それはつまり、彼らでは環境破壊を食い止められなかった可能性がある、ってことじゃない」
「確かにね」
「あんたは、何か考えがあるの?」
玲の問いかけに、八束は間を置かず、首を縦に振った。
「僕にも夢ができた。父さんの会社とは別に、緑化事業を行う会社を新しく立ち上げるという夢だ」
「そのためにも、今は受験勉強を頑張って、大学で専門的な知識を身につけられるようにしたい。トリックスターが取り戻そうとしていた美しい地球を、今を生きる僕たちの手で守り続けるんだ」
「……へえ。よく考えてるじゃない」
ぱちぱちと瞬きし、玲は微かに頬を染めた。
「あんたのそういうところ、嫌いじゃないわよ。つまりその、しっかりした芯を持っていて、いざってときに頼りになるところ」
「それはどうも」
八束は何故か目を伏せ、声のトーンを落とした。意図的に玲から距離を取っているように感じられた。
彼らしくもない、と玲は思う。ポーカーフェイスは得意ではなかったのか。どうして褒められただけで、彼女の存在を意識するような素振りを見せるのだろう。
「じゃあ、八束の会社が軌道に乗ったら、正社員として雇ってくれよ。力仕事なら何でも来いだ」
にやりと笑い、新田が手を挙げる。
「どちらかというと、腕力より頭脳が欲しいんだけどね」
仲間の好意を微妙に払い除け、八束は曖昧に笑った。
「僕は団体の運営や、方針決定を主に担当しようと思ってる。今足りないのが技術者だ。従来よりも低コストで、効率よく緑化を進められるような新技術を開発したい」
「そう上手くいくかよ」
「……いや、分からないぜ」
苦笑する新田を差し置いて、谷崎も口を開いた。
少量のニコチンを摂取し、彼はいくらか機嫌を良くしていた。思うに、先ほど薫へもったいをつけたのも、ニコチン不足によるストレスが原因ではないだろうか。
「今すぐには無理でも、未来には技術が確立されているかもしれない。トリックスターの奴らだって、ワープ装置に肉体改造と何でもござれだったんだ。七百年の間に一人くらい、緑化の天才が現れるんじゃないか」
「……そうだね。信じよう」
意外なほど素直に、八束は頷いた。
「どんなかたちでもいい。大切なのは、諦めずに挑戦を続けることなんだと思う。絶えず努力を積み重ねれば、いつか未来は変わるはずだ」




