06 デート、あるいは共同捜査
二〇三〇年五月十日、午後六時。
太平洋上空、高度三千メートル。
船団トリックスターの戦艦、その内部にて。
「第二十八部隊が全滅し、ソリューまでもが倒された? ……馬鹿な。この時代の、ましてや極東の島国ごときの軍事力で、対処できる相手ではなかったはずだ」
円卓を三人が囲んでいる。
そのうちの一人、屈強な大男が口を開く。彼はこの船の艦長であり、トリックスターの総司令官だった。
「ソリューたちを倒すには、我々と同等のテクノロジーが必要になりますからね」
「嫌ね。まさか、私たちの技術が流出したとでも?」
別の男が相槌を打つ。
冗談でしょう、と言いたげに、女がくすくすと笑った。
「残念ながら、その可能性はありますよ」
はっとして、三人が声のした方向を振り向く。
金髪の美青年は、いつの間にか参謀室の扉を開け、彼らに微笑を向けていた。栗色の瞳が僅かに揺れる。
艦長の視線が、途端に厳しいものに変わった。
「……どういうことだ。説明してみよ、ヴィルディアス」
「エドマ様のご命令とあらば」
芝居がかった仕草で一礼し、青年は続けた。
「先日、アメリカ空軍の攻撃を受けたときのことは覚えておいででしょうか。実はあのとき、船体が大きく揺れた拍子に、『盗人の七つ道具』を紛失したのです。正確には、地上へ落としてしまった、と申すべきでしょうか」
「あくまで推測ですが、ソリューを撃退した人間たちは、偶然『盗人の七つ道具』を手に入れたのかもしれません。そうだと仮定すれば、全て説明がつきます」
「ヴィルディアス、あなたという人は……」
苛立ちを隠せず、男が一人立ち上がった。
「何を他人事のように言っているのです。もし本当に例の武器が流出したのだとしたら、エドマ様の作戦が失敗した全責任は、あなたにあるのですよ」
「その通りよ」
女も椅子を蹴るようにして、憤然と立つ。
「自分がどれだけ重大なことをしたのか、分かっているの? これは私たちトリックスターの計画を、根本から揺り動かしかねない案件なのよ」
「まあまあ、そう熱くならないで下さい。それに、元はと言えば、ステルスシールド展開が遅れたのが悪いんですから」
両名に詰め寄られても、ヴィルディアスはにこやかな表情を崩さなかった。
「……ラゼ、メラリカ。落ち着くのだ。言い争っても問題は解決しない」
低く、それでいてよく通る声が響く。エドマの指示に従い、二人は不承不承席に着いた。
「ヴィルディアス。お前の犯したミスは、我々にとって致命的なものになりうる。この償いは必ずしてもらうぞ」
「はい」
艦長の言葉を受け、青年はうやうやしく頭を下げた。
「トリックスターの勝利のため、技術面から一層のサポートに努めます」
「それで良い」
満足そうに、エドマが告げる。
「まずは、次の作戦に着手せよ。計画遂行のため、何としてでも七つの武具を奪還するのだ」
「……では、私の部下に実行させましょう。先日の作戦でヨーロッパ諸都市をいくつも壊滅させた、実力者ですよ」
ラゼと呼ばれた男が挙手し、不敵に笑った。
駅の改札を抜けると、彼女はいた。
「遅い!」
こっちを見るやいなや、三原玲は頬を膨らませた。
「約束の時間には、まだ数分あるはずだけど」
「もうちょっと余裕もって来なさいよ」
出会って早々、理不尽な説教である。やれやれと思いながら、八束は玲を連れて歩き出した。
お互い、学校からの帰りだったらしい。前に会ったときと同じ制服姿だ。
彼らが待ち合わせていたのは、「盗人の七つ道具」なる武器に選ばれた、他の仲間たちを探すためだ。
謎の声いわく、七つ道具同士が接近すると淡い光が発せられるらしい。思えば、最初に八束と玲が出会ったときも同じ現象が起きていた。それを手掛かりにすると良い、とのことだった。
これだけを頼りに仲間を探すのは、いささか心もとないかもしれない。けれども、何もしないわけにもいかなかったのだ。
事件から一週間が過ぎた。
あのときトリックスターは、宣戦布告すると同時に世界各国へ攻撃を仕掛けていた。被害は甚大であり、日本も諸国に倣って緊急事態宣言を発令、対応を進めている。
しかし、依然として敵の正体は謎に包まれたまま。おまけに、どこから現れて攻撃してきたのか見当もつかないということだ。未知の脅威を前に、人類はまるでなす術がなかった。
だからだろうか。緊急事態宣言が出されても、人々はさほど外出を控えているように見えない。道行く人は皆、いつも通りの日常を過ごしている。
危機感が全くないわけではない。ただ敵が巨大すぎて、何をしても無駄だと諦めているのだ。ターミナル駅を出てすぐの商店街には、どこか投げやりな、諦めたようなムードが漂っていた。
交通量の多い場所に行けば、それだけ仲間を見つけられる確率も上がる。単純な計算に基づく、甘い見通しである。
それでも、やらなければならない。七つ道具に選ばれた人間以外では、トリックスターの怪人に太刀打ちできないのだ。
「あっ、見て! もう反応してる」
先を歩いていた八束の手を、玲が嬉しそうに引っ張る。いそいそと通学鞄をまさぐり、彼女は縦長のケースを取り出した。
黄金のかぎ爪が収められた箱からは、うっすらと光が漏れ出ている。
「あたしたち、結構ラッキーなのかもね。こんなに早く見つかるなんて思わなかった。持ち主は一体どこに……」
「あのさ、三原さん」
きょろきょろ辺りを見回している玲に、八束はこれ見よがしにため息をついた。
「喜んでるところ悪いけど、それ、僕たちの武器がお互いに反応し合ってるだけだと思う。もう少し光が強くなったときじゃないと、仲間が近くにいるとは言えないよ」
淡々と説明を続ける。たちまち、玲は真っ赤になった。慌ててケースを鞄へ押し込み、八束へ抗議する。
「……そ、そういうことは先に言いなさいよ! あたしだけ舞い上がって、馬鹿みたいじゃない」
「分かってると思ったから、言わなかったんだよ」
「何よそれ、ムカつく」
八束の話し方は飄々としていて、人を食っているようだ。
ぎゃあぎゃあと言い争っている二人―騒いでいるのは主に玲だが―へ、通行人は時折好奇の目を向けてきた。
最初はスルーしていた玲も、だんだんと視線を無視できなくなったらしい。八束に突っかかるのを中断して、小声で尋ねてくる。
「ねえ、さっきから妙に見られてる気がするんだけど」
「僕たちのことを、デート中の高校生カップルだとでも思ってるんじゃないかな」
対して八束は、何てことなさそうに応じた。
「……はあ⁉」
玲の動きが一瞬フリーズしたように見えたのは、気のせいだろうか。一拍遅れて、彼女の頬に朱が差す。
「冗談じゃないわよ。あんたみたいな冴えない男と付き合うなんて、絶対に無理だから」
「うん。というか、僕の方からもお断りさせてもらう」
「それはそれで傷つくかも⁉」
玲はややショックを受けたようだ。八束の台詞のどこまでが本音で、どこからがジョークなのか、彼女はまだ見極めきれずにいた。