04 輝く剣
「お断りよ」
ソリューの放つ威圧感は凄まじかった。
しかし、少女は決して屈しなかった。凛とした声音で告げる。
「絶対に渡さない。この武器は、あんたたちと戦うために必要なものなんだから」
「渡した方が身のためだぞ」
目と口以外にほとんど隆起がなく、のっぺりとした顔。ソリューの眉間に、小さな皺ができた。
「貴様は何も知らない。それは今の人類が所有し、使用するには早すぎるものなのだ」
「……さっきから、訳分かんないことばっかり」
少女の背から、闘志が立ち昇る。八束は気圧されて、思わず数歩後ずさった。
「そんなにこれが欲しいのなら、あたしを倒して奪ってみせなさい!」
気合とともに、彼女はアスファルトを蹴り飛ばした。一瞬で間合いを詰め、ソリューの懐へ飛び込む。
「……我が名はソリュー。司るは『硬さ』と『軟らかさ』」
だが、ソリューは動じなかった。にやりと笑い、呪文めいた言葉を静かに唱える。
それがどうした、とばかりに、少女がかぎ爪を振るう。鋭い先端部が、ソリューの左肩へ命中した。
けれども、鋼のごとき強度をもった皮膚は斬撃を受けつけない。難なく攻撃を弾かれ、彼女は束の間、呆然としていた。
「何で……」
「ああ、言い忘れていたな。これが俺の能力だ」
余裕の表情で、ソリューが気だるそうに肩を回す。
「俺は肉体の硬度を自由に調節できる。その程度の攻撃じゃ、傷一つつかないぜ」
次の瞬間、怪人の体が沈み込んだ。すかさず放たれたアッパーカットが、少女の顎を正確に捉える。
無慈悲な殴打は、彼女をビルの外壁へと叩きつけ、縫い止めた。
一連の動作は、ほんの一瞬のうちに行われていた。
ごく短い時間だけ硬度を下げ、動作スピードをブースト。すぐに硬度を元に戻し、最大限まで威力を高めた打撃を繰り出す。自分の力を正確に把握しているからこそ、可能な芸当だ。
「くっ……」
少女は膝を突き、どうにか立ち上がろうとしていた。
口元から溢れる血を拭い、歯を食いしばる。だが、上手く体のバランスを保てない。
「どうした。脳震盪でも起こしちまったのか?」
ソリューは歌うように呟き、彼女の方へと歩いて行った。
八束へは見向きもしない。優先的に倒すべき敵として、みなされていないのだろう。
「もう一度チャンスをやろうか、お嬢ちゃん。大人しく武器を渡しな」
「……嫌、よ」
かすれた声で、途切れ途切れに返す。華奢な身体は震え、血と汗にまみれていた。
「そうか」
容赦なく、ソリューがその脇腹を蹴り飛ばす。声にならない悲鳴を上げて、少女は悶えた。
「ならば、貴様を殺して奪い取るまでだ」
灰色の皮膚に包まれた足が、少女を力任せに踏みつける。
儚げな絶叫が、街に響いた。
(どうしてだよ)
圧倒的な力を持つトリックスターの構成員、ソリュー。
彼を前にしても、彼女は果敢に立ち向かった。最後まで闘志を燃やそうとしていた。
(どうして君は、そんなに真っ直ぐなんだ。何が正しいのか分からないのに、何を信じたらいいかも分からないのに、何で迷わずに戦えるんだよ)
ソリューが少女にとどめを刺そうとしている、その様子が、八束にはスローモーションのように見えた。
心臓の鼓動が、だんだんと速くなっていく。
(僕にはまだ、全然分からない。君と僕が何のために戦えばいいのかとか、この武器は何なのかとか、トリックスターが何者なのかとか……本当に、答えが出せないんだ)
(戦え。君が戦うしかないんだ)
またしても、あの声がした。
(この世界を奴らから救えるのは、君たち選ばれた人間だけだ)
どうしてだろう。今この瞬間だけは、あれほど疎ましかった声をすんなりと受け入れられた。
気づけば、八束の手は通学鞄をまさぐっていた。鍵束を取り出し、右手に掴む。
(何もかも分からないし、まだ答えは出てない)
そして願った。戦う力が欲しいと、強く願った。
(……だけど、これだけは確かだ。あの子を救えなかったら、僕は自分の選択を一生悔いることになる)
そのとき、鍵のうちの一つが輝きを放ち始めた。
光の中で、鍵はゆっくりとその形を変えていく。縦に長い形状へと変化し、凹凸だったデザインはよりシャープなものとなる。
数秒後、八束の手の中には銀色の剣が収まっていた。