38 人質と要求
自身に与えられた研究室で、メラリカはコンピューターと向き合っていた。
デスクの上には、多種多様な武器が並べられている。鞭、レイピア、拳銃、ボウガン、刀、ガトリング砲。その全てが、彼女の発明品だった。
先ほど、ヴィルディアスを倒すため単身出撃したエドマは、気落ちした様子で戻ってきた。あと一歩というところまで追い詰めたものの、逃げられたと言っていた。
ヴィルディアスを消さない限り、トリックスターの目的は達せられない。彼を攻略すべく、メラリカは新しい武装を開発しようとしていた。
「……厄介なのは、あの幻惑能力ね。目くらましさえ封じることができれば、勝機はあるわ」
キーを叩く音が、静かな部屋に響く。
ふと、以前ヴィルディアスと交戦したときのことを思い出す。あのときは不意を突いて斬りつけ、ある程度のダメージを与えることに成功した。
「形状はレイピアタイプがいいかしら」
呟き、デスクに置かれていた細身の剣を手に取る。
ヴィルディアスに対して有効だった武器だ。これをベースに、幻惑能力に対抗できるような機能を加えれば、あるいは勝てるかもしれない。
そのとき、手が何かべとべとしたものに触れた。
「あら?」
何気なく視線を手元へ落とし、メラリカは息を呑んだ。レイピアの柄からダークグリーンのジェルが滲み、溢れ出している。
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
ワープ装置を使い、戦艦内へ移動する。中国軍の鎮圧を終え、エドマはユーラシア大陸から帰還したところだった。
ヴィルディアス、及び七つ道具の使い手の始末はもちろんだが、反トリックスターの動きを見せる先進諸国にも対処しなければならない。いまだ根強い抵抗を続ける中国には、打撃を与えておく必要があった。
ヴィルディアスに続いての連戦で、疲労も溜まっていた。しかし、任務を終えた彼が目にしたのは悲惨な光景だった。
「どうした。何があったんだ」
船内はめちゃくちゃに破壊され、何体もの怪人が倒れていた。壁に取り付けられた計器類も、ほとんどが破損して使えなくなっている。
何者かが侵入したのだろうか。まさかとは思うが、エドマの不在時を狙ってヴィルディアスが乗り込んできたのか。
いや、それはあり得ない。彼がトリックスターを裏切った時点で、ラゼに命じ、ヴィルディアスの所持するワープ装置へ特殊な信号を打ち込ませてある。これにより、移動先の座標にトリックスターの戦艦を指定できなくなっているはずだ。
だからこそ、奇襲攻撃を受ける心配はないと判断していたのだが。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
部下たちを助け起こし、呼びかける。皆少なからず傷を負い、ぐったりしていた。意識のある者は数えるほどだ。
「……まずいことになりましたよ、エドマ」
やっとの思いで瓦礫の山から這い出し、ラゼが呻く。不死身の力を持つ彼は、こんな状況でもタフに耐え凌いでいた。
「メラリカがいきなり暴れ出したんです。私も押さえつけようとしましたが、このザマですよ。通常ではあり得ないほどの、凄まじい力でした」
ふらふらと立ち上がり、ラゼは息を吐き出した。切り裂かれ、血が滲んでいた黒い皮膚が、みるみるうちに修復されていく。
「メラリカが?」
一瞬、エドマは耳を疑った。どうして彼女が、トリックスターへ牙を剥かねばならないのだ。彼女に限って、ヴィルディアス側に進んでつくわけがない。
(やあ、エドマ)
突如、船内に声が響き渡った。それは馴染み深く、忘れるはずもない声だった。
(どうだい? 私の新しい趣向は、気に入ってもらえたかな)
「……ヴィルディアス、お前の仕業か」
声のした虚空を睨み、エドマが怒りを剥き出しにする。
「一体、メラリカに何をした」
(おっと、怖いなあ。心配しなくても、彼女の命に危険は及んでいないよ。今はまだ、ね)
トリックスターの裏切り者は、実に楽しそうに種明かしをした。
(以前メラリカと交戦したとき、彼女の武器に侵食型のジェル状物質を仕込んでおいた。時間が経つにつれて自己増殖し、やがてターゲットの体内へ侵入。操り人形へ変えてしまう優れものさ)
メラリカに斬りつけられた直後、ヴィルディアスは少量のジェルを武器へ付着させていた。
レイピアの中に潜んでいたそれは、長い時間をかけて成長した。ついに機は熟し、彼女の精神を乗っ取った。
(今や、メラリカは完全に私のコントロール下にある。彼女を返してほしければ、私の要求を呑むことだね)
「何が望みだ」
エドマの問いに、ヴィルディアスは笑った。
(トリックスターの全部隊を、二七三〇年へ撤退させること。そして、この時代を私に支配させることだ)
「そんなこと、できるわけがないだろう」
思わず感情的になり、エドマは吠えた。ヴィルディアスの提案は無理難題であり、その実行は破滅の未来を意味していた。
「歴史改変を行い、呪われた未来を回避するのはトリックスターの使命だ」
(では、メラリカがどうなっても良いと言うのかな?)
しかし、続くヴィルディアスの台詞に、エドマは言葉を飲み込んだ。
「それは……」
(君に選択権はないということを忘れないでほしいな。私はいつでもメラリカを殺せるんだよ)
目的のためなら、かつての仲間さえも容赦なく手にかける。ヴィルディアスの心は歪み、腐り切っていた。
(一日だけ、考える時間をあげよう。君は懸命な判断ができる男だと信じているよ、エドマ)
それきり、声は聞こえなくなった。
通信は途切れ、エドマとラゼは戦艦内の静寂に取り残された。
「……おのれ、ヴィルディアスめ」
力任せに拳を叩きつけ、エドマが唸った。
頑丈なはずの壁がへこみ、またすぐに隆起する。戦艦には自動修復機能が搭載されており、よほどの大火力で攻撃されない限り、船としてのかたちを維持し続けるのだ。
「直接対決では分が悪いとみて、人質を取って交渉するつもりか。卑怯な奴よ」
前回、エドマはヴィルディアスと死闘を演じ、競り勝った。
アリュレイーを盾にして逃げられたものの、単純な戦闘力ではエドマが勝っていた。ヴィルディアスの想定を超える力を発揮し、宿敵を追い詰めた。
その結果を、彼なりに重く受け止めたのだろうか。ヴィルディアスはメラリカを拉致し、卑劣な作戦を実行している。
「エドマ様。まさか本当に、部隊を引き上げるつもりですか」
負傷者の救護を一通り終えて、ラゼが戻ってきた。沈鬱そうな表情のリーダーを見て、不安そうにしている。
「いや、撤退することはできない」
渋面をつくり、エドマは首を振る。
「第一、俺一人の判断では、トリックスターの全部隊を引き上げさせるのは不可能だ。監査委員会の許可もなしに、そんなことができるはずがない」
「ですよねえ」
ラゼがため息をついた。それから、何かを思いついたように壁際に駆け寄った。
壁に掛けられているのは、トランシーバー型の通信機。そのうちの半数はメラリカの手で破壊されていたが、目的のものは無事だった。
「状況が状況ですし、一度、委員会の方へ連絡するというのはどうでしょうか?」
ジェルで操っていた兵士の攻略法を編み出され、七つ道具を持たせていた傀儡(=新田と谷崎)も解放され、いよいよ追い詰められたヴィルディアス。
状況を逆転すべく、メラリカを人質に取り、彼は大きな賭けに出ます。はたして、エドマとの決着はつくのでしょうか。
そして、以前からその名が口にされていた「委員会」とは何なのか?
これについては、次回以降少しずつ明かしていきます。




