30 新たな仲間
周りを見ると、戦況はヴィルディアスにとって思わしくないようだった。
ハンマー使いの傀儡は倒されたのか、姿が見えない。もう一名は七つ道具の使い手たちと交戦中だが、やはり多勢に無勢、徐々に押されている。
弓を構えた兵士たちも、ほぼ全滅といった状態だ。その上トリックスターの幹部までもが乱入してくると、計画の妨害も甚だしい。
「……君たちの狙いは分かっている。ここで私を足止めし、やがてエドマ含む本隊と合流。数に物を言わせて押し切るつもりだね」
そうはさせるか、とヴィルディアスはほくそ笑んだ。
「目的を達成するためには、こんなところで終わるわけにいかないんだ」
指を鳴らすと同時に、彼と傀儡の姿がかき消える。
ワープ装置を用い、ヴィルディアスはひとまず撤退した。
ヴィルディアスの率いていた戦力が、出し抜けに消滅した。正確には、小型ワープ装置で別座標へ移動した。
たった今まで刃を交えていたパール使いも、姿を消してしまっている。
ハンマー使いの男に続き、彼をも解放しようと、八束たちは奮闘していたところだった。「もう少しで助けられたかもしれないのに」と思うと、悔しい気持ちでいっぱいになる。
ともかく、まずは乱入してきたトリックスターに対処しなければならない。ザシュレは倒したが、ノームルと、彼を助けに来たラゼ、メラリカが残っている。
だが予想に反し、彼らは負傷したノームルを連れてさっさと退こうとした。
「意外だな。てっきり、俺たちを殺しに来たんだと思ったが」
やや挑発気味に山下が言う。対して、ラゼはいたって真面目に答えた。
「もちろん、君たちのことを狙っていないわけではありません。組織を裏切ったヴィルディアスを倒すためにも、七つ道具の奪還は必要ですから」
未来で造られた武器を、過去の人類が持っている。ヴィルディアスいわく、その場合には武器制作者の存在が守られ、歴史改変の影響を受けなくなるそうだ。
八束には知る由もなかったが、トリックスターは当初、ヴィルディアスの先祖を消すことで彼の存在を抹消しようとしていた。けれども、それは前述したロジックにより失敗した。
したがって、取り得る方法は二つ。一つは、七つ道具を全て奪還し、ヴィルディアスを歴史改変から守っているロジックを破壊すること。もう一つは、直接対決でヴィルディアスを撃破すること。
しかし、後者のやり方は困難をきわめる。数多くの怪人を生み出してきたヴィルディアスは、自分自身もかなりの戦闘能力を持つ。今回は不意を突けたが、正面切って戦いを挑んだときは、ラゼとメラリカの二人がかりでも敵わなかった。
「ヴィルディアスは、我々と君たちにとって共通の敵のはず。助け合うべきときは助けてあげましょう」
そう言い残して、ラゼたちもワープ装置を起動した。空間の歪みに飛び込み、戦艦内へと帰還する。
「……あたしには、よく分からない」
ややあってかぎ爪を下ろし、玲が呟く。
「ヴィルディアスさんは、本当にあたしたちの敵なのかな。あの人が百パーセントの悪人だとは、どうしても思えない」
「僕にもさっぱりだよ」
剣を鍵のかたちへ戻し、八束が言う。
「でも一つだけ確かなのは、彼が僕たちの味方になるだろうってことだね」
視線の先には、自然公園のベンチに横たわる少年の姿があった。
山下と薫の活躍で、ヴィルディアスの支配から解放された戦士である。
「やれやれ。とんだアクシデントだ」
アジトへ戻り、ヴィルディアスはため息をついた。
同時に幻を纏い、怪人としての外見を覆い隠す。現れたのは、人間だった頃の彼の姿。スーツを着こなした、金髪に栗色の目の青年である。
彼が今降り立ったのは、高級ホテルの一室。広々としたツインルームは掃除が行き届き、ベッドメーキングも完璧である。
トリックスターに見つからないよう、定期的に隠れ家の場所を変えている。ここも一時しのぎに過ぎないが、だからといって快適さを追及しないわけではない。
「おかえりなさいませ」
部屋で待機しており、うやうやしく頭を垂れたのはアリュレイー。ヴィルディアスの腹心であり、治癒能力に長けた怪人だ。
主が怪我をしているのに気づき、アリュレイーが手を差し出す。そこから流れ出た青い粉末が、ヴィルディアスの体に吸い込まれる。みるみるうちに、胸部の傷が治っていった。
交戦結果を伝えられ、水晶のような皮膚をした怪人は顔を曇らせた。
「新田健一郎を失い、雑兵も多数失われたことになりますね。戦力不足は否めません」
「構わないさ」
一方、思うように戦果を上げられなかったにもかかわらず、ヴィルディアスはさほど気落ちしていなかった。
「この時代の世界人口は、八十億を超える。手駒にできる人間は腐るほどいるんだ。また造り直せばいい」
自らの野望に巻き込まれる人々のことは、微塵も考えていないようだった。
彼が覚醒したのは、戦いを終えて間もなくだった。
突然体を起こしたので、一同は驚いた。がっしりした体格の少年は、動くと熊のようにも見えた。
「……あれ? ここは一体どこだ?」
自分が公園のベンチに寝かされていることを、彼は怪訝に思った。身に覚えのない場所だった。
それより、先ほどから自分を取り囲み、興味津々で見つめている若者たちは何なのだ。見たところ、自分と同い年くらいのようだが。
「目が覚めたみたいだね」
頭に若白髪の混じった少年が、こちらを見下ろす。優しそうな印象を受けるけれど、どこか事務的で、確認事項を尋ねようとしているような感じもした。
「俺は、どうしてこんなところにいるんだろう。まるで分からない」
まだ頭にもやがかかったようで、大切なことが思い出せない。思わず不安を口にする。
「……それを説明するには、ちょっと時間がかかるかもしれないな」
すると目の前の少年は、思案げな顔をした。
そのうち野次馬が集まってきたので、場所を移すことにした。
公園付近のファミレスに入り、六人が席に着く。
八束たちはドリンクしか頼まなかったが、彼はよほど空腹だったらしい。ジェルから解放された少年はミックスグリルとライス、フライドポテトを注文した。
「つまり、こういうことだね」
食事をしつつ話を聞き、八束は要点をまとめた。
「君は五月六日から今日まで、約一か月間の記憶を失っている」
「そうだ」
コップに口をつけ、水を豪快に飲み干す。この食べっぷりといい、体格の良さといい、スポーツマンという言葉の似合う男だ。
「変な声がして、妙なハンマーを受け取った辺りから意識がない。俺は今まで何してたんだろうな」
「君に武器を渡した人物――ヴィルディアスに操られていたんだよ」
八束の説明を聞いても、彼はきょとんとしていた。無理もない。何も知らないまま、協力させられていたのだろう。
今度は、八束たちが状況を説明する番だった。
「……何てこった」
自分が置かれている立場を理解すると、男は頭を抱えた。
「それじゃあ俺は、ヴィルディアスって奴の悪事の片棒を担いじまったわけか。どうやらお前らを攻撃したりもしたようだし、いや、本当に申し訳ねえ」
「謝る必要はないよ。君は一時的に自我を失って、操られていただけなんだから」
八束が苦笑する。彼だけでなく、この場にいる全員に、少年を責める気はなかった。
「ところで、自己紹介がまだだったね。僕は八束継介。君は?」
「俺は新田健一郎だ」
ポテトをつまみかけた手を下ろし、新田は姿勢を正して答えた。
「事情は大体分かった。これからは、俺もお前らと一緒に戦いたいと思う。よろしく頼むぜ」




