25 操り人形
「なるほど。そういうことだね」
「……え、今ので何か分かったの?」
訳知り顔で頷いた八束を、玲はやや引き気味に見た。時折、彼は常人離れした洞察力を見せることがある。
「多分、ザシュレの能力は彼女自身の心理状態と関係している。劣等感や優越感を抱けば抱くほど、戦闘能力が跳ね上がっていくんだ」
「あら、勘がいいのね」
刀の切っ先をこちらに向け、少しずつ距離を詰めながら、ザシュレは微笑んだ。日本風の鎧がガシャガシャと揺れる。
「その通りよ。あなたたちに追い詰められたことで、私は劣等感を抱いた。だからこそ今、通常の倍以上のパワーを引き出せている」
「ちょっと、どうするのよ」
かぎ爪を油断なく構え、敵との間合いを保ちつつ、玲は八束に囁いた。
「……正直なところ、かなり厄介な敵だと思う」
返ってきたのは、彼にしては珍しく弱気な意見である。
「追い詰めれば追い詰めるほど、ザシュレはより強くなる。かといって僕たちが劣勢になれば、そのことも彼女を強くしてしまう。倒すためには、劣等感や優越感を抱かせる前にダメージを与えるしかない」
しかし現状、ザシュレは劣等感によって力を増している。
一転し、八束たちは窮地に立たされていた。
「オラオラ、躱せるもんなら躱してみやがれ!」
ノームルが叫び、ガトリング砲から何発もの弾丸が射出される。
例のごとく、山下たちは横方向へ移動し、銃撃を避けたはずだった。けれども、空中で急旋回した弾が、再び彼らの方を向いて飛んでくる。
「何⁉」
山下は床に伏せて躱そうとしたが、それに合わせ、弾丸も高度を下げた。間一髪でくさびを投げつけ、軌道を逸らして難を逃れる。
「きゃっ」
躱し切れず、銃弾が足をかすめる。鈍い痛みに顔をしかめ、薫は膝を突いた。
ノームルの能力は、物体の「集合」と「離散」をコントロールするというもの。彼はガトリング砲の銃弾へ干渉し、自在に軌道を操っていた。
離散とはすなわち、多方向へ拡散して飛んでいく弾。そして集合とは、ある一点に集中してヒットする弾。
今しがたノームルが披露したのは、「集合」能力を使った攻撃。ホーミング機能のごとく、設定したターゲット目がけてどこまでも突進する。
「さっきまでの勢いは、どこへ行っちまったのかなあ?」
小馬鹿にしたように笑い、ノームルが第二射を放つ。
連続で撃ち出されたホーミング弾を前に、山下と薫は苦戦を強いられた。
(そこまでだ)
ザシュレが、ノームルが八束たちを追い詰めていた戦場へ、声が降り注ぐ。
瓦礫の転がった百貨店の売り場に、空間の歪みが生じる。
次の瞬間、そこには金髪の美青年が立っていた。彼の背後には、透き通った水色のボディーをもつ怪人、アリュレイーも付き従っている。
予期せぬ展開に、八束は目を見開いた。
だが、彼らが動くよりも早く、怪人たちは露骨な反応を見せた。
「ヴィルディアス、貴様……」
刀を両手で握り、ザシュレが声を震わせる。
「こいつはラッキーだぜ。七つ道具を拾ったガキどもを探してたら、お尋ね者にも出くわすとはな」
銃口を新たな敵へ向け、ノームルが口笛を吹く。
八束には、トリックスターの内部事情は分からない。けれども今のやり取りで、「ヴィルディアスがトリックスターに追われている」ということは察せられた。
あれから、何があったのだろう。まさかとは思うが、自分たちに七つ道具を渡し、反逆行為を働いたことがエドマに知られたのだろうか。
八束たちには目を向けず、ヴィルディアスは涼しい顔で応じた。
「君たちは確か、メラリカとラゼの部下の精鋭だったね。だが、私を倒せると勘違いするのは、思い上がりも甚だしい」
そして右手を高く掲げ、指を鳴らす。
「君たちでは、私のつくった傀儡にすら太刀打ちできまい」
青年の左右の空間が歪み、両サイドに二つの影が現れる。
二人とも、全身をダークグリーンのジェル状物質に包み、表情は読めない。手にした小型ハンマーとパールが、威圧するような雰囲気を醸し出している。
「やれ」
ヴィルディアスが簡潔に、明確に命じる。
二人の戦士は無言のまま、迅速にそれを実行した。目にも止まらぬ速さで走り、敵の眼前へと迫る。
ハンマーとパールを力任せに叩きつけられ、怪人たちは軽く吹き飛ばされた。防御する暇すらなかった。
「くっ……」
体勢を立て直し、ザシュレは血に濡れた唇を舐めた。さらなる劣等感が、力を底上げしていくのを感じる。
しかし、メラリカからは「ヴィルディアスを発見した場合、深追いはするな」と言われている。ここは一旦退き、作戦を立て直すのが得策だと思われた。
「覚えていなさい。いずれ必ず、貴様の首をいただく」
撤退を決意した両名はワープ装置を起動し、間もなく姿を消した。
「やれやれ、捨て台詞だけは大したものだな」
のんびりした調子で言い、ヴィルディアスが出し抜けに振り向く。
つられて八束も笑顔になりかけたが、はたと思い止まる。助けてもらったからと言って、彼を完全には信用できない。
それでも、一応礼は言っておこうと思った。
「助けてくれてありがとう」
「礼には及ばないさ。君たちをサポートするのが、私の役目だからね」
聞きたいことは山ほどあった。何故トリックスターに狙われているのか、もその一つだが、まずは順番に片付けていくことにする。
「……エドマと僕たちが戦うよう仕組んだのも、サポートの一環なのかな」
「まあね」
ヴィルディアスは平然として答えた。
「悪かったとは思っている。しかし、あれも君たちのためだったんだ。エドマたちの残虐性を理解すれば、三原玲も戦闘意欲を取り戻してくれると思った。それに、一度君たちの実力を見てみたいとも考えていた」
自分の名を呼ばれ、玲がぴくりと身を震わせる。全て彼の計算の内だったのかと思うと、怒りがこみ上げてきそうだった。
「トリックスターの連中に追われているのも、思惑通りだったのかい?」
「……否定はしない」
白い歯を見せて、青年は笑う。詳しい説明をする気はないようだった。
「それから、そこの二人は何者なのかな」
不気味なジェルに身を包んだ若者を指差し、八束は問うた。
よくぞ聞いてくれました、と言いたげに、ヴィルディアスが笑む。
「君たちと同じように、七つ道具に選ばれた戦士だよ。今は私の下で働いてもらっている」
しかし、彼らの容貌は人間離れしていて、とてもじゃないが自分たちと同じ存在だとは思えなかった。
「彼らの体を包んでいるジェル状の物質は、私の開発したものだ。運動能力を高め、睡眠や食事がほとんど必要ない体に作り変えることができる。……自我を失った状態になるのが、玉に瑕だがね」
戦闘を終えた二人の腕はだらりと垂れ下がり、生気を感じさせなかった。
「そこで頼みがあるんだが、君たちにも彼らと同様に戦ってもらいたい。その方が、私にとっても都合がいいんだ」