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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
3 ヴィルディアス編
24/89

23 やきもち

 つまり、こういうことらしい。

 彼ら二人は同じ高校に通っていて、八束が三年生、奈央が二年生。図書室で偶然出会った際に、学校が同じだったことに気がついたのだそうだ。

 言われてみれば、男女で制服のデザインも似通っているような気がしなくもない。


「宮内さんが図書委員の仕事をしてるのが、たまたま目に入ってね。ちょうどいいタイミングだったから、一緒に行こうと思った」

「私も、八束先輩のことすぐに分かりましたよ」


 談笑する二人を見ていると、モヤモヤした気持ちが湧き上がってくる。

 二人で仲良く下校だなんて、まるでカップルのようではないか。



 良いことではないか。お互い読書家で、趣味も合うようだ。


「先輩はどういうジャンルを読んでるんですか?」

「最近は推理小説にはまってるかな。東野圭吾さんとか」

「あー、分かります! 何ていうかすごくリアリティーがあって、世界観が作り込まれてる感じがしますよね」


 キッチンの冷蔵庫から、苺の乗った円形のケーキを取り出す。ケーキを大皿に乗せ、器用に五等分していく。

 以上のような作業を八束が行っている間も、奈央は小皿を取り分けたり、フォークを皆へ渡したりと、さりげなくサポートしていた。

 楽しそうに趣味の話をしながら、である。


(……あれっ?)

 自身の心に気づき、玲は少なからず動揺していた。


(あいつが他の女の子と仲良くしてるだけで、どうしてこんなに不安になるんだろう。あたし、どうしちゃったんだろう?)

 トリックスターが二〇三〇年の地球へ襲来してからというもの、玲は八束と組んで戦ってきた。当初は戦いに消極的だった彼を、無理やり協力させたのを覚えている。


『とにかく! あたしとあんたでコンビを組んで、仲間を探しながら敵を倒す。これで決定だから。戦う力があるのに使わないなんて、あたしは認めない』


 ずっと一緒に戦ってきたからだろうか。八束に対して、いつの間にか、独占欲に似た感情を持つようになったのかもしれない。


(ダメよ、そんなこと考えちゃ。あたしたちは、五人で一つのチームなんだから。皆で仲良くした方がいいに決まってるわ)

 感情を理詰めで押し殺し、玲はぶんぶんと首を振った。

 八束に淡い好意を抱きかけている、なんて可能性は考えなかった。否、考えたくなかった。



 彼女の葛藤はいざ知らず、切り分けられたケーキが皆の元へ運ばれてくる。

 ジュースの注がれた紙コップも人数分行き渡り、満を持して、山下が音頭を取った。


「この前の戦いでは、皆それぞれに大変な思いをしたはずだ。が、ともかく俺と八束の傷は治り、トリックスターの幹部、メラリカの撃退にも成功した。まずは、そのことを祝おうじゃないか」

 おー、と四人の控えめな歓声がそれに続く。


「……そして今日この日を、俺たちの新たなスタートにしたいと思う」

 神妙な顔つきで、山下は頭を下げた。彼にしては珍しい、殊勝な態度だった。


「トリックスターへの怒りを募らせるあまり、俺は無謀にもエドマへ挑もうとしてしまった。その結果、皆には無様な姿を見せた。これからは五人全員で結束し、より心を一つにして戦いたいと思う」


「……山下君、ちょっと成長したね」

 しみじみと薫が呟く。


 以前の彼も、トリックスターを倒すために八束たちへ協力してはいた。けれども、ラゼが明かした真実にショックを受け、戦えなくなった三原を、非情にも切り捨てようとさえした。八束たちのことを、仲間だとは思っていなかった。


 だが、どうやら山下は考えを改めたらしい。独断専行し、エドマに敗北を喫した経験が、彼の中の何かを変えたのだろう。

 八束も、まんざらでもなさそうに頷いている。


「ちょっと、とは何だ。というか、俺の母親みたいなことを言うのはやめろ」

「えへへ、ごめんね」

 恋人同士のじゃれ合いを挟み、山下は再び表情を引き締めた。


「……三原、お前にもずいぶんひどいことを言ってしまったと思う。この通りだ」

 ソファに腰掛けたまま、深く頭を下げる。


 テーブルに額が付きそうなほどの平身低頭な姿勢に、玲はやや戸惑った。いきなり話題を振られたのに驚いてもいた。

「ううん、あたしは全然気にしてないよ。大丈夫」


「そうか」

 過去の非礼を一通り謝罪し終え、山下が顔を上げる。

「……よし、じゃあ乾杯だ」

 刹那、五つのコップが軽く触れ合い、笑顔が溢れた。



 苺ケーキを口に運びつつも、戦士たちは作戦会議をすることを忘れない。

「前回の戦いのとき、ヴィルディアスさんが僕たちを罠にはめた可能性がある。僕らは和平交渉を行うチャンスすら与えられず、ほとんど一方的に攻撃された」


 八束がそう切り出せば、山下も賛同した。

「奴はエドマたちに、『七つ道具の所有者を騙して連れてくる』とでも説明していたんだろう。そうでなければ、あのときの状況は説明できない」


 うんうん、と薫が首を縦に振る。一方、玲は「信じられない」と言いたげに目を見開いていた。

「でも、ヴィルディアスさんはあんたたちを治療してくれたじゃない。行動が矛盾してるわよ」

「僕がおかしいと思ってるのも、そこなんだ」

 ジュースで喉を潤し、八束が言う。


「一体、ヴィルディアスさんの目的は何なんだろう? 彼は僕たちに七つ道具を渡しておきながら、僕たちを罠にはめ、また傷を治そうとした。彼を信用していいのかどうか、僕にはよく分からない」

「本人に聞くことができれば苦労しないんだが、あいにく、いくら呼びかけても応答がなくてな」

 不満そうに口をとがらせ、山下がこぼした。


 今まで、ヴィルディアスからの交信は一方的なものだった。つまり、彼がコンタクトしたいときにだけ声が届き、それ以外ではやり取りできない。八束たちの側から呼びかけるのは難しそうだ。

「とにかく、できるだけ早くヴィルディアスさんと連絡を取って、真意を問いただそう」

 八束は一応そう結論付けたが、あの青年へメッセージが届く保証はどこにもなかった。



「あっ、先輩、クリームがついてますよ」

 話し合いを終え、ケーキを口に運ぶ。そんな中、奈央が不意に声を上げた。


「どこに?」

 きょとんとして、八束が彼女を見つめる。対して、奈央はスカートのポケットからいそいそとティッシュを取り出した。


「右側のほっぺです。拭いてあげますね」

「……ああ、ありがとう」


 穏やかに笑み、奈央がぐいと体を近づける。ティッシュを持つ小さな手が、顔へ近づいてくる。三つ編みにした髪が、ゆらゆらと揺れる。

 甘い香りがして、八束は束の間目を閉じた。

 微かな感触の後に、彼女は体を離した。クリームを拭き取り終えたらしい。


(嘘でしょ)

 目の前で繰り広げられている甘々な光景に、玲は絶句した。

(あの二人、あたしが知らない間にここまで接近してたの⁉)


 確かに、距離が縮まってもおかしくはないだろう。同じ高校に通っていて、読書という共通の趣味があるのならなおさらだ。


 玲は八束と同学年だが、違う高校に通っている。運動部に所属し、国語の授業以外ではあまり本を読まない。したがって、彼と共通する部分は少ない。奈央の方が八束と親しくなれるのも、ある意味では当然なのかもしれない。

 それでも、諦めたくなかった。ずっと側で戦ってきたバディを奪われたようで、心がざわついた。


 突然、玲が席を立つ。八束の左隣に移動し、どかりと腰を下ろした。

 奈央の真似をするように、自身もポケットティッシュを取り出す。そして頬を赤く染め、半ば恥ずかしそうに八束を見やった。

「……馬鹿。クリームくらい、あたしが拭いてあげるわよ」


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