22 謎の兵士と三角関係
「何をもったいぶっているのです」
痺れを切らし、ラゼが金髪の青年へ飛びかかろうとしたときだった。
どこからか現れた、二つの影。一つはラゼの前に、もう一つはメラリカの前に立ちはだかった。
小型ハンマーを手にした人影が、目にも止まらぬ速さで動く。ハンマーは力強く振るわれ、ラゼの腹部へと叩き込まれた。
「くっ……」
不滅の肉体に加え、ラゼは通常よりも弱い痛覚をそなえている。ゆえにダメージは軽微なものだったが、再生には時間を要した。それほど強い攻撃だった。
蔦を生やした悪魔が、よろよろと後ずさる。その横では、もう一つの影も動き出していた。
未知の敵へレイピアの切っ先を向け、メラリカは油断なく構えた。
(トリックスター所属の怪人……ではないわね)
シルエットは人そのもの。ただし、体の表面をダークグリーンの薄い膜が覆っている。膜に包まれているせいで、顔の表情が読み取れない。どことなく不気味な印象を受けた。
緑色の影が、ゆらり、と動く。その手にはパールが握られていた。
素早く振り下ろされた鈍器を、メラリカのレイピアが受け止める。だが、打突を弾き返し、カウンターを食らわせるほどの余裕はなかった。
攻撃モーションはさほど洗練されておらず、ただ力任せに武器を振るっているだけ。それでいて威力やスピードが圧倒的で、荒削りながら殺傷力の高い一撃となっていた。
出し抜けに、敵が後ろへ飛び退いた。そして両手をパールへ添え、念を送る。
次の瞬間、パールがちょうど真ん中の位置で折れ曲がり、ブーメランに酷似した形状となった。腕を引き、勢いをつけて、敵がそれを投擲する。
「何っ⁉」
予期せぬ攻撃を、メラリカは避け切れなかった。ブーメランが肩を直撃し、痛みに呻く。
「……どうです? 実に優秀な兵士でしょう、彼らは」
戦いを遠巻きに見物しながら、ヴィルディアスは愉快そうに手を叩いた。
「君たちトリックスターに対抗できるだけの戦力を、私は既に揃えつつある。しっぽを巻いて逃げ出すのは今のうちですよ」
ジェル状の膜で体を覆った、不気味な兵士たち。
彼らに命じ、ヴィルディアスがメラリカへとどめを刺そうとした瞬間、空間に歪みが生じる。
「……あまり調子に乗らないでもらいましょうか」
傷を完全に修復し、悪魔はよく通る声で言った。
黒い岩のような皮膚をもつ、数名の怪人たちが虚空より降り立ち、ラゼの側へ駆け寄る。彼らは白人男性の腕をつかみ、無理やり連行してきていた。
何故ここに連れて来られたのか、若い男は理解していない様子である。怯えて周囲を見回すが、砂漠には人はおろか、生命の気配がなかった。彼を助けてくれる者は、ここにはいない。
「何の真似です?」
怪訝そうに尋ねたヴィルディアスへ、ラゼは得意げに答えた。
「この男は、君の先祖にあたる人物です。彼を殺せば、君の存在は抹消されます」
あまり使いたくはなかったが、これがヴィルディアスを倒す最も確実な方法だった。
彼を追って出撃する前、ラゼとメラリカは別の作戦を同時進行させていた。すなわち、スーパーコンピューター「ガイア」でヴィルディアスの先祖を探し、配下の怪人に命じて捕獲するというものだ。
「無駄な抵抗はやめて、投降しなさい。君の生殺与奪の権は、今私たちの手の中にある」
黒い皮膚の怪人らが、白人男性を羽交い締めにする。もがき苦しむ男を横目に、ラゼは勧告した。
「やれるものならやってみろ。その程度のことでは、私の存在は消えない」
しかし予想に反し、ヴィルディアスは一切の譲歩をしなかった。それどころか、ラゼたちを挑発しさえしたのだ。
「……だったら、望み通りにしてあげるわ」
鼻を鳴らし、メラリカが手にしていた短刀を投げる。狙いを誤らず、ナイフは男性の胸へ深々と突き刺さった。
たちまち鮮血が溢れ、男が崩れ落ちる。白い砂が赤く染まっていく光景を眺め、メラリカは勝利を確信していた。
「残念だったわね、ヴィルディアス。間もなく、あなたは歴史から消えることになる」
しかし、金髪の美青年はいつまでも薄ら笑いを浮かべ、砂の上に立ち続けていた。彼の側に控える兵士たちにも、変化はない。
「トリックスターが私の先祖を消そうとするのは、想定内でした」
はたして、ヴィルディアスは消滅しなかった。自分の祖先が殺されたのを見ても、顔色一つ変えなかった。
「この私が、歴史改変対策を講じないはずがないでしょう。『盗人の七つ道具』がこの時代の人間の手の中にある限り、その制作者たる私の存在も消えません」
「……そうか。そういうことですか」
はっとして、ラゼが呟いた。白人の死体には目もくれず、部下たちを連れて撤退しようとする。
「一旦退きましょう。このままではらちが明かない」
彼の考えは、メラリカも大体察していた。退却に反対する理由もなかった。
ワープ装置がゲートを生成し、彼らをトリックスターの戦艦内へと送り返す。邪魔者が去る様子を、ヴィルディアスは満足げに見つめていた。
「ヴィルディアスを倒すには、まずは七つ道具を奪還する必要があります」
「そのようね」
ゲートを通り抜け、船内へ戻るやいなや、二人の幹部は小声で話し合った。
「……多分、彼の部下が使っていたのもそれよ。日本攻略のため、今まで以上に戦力を投入する必要があるわ」
トリックスターの内部抗争など、つゆ知らず。
八束と山下の回復、さらにはメラリカ撃退を祝う意味合いで、戦士たちはささやかなパーティーを行おうとしていた。
会場となっている八束家へ向かう、玲の足取りは軽い。
「お邪魔します」
鍵が開いていたので、玄関ドアから中へ入る。既に並べられた二足の靴が、先客を知らせていた。
何とはなしにリビングルームの扉を開けてから、玲は「ノックすべきだった」と激しく後悔することになった。
二名の先客は、山下と薫。彼らはソファに並んで座り、いちゃついている最中だった。
「……ダメだよ、山下君。人が来たらどうするの?」
「構わないさ。見せつけてやればいい」
体をほとんど密着させ、二人の唇が近づく。だが、物音に気づいて体を離した。
「……ご、ごめんなさい」
ドアも口も半開きにしたままだった。玲は顔を赤くし、俯いた。
何だか、初めて彼らに会ったときと同じみたいだった。
さっきのハプニングを忘れようと、山下がわざとらしく咳払いをする。
「それにしても、八束と宮内はまだなのか。もう約束の時間は過ぎているぞ」
「確かに遅いよね」
彼に相槌を打ってから、薫はこちらに照れ笑いを向けてきた。
「玲ちゃんにああいうところを見られるの、これで二度目だね。なんか、恥ずかしいな」
「……ごめん」
今回に関しては、自分の配慮が足りなかった部分もある。反省し、玲はソファに座ったまま深く頭を下げた。
恋人の肩へ手を回して、山下がごく自然に尋ねる。
「三原は、彼氏とかいないのか? ずいぶんナイーブな反応をしていたが」
「いないわよ。いたら苦労しないわ」
顔を上げ、半ばやけになりながら玲は言った。
控えめに言って、彼女は美人の部類に入るだろう。ただ、勝ち気で男勝りな性格が災いし、モテた試しがないだけだ。
恋愛に疎い理由は他にもあるのだが、それは明かせなかった。
「皆、遅くなってごめん」
そこに、八束が急ぎ足で到着する。
「……何で、二人一緒なの?」
玲は当然の疑問を呈した。
八束に連れ添うようにして、奈央もリビングに足を踏み入れている。心なしか、その表情には照れが入っているように見える。
「途中で会ったんです」
にっこり微笑んだ彼女を見て、玲は何故か胸騒ぎがした。
ヴィルディアスがトリックスターに反旗を翻す一方、八束たちはエドマの追跡を振り切り、しばしの休息を楽しんでいます。
このように場面ごとに緩急をつける展開は、今後も何か所か書く予定です。上昇していたジェットコースターが降下を始めるような、落差を楽しんでいただければと思います。
次回以降、玲の女の子らしいところが前面に出てきます。お楽しみに。