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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
3 ヴィルディアス編
23/89

22 謎の兵士と三角関係

「何をもったいぶっているのです」

 痺れを切らし、ラゼが金髪の青年へ飛びかかろうとしたときだった。


 どこからか現れた、二つの影。一つはラゼの前に、もう一つはメラリカの前に立ちはだかった。

 小型ハンマーを手にした人影が、目にも止まらぬ速さで動く。ハンマーは力強く振るわれ、ラゼの腹部へと叩き込まれた。


「くっ……」

 不滅の肉体に加え、ラゼは通常よりも弱い痛覚をそなえている。ゆえにダメージは軽微なものだったが、再生には時間を要した。それほど強い攻撃だった。

 蔦を生やした悪魔が、よろよろと後ずさる。その横では、もう一つの影も動き出していた。



 未知の敵へレイピアの切っ先を向け、メラリカは油断なく構えた。

(トリックスター所属の怪人……ではないわね)

 シルエットは人そのもの。ただし、体の表面をダークグリーンの薄い膜が覆っている。膜に包まれているせいで、顔の表情が読み取れない。どことなく不気味な印象を受けた。


 緑色の影が、ゆらり、と動く。その手にはパールが握られていた。

 素早く振り下ろされた鈍器を、メラリカのレイピアが受け止める。だが、打突を弾き返し、カウンターを食らわせるほどの余裕はなかった。


 攻撃モーションはさほど洗練されておらず、ただ力任せに武器を振るっているだけ。それでいて威力やスピードが圧倒的で、荒削りながら殺傷力の高い一撃となっていた。

 出し抜けに、敵が後ろへ飛び退いた。そして両手をパールへ添え、念を送る。


 次の瞬間、パールがちょうど真ん中の位置で折れ曲がり、ブーメランに酷似した形状となった。腕を引き、勢いをつけて、敵がそれを投擲する。

「何っ⁉」

 予期せぬ攻撃を、メラリカは避け切れなかった。ブーメランが肩を直撃し、痛みに呻く。


「……どうです? 実に優秀な兵士でしょう、彼らは」

 戦いを遠巻きに見物しながら、ヴィルディアスは愉快そうに手を叩いた。

「君たちトリックスターに対抗できるだけの戦力を、私は既に揃えつつある。しっぽを巻いて逃げ出すのは今のうちですよ」


 ジェル状の膜で体を覆った、不気味な兵士たち。

 彼らに命じ、ヴィルディアスがメラリカへとどめを刺そうとした瞬間、空間に歪みが生じる。

「……あまり調子に乗らないでもらいましょうか」

 傷を完全に修復し、悪魔はよく通る声で言った。



 黒い岩のような皮膚をもつ、数名の怪人たちが虚空より降り立ち、ラゼの側へ駆け寄る。彼らは白人男性の腕をつかみ、無理やり連行してきていた。

 何故ここに連れて来られたのか、若い男は理解していない様子である。怯えて周囲を見回すが、砂漠には人はおろか、生命の気配がなかった。彼を助けてくれる者は、ここにはいない。


「何の真似です?」 

 怪訝そうに尋ねたヴィルディアスへ、ラゼは得意げに答えた。

「この男は、君の先祖にあたる人物です。彼を殺せば、君の存在は抹消されます」


 あまり使いたくはなかったが、これがヴィルディアスを倒す最も確実な方法だった。

 彼を追って出撃する前、ラゼとメラリカは別の作戦を同時進行させていた。すなわち、スーパーコンピューター「ガイア」でヴィルディアスの先祖を探し、配下の怪人に命じて捕獲するというものだ。


「無駄な抵抗はやめて、投降しなさい。君の生殺与奪の権は、今私たちの手の中にある」

 黒い皮膚の怪人らが、白人男性を羽交い締めにする。もがき苦しむ男を横目に、ラゼは勧告した。


「やれるものならやってみろ。その程度のことでは、私の存在は消えない」

 しかし予想に反し、ヴィルディアスは一切の譲歩をしなかった。それどころか、ラゼたちを挑発しさえしたのだ。


「……だったら、望み通りにしてあげるわ」

 鼻を鳴らし、メラリカが手にしていた短刀を投げる。狙いを誤らず、ナイフは男性の胸へ深々と突き刺さった。


 たちまち鮮血が溢れ、男が崩れ落ちる。白い砂が赤く染まっていく光景を眺め、メラリカは勝利を確信していた。

「残念だったわね、ヴィルディアス。間もなく、あなたは歴史から消えることになる」



 しかし、金髪の美青年はいつまでも薄ら笑いを浮かべ、砂の上に立ち続けていた。彼の側に控える兵士たちにも、変化はない。


「トリックスターが私の先祖を消そうとするのは、想定内でした」


 はたして、ヴィルディアスは消滅しなかった。自分の祖先が殺されたのを見ても、顔色一つ変えなかった。


「この私が、歴史改変対策を講じないはずがないでしょう。『盗人の七つ道具』がこの時代の人間の手の中にある限り、その制作者たる私の存在も消えません」



「……そうか。そういうことですか」

 はっとして、ラゼが呟いた。白人の死体には目もくれず、部下たちを連れて撤退しようとする。

「一旦退きましょう。このままではらちが明かない」


 彼の考えは、メラリカも大体察していた。退却に反対する理由もなかった。

 ワープ装置がゲートを生成し、彼らをトリックスターの戦艦内へと送り返す。邪魔者が去る様子を、ヴィルディアスは満足げに見つめていた。


「ヴィルディアスを倒すには、まずは七つ道具を奪還する必要があります」

「そのようね」

 ゲートを通り抜け、船内へ戻るやいなや、二人の幹部は小声で話し合った。

「……多分、彼の部下が使っていたのもそれよ。日本攻略のため、今まで以上に戦力を投入する必要があるわ」



 トリックスターの内部抗争など、つゆ知らず。

 八束と山下の回復、さらにはメラリカ撃退を祝う意味合いで、戦士たちはささやかなパーティーを行おうとしていた。


 会場となっている八束家へ向かう、玲の足取りは軽い。


「お邪魔します」

 鍵が開いていたので、玄関ドアから中へ入る。既に並べられた二足の靴が、先客を知らせていた。


 何とはなしにリビングルームの扉を開けてから、玲は「ノックすべきだった」と激しく後悔することになった。

 二名の先客は、山下と薫。彼らはソファに並んで座り、いちゃついている最中だった。


「……ダメだよ、山下君。人が来たらどうするの?」

「構わないさ。見せつけてやればいい」


 体をほとんど密着させ、二人の唇が近づく。だが、物音に気づいて体を離した。


「……ご、ごめんなさい」

 ドアも口も半開きにしたままだった。玲は顔を赤くし、俯いた。

 何だか、初めて彼らに会ったときと同じみたいだった。


 さっきのハプニングを忘れようと、山下がわざとらしく咳払いをする。

「それにしても、八束と宮内はまだなのか。もう約束の時間は過ぎているぞ」

「確かに遅いよね」


 彼に相槌を打ってから、薫はこちらに照れ笑いを向けてきた。

「玲ちゃんにああいうところを見られるの、これで二度目だね。なんか、恥ずかしいな」

「……ごめん」

 今回に関しては、自分の配慮が足りなかった部分もある。反省し、玲はソファに座ったまま深く頭を下げた。


 恋人の肩へ手を回して、山下がごく自然に尋ねる。

「三原は、彼氏とかいないのか? ずいぶんナイーブな反応をしていたが」

「いないわよ。いたら苦労しないわ」


 顔を上げ、半ばやけになりながら玲は言った。

 控えめに言って、彼女は美人の部類に入るだろう。ただ、勝ち気で男勝りな性格が災いし、モテた試しがないだけだ。

 恋愛に疎い理由は他にもあるのだが、それは明かせなかった。


「皆、遅くなってごめん」

 そこに、八束が急ぎ足で到着する。


「……何で、二人一緒なの?」


 玲は当然の疑問を呈した。

 八束に連れ添うようにして、奈央もリビングに足を踏み入れている。心なしか、その表情には照れが入っているように見える。


「途中で会ったんです」

 にっこり微笑んだ彼女を見て、玲は何故か胸騒ぎがした。

ヴィルディアスがトリックスターに反旗を翻す一方、八束たちはエドマの追跡を振り切り、しばしの休息を楽しんでいます。


このように場面ごとに緩急をつける展開は、今後も何か所か書く予定です。上昇していたジェットコースターが降下を始めるような、落差を楽しんでいただければと思います。


次回以降、玲の女の子らしいところが前面に出てきます。お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterから来て、拝読しました。 作風としては、特撮ヒーロー+伝記ジュブナイル(盗人と言うより忍者?)的な印象を受けました。 どちらも好きなジャンルなので、楽しく読み進められました。…
2020/08/24 22:39 退会済み
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