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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
21/89

20 決意を新たに

 オフィスビルの屋上に立ち、女騎士は左手に鞭を構えた。

「……我が名はメラリカ。船団トリックスターの幹部にして、『愛情』と『憎悪』を司る者」


 メラリカが鞭を振り上げ、向かいのビルへと叩きつける。

 ビルの壁面に衝突する瞬間、鞭はその形状を変えた。先端が鋭く尖り、薄く平べったい形となる。

 鞭はみるみるうちに伸び、その長さは十メートルを超えた。にもかかわらず、メラリカは軽々と武装デバイスを扱っている。


 彼女はヴィルディアスと同じく、トリックスターの技術者。開発した武装の扱い方は、自分自身が一番よく分かっている。

 刃と化した鞭が、建物を真っ二つに切り裂く。不運にも室内で仕事をしていた人間たちは、ビルの崩壊に巻き込まれることとなった。


 人間たちの悲鳴を気にも留めず、メラリカは地上へ向け、声を張り上げた。

「さあ、さっさと出てきなさい、七つ道具の使い手たち」

 次のターゲットに決めたビルへ、もう一度鞭を振り上げる。

「悪いけれど、私はあまり辛抱強い方じゃないの。あなたたちが来ないのなら、余計な犠牲が出ちゃうわよ?」

 紅色の甲冑の中で、彼女は楽しそうに笑った。


 破壊されたビルからは、火と煙が立ち昇っている。

 うっすらと白煙に覆われた街を、二つの影が駆け抜けた。

「へえ、案外早いじゃない」

 獲物の姿を認め、メラリカは攻撃の手を止めた。地上へ降り立ち、二人と対峙する。

「……あら。さっきとは顔ぶれが違うわね」

 やや意外そうに呟き、彼女は続けた。

「まあ、いいわ。それで、七つ道具を渡す決心はついたのかしら?」


「ふざけないで。あんたたちなんかに、渡すわけないじゃない」

 メラリカの眼差しを真っ向から受け止め、玲は毅然として言った。その側では、奈央もこくこくと頷いている。

「ということは、戦うつもり?」

 まさかね、とメラリカがおかしそうに笑う。

「ラゼから私たちの正体を聞いても、今まで通りに戦えるかしら。ましてやあなたたち二人だけで、私に勝てるとでも思ってるの?」


「……勝てるかどうかなんて、そんなの関係ないわ。あたしはただ、自分の使命を果たすだけよ」

 両腕に黄金のかぎ爪を装備し、玲が構えた。

 傷を負い、苦しんでいた八束たちの姿が脳裏をよぎる。一切の迷いを捨て去り、彼女は吠えた。

「あたしだって、殺し合いなんか望んでない。だけど、戦うことを迷ってる間に、大切な仲間が傷つくのなら……あたしは戦うことを選ぶ。この手を血で濡らす覚悟をする!」


 隣に立つ仲間を振り返り、玲は言った。

「行くわよ、奈央ちゃん」

「はい!」

 目と目で頷き合い、二人は疾駆した。

 闘志を再燃させた戦士たちは、トリックスターの脅威へ臆せず立ち向かった。


「笑わせないでちょうだい」

 鎧の下で嘲りの表情を浮かべ、メラリカは鞭を振るった。

「小娘ごときに、この私が負けるものですか!」

 高速で放たれた一撃が、真っ直ぐに玲へと迫った。先が鋭く尖った鞭は、伸縮自在の剣として切断力を発揮する。


 はたして、玲は躱さなかった。

 かぎ爪と鞭を軽く触れ合わせ、滑らせるようにして攻撃を防ぐ。未来で造られた特殊合金同士がぶつかり合い、火花を散らせた。

 そのままアスファルトを蹴り飛ばし、玲は一気に彼我の距離を縮めた。

「……調子に乗らないで」

 だが、敵もさるもの引っ搔くもの。メラリカが所持していた武器は、鞭型のデバイスだけではなかった。懐から取り出したナイフを、玲へ向けて突き出す。


 そのとき、奈央が動いた。

 両手で握ったロープを大きく放る。縄は彼女の意志に呼応し、十倍以上に伸びた。

 空中を蛇のようにのたうち、ロープがメラリカの体へ巻きつく。とりわけ手首をきつく縛り上げ、敵の動きを封じた。


「何っ⁉」

 不意を突かれ、メラリカがナイフを取り落とす。その隙を逃さず、玲は左右のかぎ爪を続けざまに振るった。

「……あんたたちに、この星の未来は変えさせない!」

 金属質なボディーを、金色の爪が引き裂く。甲冑から激しいスパークを迸らせ、メラリカは苦痛に呻いた。

「おのれ」

 今や、メラリカは劣勢を意識していた。手首を絞めつけるロープに抗い、彼女が腰のベルトへ手を伸ばす。


 束の間、辺り一帯を黒煙が満たす。

 メラリカが、隠し持っていた煙幕弾を投げたのだ。

「油断したわ。あなたたち、思っていた以上にやるようね」

 玲は油断なく周囲を見回すが、煙に阻まれて敵の姿が見えない。

「……覚えていなさい。この屈辱は、必ず返させてもらう」


 奈央が投げたロープも、いつの間にかほどかれている。それ以後声は聞こえず、どうやらメラリカは撤退したらしかった。

 煙が晴れ、敵がいないことを確認してから、二人はようやく胸を撫で下ろした。


「やりましたね、玲先輩」

 えへへ、と微笑み、奈央がちょっぴり頬を染める。

「私たち、街を守ったんですよ。皆を守れたんですよ」

「うん」

 かぎ爪をケースに収め、鞄にしまう。普通の高校生に戻ってから、玲も無垢な笑顔になった。

「早く帰ろう。皆が待ってる」



「ここは……」

 薄く目を開き、山下がゆっくりと上体を起こす。

 ソファから起き上がった彼に気づき、薫は慌てて駆け寄った。

「山下君、もう大丈夫なの⁉」

「ああ、そうみたいだ」

 エドマと戦い、大怪我を負ったことは覚えている。だが彼は、何故助かったのか理解していない。完全に寝起きのテンションである。

 しかし、薫はそんなことお構いなしだった。山下の腕にすがりつき、目を潤ませる。

「ごめん。私が上手くサポートできていたら、あんなことにはならなかったかもしれないのに」


「……いや、薫は悪くないさ」

 山下は苦笑し、そっと彼女を引き離した。

「悪いのは俺だ。トリックスターへの憎しみに呑まれ、独断専行しようとした。結果的に奴らの仕掛けた罠にはまり、命を落としかけた」

 恋人の頭を軽く撫でてやりながら、彼は険しい顔つきをしていた。

「悔しいが、今のままではトリックスターには勝てない。俺たちはエドマを前に、手も足も出なかった。俺も、変わらなければいけないのかもしれない」



「ただいま」

 玄関から二人の声がしたのとほぼ同タイミングで、八束は目を覚ましていた。

 ソファの上で体を起こし、はて、と首を捻る。どうして自分は生きているのだろうか。エドマと戦い、致命傷を負わされたはずではなかったか。


 リビングルームに踏み込んだ足跡のうち、一つが止まった。かと思えば、ものすごい勢いでこちらへ近づいてきた。

「良かった……!」

 八束の胸へ飛び込み、玲は嗚咽を漏らしていた。戦いを終え、メラリカを撃退し、緊張の糸が切れたようだった。

「あんた、本当に死んじゃったかと思ったんだよ。生きていてくれて、本当に良かった」

「う、うん」

 対して、八束のリアクションは若干引き気味である。

 艶やかなセミロングの髪は美しく、首筋からは甘い香りが漂ってくる。柔らかい体の感触が布越しに伝わる。まだ成長途中ではあるが、玲は十分な女性らしさを備えていた。


 さすがの八束も、少しばかり冷静さを失ったのか。あるいは、異性を前にしてどぎまぎしていたのか。

 真相は定かではないが、彼は結局、玲の肩を掴んで距離を取ることを選んだ。

 思ったよりも肩の肉が柔らかいことに驚く。戦士としての側面を見ることが多いけれども、玲は一人の女性なのだと気づかされる。

「え、何?」

 きょとんとした表情を浮かべる彼女に、八束は困ったように告げた。

「三原さん、近いよ」


 いつだったか、若白髪を抜いてもらったときと酷似したシチュエーションである。

 たちまち玲は真っ赤にあり、八束から体を離した。自分のしたことを改めて振り返り、猛烈な恥ずかしさに襲われたらしい。

「……そ、そういうことは早めに言えって、前にも言ったわよね⁉」

「三原さんが無防備すぎるのも、問題だと思うけどな」

 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を、奈央は遠巻きに眺めていた。顔には「やれやれ」と書いてある。


 何はともあれ、戦士たちは復活した。

 傷を癒し、決意を新たに、七つ道具に選ばれた者らは戦いに身を投じるのであった。



早いもので、もう第20話です。

ここまでついてきて下さった読者の皆様には、感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございます。


今作をいくつかのパートに区切るとしたら、20話までが「トリックスター編」ということになるでしょう。八束たちが七つ道具を手にし、敵と戦う中でその正体を知り、試練を乗り越える物語です。


そして、次回以降はしばらく「ヴィルディアス編」が続くことになると思います。

ヴィルディアスはまだ謎の多いキャラクターで、何を考えているのか、目的は何なのか等はっきりしていません。しかし、それも徐々に明かしていきます。


本性を現した彼の大活躍(?)に、ご期待ください。

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