表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
20/89

19 よみがえる闘志

 テーブルの上の空間が歪み、ヴィルディアスの姿が現れる。

 彼の背後には、水晶のような皮膚をもつ怪人が付き従っていた。透き通った水色のボディーに、赤く小さな目が一対ついている。

「今回の作戦を立案した私にも、責任はあるからね。せめてもの償いだ」



「……逃がしたか」 

 閃光の明るさが薄れ、視力を取り戻す。エドマは室内をくまなく見回したが、八束たちの姿はなかった。

「とはいえ、かなりのダメージを与えたのは確かだ。奴らが完全に回復する前に仕留め、七つ道具を奪還すれば、トリックスターの計画は大きく前進する」


 ヴィルディアスの作戦は、まずまずの成果を収めつつある。そのことに一応は満足し、彼は部下たちを振り返った。

「メラリカ。地上へ下り、あの者たちの息の根を止めてこい」

「……ご命令のままに」

 真紅の鎧を纏った女騎士は、優雅に腰を折った。



 もし、この場にいるのが玲と奈央だけであったなら、彼の言葉を疑いなく受け入れていただろう。

 しかし、薫は違った。涙をぐいと拭い、来訪者へ迫る。

「ヴィルディアスさん。あなたは本当は、トリックスターと組んでいたんじゃないんですか。交渉を決裂させて、私たちを皆殺しにしようと企んだんじゃないんですかっ」


「私が?」

 対して、金髪の美青年は怪訝な顔をする。

「冗談はよしてくれ。確かに私の取り計らいには不備があったかもしれないが、そんなつもりはないよ」

 それより治療だ、と独り言ち、ヴィルディアスは横たわっている二人へ近づいた。


「頼んだよ」

「はっ」

 彼の指示に、配下の怪人がかしこまって頷く。

 透き通った水色の皮膚をもつ彼は、八束と山下の体へ手をかざした。そこから降り注ぐ青い粉末が、二人の肉体へと吸い込まれるように消えていく。


「……我が名はアリュレイー。司るは『成長』と『衰退』。船団トリックスターの一員にして、ヴィルディアス様の配下」


 みるみるうちに傷が塞がり、血が止まっていった。


 薫はまだ釈然としていなかったが、玲と奈央はヴィルディアスを疑ってなどいなかった。むしろ、治療を施してくれたことに感謝さえしていた。

「ありがとうございます!」

 何度もペコペコと頭を下げる奈央。彼女を横目に、玲は何か思い詰めたような顔つきをしていた。


「大したことではないよ」

 にこやかに笑い、ヴィルディアスが言う。その側では、配下がせっせと治療を続けている。

「私の腹心、アリュレイーは治癒能力に特化していてね。時間はかかるかもしれないが、彼らは必ず回復するだろう。……ただ、懸念材料がなくなったわけではない。彼らが傷を癒す前に仕留めようと、トリックスターは新たな刺客を送り込んでくるはずだ」


 ふと笑みを消し、表情を陰がよぎる。

「残念ながら、私たちは治療を終えたらすぐに戻らなければならない。あまり長居しすぎると、エドマたちに背信行為を見抜かれかねないからね」

 要するに、「後のことは君たちに任せたよ」ということか。


 立場上、ヴィルディアスが自分たちを常にサポートするわけにいかないことは理解できる。彼はいわば、この時代の人類に味方した裏切り者であり、スパイなのだから。

 それは分かるのだが、彼の言葉にはもやもやとした曖昧さが含まれている。



 やがてアリュレイーが治療を終え、ヴィルディアスは彼を伴って帰還した。

(……そういえば)

 気になることがあって、薫は二人の消えた虚空を見つめた。 


 あのとき、彼女はトリックスターの船内で小型ワープ装置を発見した。ほとんど直感で操作し、八束家へ戻ってくることができた。

 けれども、よく考えると不自然な点がある。ワープ装置の移動先の座標は、最初からこの場所に指定されていた。だからこそ、薫が難しい操作をしなくてもワープできたのだ。

 何故、あらかじめ座標が定められていたのか。その答えは一つしかない。


(私たちを連れて来るときに使った装置を、ヴィルディアスさんは通路へ置きっぱなしにしていた?)

 几帳面そうな彼が、うっかりワープ装置を忘れたとは考えにくい。おそらく、ヴィルディアスは意図的に装置を残し、万が一のときに薫たちが脱出できるようにしたのだ。


 しかし、仮にそうだとすると、ますますヴィルディアスの目的が分からなくなる。

 彼が自分たちを殺すつもりで全てを仕組んだとするなら、脱出経路を確保した意味がない。もし本当に和平交渉を行わせたかったのなら、あまりにも準備不足だ。

 思考の迷路に陥りかけた薫を、奈央の声が現実に引き戻した。

「皆さん、大変です。街でトリックスターが暴れているみたいです!」



 彼女が見せているスマートフォンの画面には、ニュース速報が流れていた。

 つい数分前、都心にトリックスターの怪人が現れ、破壊活動を行っているという。


 相次ぐ襲撃に対応すべく、政府はしばらく前から緊急事態宣言を発令。国民へ外出を控えるよう呼びかけ、またトリックスターが標的としている東京都心からなるべく離れるよう勧告している。

 その成果か、街に通行人はまばらで、今のところ死傷者は出ていないとのことだった。現在は警察機動隊が応戦しているらしいが、せいぜい時間稼ぎにしかならないだろう。

 やはり、自分たちが戦うしかないのだ。



「うん、分かった。行こう」

 ヴィルディアスへの疑惑はひとまず保留し、薫は頷いた。さっそく歩き出そうとした彼女の肩を、玲が掴む。

「……待って。トリックスターには、あたしと奈央ちゃんで対処するわ」

「へっ?」


 戦意を喪失し、打ちのめされていたのではなかったのか。

 いつの間にか、玲の瞳の奥には熱い闘志が復活していた。



「薫ちゃんはここに残って、二人の看病をしてほしい。傷は塞がったけど、まだ油断できない状況だと思うから」

 真剣な眼差しで見つめられると、断れなかった。

 玲に考えがあるのだろう、ということは推測できる。そして薫は、仲間を信じることを躊躇しなかった。


「……分かった。気をつけて行ってきてね」

「もちろんよ」

 玲の勝気そうな微笑みを見るのは、何だか久しぶりな気がする。彼女は奈央の手を引っ張って、八束家の玄関へ急いだ。


「……って、あれ? 私も行くことになったんですね」

 三つ編みにした髪を揺らし、奈央は困ったように笑った。



 八束と山下は倒れ、傷が癒えるのを待っている。男たちが戦えなくとも、彼女らは使命を果たす。

 早足で道を進む玲は、再び戦士の顔になっていた。

八束は玲のためを思い、玲は八束のためを思って戦う。そういう構図をやりたくて、このようなストーリーにしました。


前回、圧倒的な力を誇るエドマに、八束たちは大苦戦を強いられました。


ですが、辛い展開もそろそろ終わりです。

次回、復活を遂げた玲の活躍に注目していただければと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ