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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
19/89

18 絶体絶命

 山下が右手を振るう。四本のくさびが、エドマへと勢いよく投擲される。

 対して、エドマは片腕を前へ突き出した。くさびを手のひらで受け止め、ぐしゃりと握り潰す。

 細かな破片となって、円錐形だったそれは呆気なく砕かれた。


「……我が名はエドマ。司るは、『破壊』と『創造』。栄光ある船団トリックスターの指揮官である」


 静かに名乗る声には威厳があり、彼の前に立つ者を圧倒する。

 武器を破壊され、山下が怯んだ素振りを見せる。隙を逃さず、エドマは床を蹴り飛ばして間合いを詰めた。

 目にも止まらぬ速さで動き、気づいたときには山下の眼前まで迫っている。


「その程度の力で俺に挑むなど、愚かな奴よ」

 憐れむような囁きが聞こえた。


 次の瞬間、エドマの繰り出したストレートパンチが、山下の胸部を捉えた。炎を纏った拳の一撃が、敵を焼き焦がし、骨と内臓を叩き潰す。

 山下の体が大きく吹き飛ばされ、宙を舞う。船内の壁へ背中を打ちつけ、彼は力なく倒れた。



「……山下君!」

 薫の悲痛な叫びが、謁見の間に響き渡った。

 目を閉じ、意識を失っている彼に駆け寄り、その体を何度も揺する。だが、山下は目を覚まさなかった。

 胸部の肉が醜く抉られ、出血もひどい。すぐにでも手当てをしなければ、命に関わるだろう。


「ほう。意外としぶといようだな」

 まだ息があることに驚いたように、エドマが呟く。

「七つ道具には身体能力拡張の効果もあると聞いていたが、これほどのものだとは」


 山下の使っていたくさびは、破片が寄り集まるかたちで自動的に修復されていた。しかし、武器が彼の手元へ戻ってもなお、肉体の修復は進んでいない。

 受けたダメージが大きすぎて、七つ道具の力をもってしても回復が追いつかないのだ。



「なかなか死ねないというのは辛かろう。すぐに楽にしてやる」

 残忍な笑みを浮かべ、エドマが二人へ向かって歩み出す。

 手鏡からレーザー光を発射し、薫は必死に応戦している。けれども、エドマはそれら全てを軽く弾いてしまった。腕の一振りで、光の束を薙ぎ払う。


 エドマの能力は至ってシンプルである。

 すなわち、他を圧倒する絶大な力。

 薫の抵抗も虚しく、エドマは再び山下へ近づこうとしていた。



「……させるか!」

 そこへ、八束が背後から斬りかかる。シルバーの剣は、確かにエドマの背に斬りつけていた。

 だが、刃は皮膚を浅く抉ることしかできない。一筋の血が流れただけだ。彼の肉体は、想像よりはるかに頑強だった。


「邪魔だ」

 眉根を寄せ、エドマが素早く振り返る。回避する暇を与えず、彼は回し蹴りを放った。

 烈火に包まれた足が、八束の腹部へと突き刺すようにクリーンヒットする。衝撃で、八束の体は十メートルほども床を滑った。


(まだだ。こんなところで負けるわけにはいかない)

 力を振り絞り、八束が立ち上がろうとする。けれども、ふらついて上手く体が動かない。


 何か温かいものが手に付着した。視線を下に落とすと、自分の吐いた鮮血であると分かった。

 キックを受けた腹部は血にまみれ、内臓にも傷を負っている。唇からは絶えず血が溢れる。七つ道具を持たない普通の人間であったなら、即死だっただろう。


 かろうじて一命は取り留めたが、肉体の再生が間に合わない。

 間もなく、八束の意識は遠のいた。



 八束までもが倒れたことによって、薫は絶望の底へ落とされていた。

 トリックスターの指導者、エドマの力は圧倒的だった。自分たちは奮闘したにもかかわらず、手も足も出なかった。

 もはや、彼を倒すのは不可能に近い。


「……わああああっ!」

 恋人と仲間を死の淵へ追い込まれた悲しみ、悔しさ、無力感。それらが自らを打ちのめす。

 目を涙に潤ませ、薫は慟哭した。それから、無我夢中で鏡を前へ突き出した。


 刹那、放たれた閃光が船内を眩しく照らし出す。視界を封じられ、エドマが呻いた。

 目くらましで時間を稼いだ、今が唯一のチャンスだった。薫は山下と八束へ肩を貸し、体を支え、謁見の間から脱出した。

 体格の良い男子二人を支えるのは、小柄な彼女にとってかなりの負担だった。何度か転びそうになりながらも、薫は来たときと同じ通路を必死に戻っていった。


 ふと、通路の先に、小さな立方体の装置が落ちているのが目に入る。

(もしかして、あれは……ヴィルディアスさんが使っていた、小型のワープ装置?)

 その可能性に賭けるしかない。二人に肩を貸したまま、薫は可能な限り速く走った。



 時刻は十二時半を回ろうとしていた。

 玲と並んでソファに腰掛け、奈央がふああ、とあくびをする。ただひたすら待つというのも、退屈で辛いものだ。


「和平交渉、上手くいってるといいですね」

「そうね」

 静けさを埋めるべく、話題を振る。しかし、玲の答えは素っ気なかった。心ここにあらず、といった風だった。



 突然、リビング中央にあるテーブルの上に、三人の姿が現れた。

「わわっ」

 慣れないワープだったせいか、薫が着地に失敗する。足元がふらついた拍子に、支えていた二人から手が離れる。

 三人はそれぞれ別々の方向へ倒れ込み、奈央は呆気にとられるばかりだった。


「か、薫先輩⁉ ええと、一体何があったんですか?」

 ソファへ頭から突っ込んでしまった薫を助け起こし、奈央は尋ねた。



 顔を上げるやいなや、薫はわっと泣き出してしまった。

「……ごめんなさい。私たち、何もできなかった」

「え?」

 奈央はまだきょとんとしている。けれども、何とはなしに八束らへ目を向けた瞬間、彼女は青ざめることとなった。二人とも深い傷を負っていて、出血がひどい。


「七つ道具の治癒力を使っても、怪我が治らないの。もう助からないかもしれない」

 涙ぐんだ薫の声が、どこか遠くから聞こえた。


 がたり、と音がして、奈央が振り返る。

 ソファから立ち上がった玲は今、八束の側へ膝を突いていた。


「……嘘でしょ? ねえ、ちょっとあんた、しっかりしなさいよ。ねえってば」

 だが、返事はない。時折苦しそうに咳き込み、口から血が溢れるだけだ。


 目を見開き、彼女は愕然としていた。涙が頬を伝い、床へ零れ落ちた。

「あたしのせいだ。あたしが戦うことを迷ったりしていなければ、和平交渉をしようなんて話になることもなかったのに」



 玲は理解していたのだ。八束が、自分のためを思って和平を提案してくれたことを。それゆえ、彼女は罪悪感に襲われていた。

「玲先輩のせいじゃないですよ」

 気休めにしかならないと知りながらも、奈央は精一杯彼女を慰めようとした。


「……薫先輩も、まだ諦めるのは早いです。すぐ病院へ搬送すれば、助かる可能性だって十分あります」

 仲間たちを元気づけ、奈央が携帯電話を取り出した。だが、救急車を呼ぼうと番号をプッシュしかけたとき、またしても声が聞こえたのだった。



(治療は私たちに任せてくれないか)

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