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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
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17 トリックスターの王

 多分、彼は八束らとエドマたちに、それぞれ違った説明をしていたのだろう。

 八束には、「和平交渉を行うためにトリックスターの戦艦内へ来てほしい」と連絡した。一方エドマには、「反乱分子を騙し、誘い出すことに成功しました」とでも伝えたのだ。


(……いや、待てよ。それだと辻褄が合わない)

 巡らせかけていた推測を中断し、八束は違和感の正体に気づいた。


(ヴィルディアスは僕たちに力を与え、トリックスターを倒したいんじゃなかったのか? 僕たちを追い詰めるような真似をしても、彼にはメリットがない)


 彼の言葉が全て真実だったと仮定すると、ヴィルディアスの行動には謎がつきまとう。

 あくまでトリックスターを潰すのが目的なら、貴重な戦力をエドマへ差し出したことと矛盾する。かといって、真の目的がトリックスターの侵攻へ貢献することなら、そもそも八束たちに武器を渡す必要がなかった。


 ヴィルディアスが何を考えて、今回のことを仕組んだのか。八束には皆目分からなかった。

 ただ一つだけ確かなのは、自分たちが相当まずい状況に置かれているということだ。



「ヴィルディアスに何を吹き込まれたのかは知りませんが、君たちも馬鹿ですねえ。飛んで火にいる夏の虫です」

 罠にかかった獲物をせせら笑い、ラゼが前に出ようとした。しかし、エドマが手でそれを制する。


「構わん。俺が片付けよう」

 ゆっくりと、玉座から立ち上がる。刹那、エドマの全身を赤い炎が包んだ。


 皮膚に耐熱性があるらしく、彼自身は熱さを感じていない。筋骨隆々とした体躯が高温を宿し、溶岩のごとく輝いた。

「……これが最後の警告だ。『盗人の七つ道具』を渡せ。さもなければ、お前たちの命はない」



「話を聞いてくれ。僕たちは戦いに来たわけじゃない。トリックスターと和平を結びに来たんだ」

「愚かな」


 八束の必死の説得もむなしく、エドマは聞く耳を持たなかった。


「お前たちは、我々の見た地獄を知らない。人はおろか、他の動植物も大多数が死滅した未来を見たことがない。だから、そんな夢物語を描くことができるのだ」


 彼は今や、鬼のような形相だった。呪われた過去に思いを馳せ、悲壮な決意を固めていた。


「あの呪われた未来を変えるためには、二〇三〇年の地球へ干渉し、歴史の方向性を大幅に修正しなければならない。文明社会を一旦灰燼(かいじん)に帰し、新たな世界を創らなければならない。それが、我々の誇るスーパーコンピューター、『ガイア』の出した結論なのだ」 


「……よせ、八束。そんな奴とは、話をするだけ時間の無駄だ」

 苛立ったように山下が言う。彼の手の中には、既に四本のくさびが収まっていた。

「理由はどうあれ、こいつらは今の人類を駆逐するためにやって来た。俺たちの倒すべき敵だ」


 くさびをエドマへ投げつけようとした山下の腕に、薫が涙目ですがりつく。

「待って、山下君。ここで戦いになったら、トリックスターの思うつぼだよ」

「うるさい。邪魔をするなっ」

 乱暴に腕が振り払られる。「あっ」とか細い悲鳴を上げて、薫は転倒した。


 何て奴だ、と思った。それが本当に、恋人に対する態度なのか。

 彼女を助け起こし、八束はとがめるように山下を見た。


「七つ道具を渡したくない気持ちは、分からなくもないよ。けど、別に五人全員が武器を持っている必要はない。僕たち三人が七つ道具を手放しても、三原さんと宮内さんが残ってる。彼女たちがいる限り、トリックスターは歴史を改変できない。戦わず、投降する選択肢もあるはずだ」


「……八束。お前みたいな、周りに無関心そうなタイプには分からないかもしれないがな」

 束の間、山下が目を伏せる。彼の声は、静かな怒りに震えていた。

「今まで、トリックスターがどれだけ多くの人を殺してきたと思ってる? 奴らのせいで平和な生活を奪われ、未来を断たれた人々が世界中にいるんだぞ」


 周りに無関心そうなタイプ。

 山下の指摘は、決して的外れではなかった。


 七つ道具を手にする以前、ミッドウェー諸島にあるアメリカ軍基地が壊滅した、というニュースを見たことがある。現代の科学技術では、このような破壊方法は不可能だと報じられていた。


 けれども、八束はそれを「くだらない」と思った。そして、テレビを消した。

 あのときの自分にとっては、アメリカの軍基地がどうなろうが、どうでもよかった。世界が滅んだとしても、自分には関係のないことだと思っていた。

 

 戦いを経て、八束は少しずつ周囲に心を開いていった。


 別に、「世界を悪の手から救いたい」とか、立派な理想を掲げているわけではない。ただ、目の前で人の命が奪われていくのが嫌だった。見過ごせば、きっと後悔すると思った。


 ともに戦う仲間のために、ときに感情的になったり。柄にもなく、ジョークを飛ばしてみたり。こういうことは、彼の人生の中で初めての経験だった。あのとき玲と出会ってから、八束は変わった。


 だが、元々彼よりも社交的で、周囲への関心が強い人間もたくさんいる。山下もその一人だ。

 おそらく山下は、八束よりもずっと鋭敏に感じ取ってきたのだろう。トリックスターの引き起こした悲劇と、それに巻き込まれた人々のことを。


「……未来を変えるという大義名分のもとに、お前たちはこの世界を好き勝手に蹂躙してきた。お前たちは悪魔だ。いや、人類の敵だ」

 顔を上げ、山下がエドマを睨む。

「トリックスター、俺はお前たちを絶対に許さない。これが罠だというのなら、正面から迎え撃ってやる!」


 強い憎しみに突き動かされた山下は、もう誰にも止められない。

 勝算が低いことは分かっている。ラゼ一人にもあれほど苦戦したのに、トリックスターの幹部三人を相手に、どこまで持ちこたえられるだろうか。


 けれども八束は、仲間の闘志に胸を打たれた。そして、それは薫も同じだった。


「ちょっと不本意だけど、一緒に戦うことにするよ。君を置いて逃げたりしたら、三原さんに怒られそうだからね」

「私も戦う。山下君だけに戦わせない」

「お前ら……」


 八束が鍵束を掴み出し、シルバーに輝く剣へと変形させる。草花の紋様が描かれた手鏡を取り出し、薫が身構える。

 険しかった表情をふと緩め、山下が振り向いた。


「八束、お前はいつもそうだ。どこまでが本気で、どこから冗談で言ってるのか読めない」

「ご想像にお任せするよ」

 苦笑する彼に、八束は飄々と返した。



 三人の戦士が、それぞれの武器を構える。彼らに投降の意志がないことを確認し、エドマは深くため息をついた。

「……仕方あるまい」

 そして、炎に包まれた握り拳を固めた。

「その決断、悔いることがないようにせよ」


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