15 彼の名はヴィルディアス
はっとして、八束はズボンのポケットを探った。取り出した鍵束が明るく光っている。
(トリックスターは上空三千メートルに浮かぶ巨大戦艦に乗り、そこからワープ装置を用いて怪人を地上へ送り込んでいる)
一同は驚き、聞き覚えのある声に耳を傾けた。
「やあ、久しぶりだね。情報提供ありがとう」
リビングルームに響き渡る声に向かって、八束は語りかけた。
しかし彼は今や、戦いに身を投じたばかりの、何も知らない八束継介ではない。トリックスターとの激闘を通して、断片的な手がかりを集めてきた。
「ついでに、もう少し教えてほしいことがあるんだけど」
(何かな?)
その声は、友好的な響きを伴っていた。
「グリラは以前、僕たちの使う武器が元々彼らのものだったと言っていた。内部情報を知っているみたいだし、やっぱり君はトリックスターの構成員なんじゃないかな」
違うかな、と八束が首を傾げる。
数秒の間の後、声は応答した。
(……お見通しというわけか。どうやら、全てを話すときがきたようだね)
(私はトリックスターの技術者、ヴィルディアス。私が君たちに力を託したのは、我々の王、エドマの計画を止めるためだ)
エドマという名前を、八束は一度だけ耳にしたことがある。最初に戦った敵、ソリューが彼の名を口にしていた。
(環境汚染の深刻化した未来を変えるため、エドマは二〇三〇年の地球を制圧しようとしている。私は彼を止めると決意したが、自分一人では敵わないことは明白だった。そこで、自分の開発した武装を君たちへ託し、この星の未来に賭けることにしたのだ)
「……おい、ちょっと待てよ」
声を遮って、山下が抗議する。
「ということは、トリックスターの連中が未来人だってことを、お前は最初から知っていたんだな。何でそんな重要なことを、俺たちに隠していたんだ」
(勘違いしないでもらいたいが、別に隠そうとしたわけではない)
ヴィルディアスと名乗った若い男の声には、弁解するようなニュアンスが含まれていなかった。
(ただ、初めて戦いに臨む君たちに情報を与えすぎて、混乱させてしまうような事態を避けたかっただけだ。トリックスターの正体については、戦いの中でおのずと理解するだろうと考えていた)
話しぶりから察するに、ヴィルディアスは、八束たちが直面している状況を概ね把握している。トリックスターの構成員から聞き出したのか、それとも七つ道具を通してこちらを監視していたのか。八束には、詳しいことは分からない。
(結果的に君たちへショックを与えてしまったことについては、本当に申し訳なく思っている。しかし、君たちはこの時代の人類にとって、いわば最後の砦なんだ。不用意に刺激を与えるのははばかられた)
「……最後の砦?」
オウム返しに、八束が尋ねる。
「確かに、僕たちの使う七つ道具はトリックスターに対して有効だ。通常の武器よりも、はるかに大きなダメージを与えられると思う。でも、それはちょっと誇張しすぎなんじゃないかな」
(決して誇張ではない)
対して、ヴィルディアスは断固として言った。
それから、ラゼを中心とする研究チームが構築したというタイムワープ・システム、及びその理論について、彼はごく簡単な説明を行った。
(……つまり、こういうことだ。「未来人」である私が作った武器を、「過去の人類」である君たちが所持している。その事実こそが、トリックスターの歴史改変に対して一定の抵抗力を示すのさ)
ヴィルディアスがもたらした未来のテクノロジーが、二〇三〇年現在に存在している。そのことは、彼らがいる未来の可能性を維持する役割を果たす。
もちろん、トリックスターがこの時代で暴れ、自分たちの先祖を誤って殺害した場合、存在自体が消滅する者も出るだろう。だが、ここで重要なのは、歴史の「大まかな方向性」が保たれるということだ。すなわち地球環境が荒廃し、ヴィルディアスが体験したような未来がやがて訪れる。細かな違いはあっても、この星の未来が向かう先は変わらないということらしい。
「……なるほど」
それまで黙っていた奈央が、ぽんと手を叩いた。時折考える素振りを見せつつも、ヴィルディアスの話を自分の言葉で言い換えていく。
「私たちがヴィルディアスさんの発明品を持っている限り、トリックスターは歴史の大きな流れを変えることはできない。だから私を含めて、七つ道具を持っている人たちが狙われたんですね」
タイムパラドックスの絡む複雑な理論は、八束も聞いていて頭が痛くなりそうだった。
奈央は理解力が高い方だと思う。引っ込み思案な印象があったが、意外としっかりしているタイプなのかもしれない。
(ここ最近、トリックスターが日本を集中攻撃しているのもそのためだ。彼らがいくら諸外国を侵攻しようとも、君たちが七つ道具を持っているうちは歴史を変えられない)
「分かっていることを整理しよう」
八束は腕組みをした。
「ヴィルディアスさん。あなたはトリックスター内部で技術者として働きながら、裏では僕たちに手を貸し、エドマの目的を阻止しようとしている。間違いないかな」
(ああ、その通りだ)
「そして僕たちは、『盗人の七つ道具』を持っていることにより、トリックスターの歴史改変に抵抗できる。やり方次第では、彼らに対して優位に立てるかもしれない」
光を放つ鍵束を見つめ、彼は真剣な表情で続けた。
「……さっき、僕たちが話していたことも聞いていたんだろう? トリックスターと和平交渉を行うために、君の力を貸してほしい」
(いいだろう)
ヴィルディアスはあっさりと承諾した。
(トリックスターが怪人を送り込むために使うワープ装置の簡易版を、私も所持している。それを使って君たちをトリックスターの戦艦内へ送り、幹部との話し合いの場を設けよう。私が事前に根回しをしておく)
「……エドマって奴に、地上へ下りてきてもらうわけにはいかないのか? お前を信用していないわけじゃないが、敵のアジトに乗り込んで、袋の鼠になるのはごめんだぜ」
怪訝そうな顔で、山下が口を挟む。声はそれを否定した。
(私の権限では、彼らを戦艦の外へ引っ張り出すことはできない)
地上で話し合いができれば移動も楽なのだが、リスクも伴う。万が一交渉が決裂し、戦いになった場合、罪のない人々が巻き込まれる恐れがある。
諸々の条件を天秤にかけた結果、山下はヴィルディアスのアイデアを拒絶しなかった。
(ワープ装置のタイマーを、明日の正午に設定した。時間になれば、君たちが今いる場所にゲートが開く。それを通り抜けて、こちらへ来てほしい)
ゲートを抜けた先では、ヴィルディアスが待機している。彼の先導で船の中を進み、エドマたち三人の幹部の待つ謁見の間へと向かう。
計画は以上のようなものだった。
(……では、またのちほど。君たちが立場的に不利にならないよう、私もできる限りサポートするよ)
その言葉を最後に、七つ道具は輝きを失った。ヴィルディアスとの通信が途切れ、部屋に静けさが戻ってくる。