14 和平の道を探せ
「……どういうつもりだ、ラゼ」
小型のワープシステムを用いて、戦艦内に帰り着く。参謀室に足を踏み入れた彼に、エドマの野太い声が飛んだ。
「何故、我らの正体を明かした? 我々はあくまで『謎の侵略者』を演じ、歴史を変えるため悪役に徹する。そういうシナリオだったはずだが」
「エドマ様、これも作戦の内でございます」
いたって落ち着いた態度で、ラゼは答えた。円卓に着き、すました笑みを浮かべる。
「七つ道具を手にした者たちは最初、バラバラに戦っていました。ですが今は、一つのチームとして絆を深めつつあります。彼らは、トリックスターにとって脅威になりえるのです」
「……なるほど。そこで先手を打ち、人間たちの戦意を喪失させようとしたわけですね。なかなか見事な作戦だ」
栗色の瞳をした、金髪の美青年がにこやかに言う。円卓を囲む四名の中で、彼だけが人間らしい外見を保持していた。
「ヴィルディアス、口を挟まないでいただきたい。元はといえば、あなたが七つ道具を紛失したから面倒な事態になっているのですよ」
むっとしたようにラゼが言い返す。
再びエドマへ説明を始めた彼を、メラリカは不機嫌そうに見つめていた。配下のニースを守り切れなかったラゼに、彼女はいくらか不満を募らせていた。
「……ともかく、真実を伝えて絶望の底へ落としてやれば、彼らが戦意喪失するのは時間の問題です。正面から叩き潰すより、この方がずっと確実ですよ」
得意げなラゼの表情が、余計にメラリカを苛立たせた。
まだ日は高い。そのまま解散するには早い時間だったし、何より話し合うべきことが多すぎた。
五人は一旦、八束の家へ向かった。ラゼから明かされた衝撃の事実について、トリックスターへ今後どう対処していくかについて、結論を出す必要があった。
「三原さん、大丈夫?」
道中、彼女はずっと顔色が悪かった。肩を貸して歩いていた八束が、心配そうに尋ねる。
「あんたなんかに、心配されなくたって……」
まだ何か言いたげだったが、玲は目を見開き、手で口元を覆った。それで台詞は中断された。
八束宅に着くやいなや、玲はおぼつかない足取りで手洗いに駆け込んだ。
数分後に戻ってきた彼女は、青白い顔でぐったりとしていた。嘔吐したんだろう、と八束は推測する。
無理もない。あれだけのことがあったのだ、ショックを受けない方がおかしい。
今にも倒れそうな彼女の体を、八束が慌てて支える。リビングへ連れて行き、ソファに横にならせた。
弱りきった彼女を囲むように、皆がソファに座る。玲には水とスポーツドリンクを、それ以外の面々には紅茶を出し、八束も腰掛けた。
「ゆっくり休んでいいよ。どうせ、僕の両親は深夜まで帰ってこないから」
自嘲を交えたジョークを飛ばしたつもりだった。けれども、誰も笑わない。否、笑えないのだ。
重たい空気が立ち込める中、玲は嗚咽交じりに言った。
「……知らなかった。あたしたちが今まで戦ってきたのは、同じ人間だったんだね」
「まだ、そうと決まったわけじゃない。ラゼが僕たちを騙そうとしている可能性もあるし」
八束の言葉は、気休めにしかならなかった。何度か咳き込み、玲が涙を流す。
「あたしには、人間同士で殺し合うなんてできない。……どうして? どうして戦わなきゃいけないの。あたしたちか未来の人類か、どちらかしか生き残れないっていうの?」
「玲ちゃん、落ち着いて」
なだめようとする薫の声も、彼女には届いていなかったのかもしれない。それほどまでに、今の玲は衰弱していた。
「見ていられないな」
ため息をつき、山下が立ち上がる。
「俺は迷ったりなんかしないぜ。たとえ敵が未来人だとしても、今の俺たちの世界を脅かすのなら倒すまでだ」
「簡単に言い切るなよ」
挑発的な物言いに、八束も思わず腰を上げていた。
「仮にトリックスターを倒せたとしても、その七百年後には荒廃した未来が待っていることになる。問題は、そんなに単純じゃないんだ」
「……じゃあお前は、奴らが手当たり次第に人を殺していくのを、黙って見てろって言うのか」
山下が声を荒げる。奈央はびくりと身を震わせ、怖々と二人を見つめた。
「この星を支配下に置くためなら、手段を選ばない。そんな奴らを、野放しにしておけるわけがない」
「どうして君は、両極端な考え方しかできないんだ。戦うか戦わないか、取り得る選択肢はその二つだけじゃないはずだよ」
八束も負けじと言い返したが、両者が歩み寄りを見せる気配はなかった。
ラゼの狙い通り、五人の戦士たちは結束を失いつつあった。
「とにかく、俺は今まで通り、トリックスターと戦い続けるつもりだ。お前らに何と言われようがな」
そう言って、山下はソファに横たわる彼女を一瞥した。
「だが、今の三原では使い物にならない。自分の信じる正義を失った人間を、戦士とは呼べない」
「……何が言いたいんだ」
硬い声音で、八束が問う。一方、山下は軽く鼻を鳴らした。
「誰か別の人間に、彼女の七つ道具を譲渡しようと思う。その方が、まだ戦力として役に立つ」
「ふざけるなよ」
ついに、八束が感情を剥き出しにした。山下へ詰め寄り、襟首を掴む。
あまりの気迫に、山下も怯んだ様子だった。
「彼女は今まで、立派に戦ってきたじゃないか。いつかきっと回復する。そう信じて支えてやるのが、仲間ってものだろう」
「いつから俺が、お前たちと仲間になった? 協力関係と友情を混同するな」
二人は一歩も譲らず、近距離で睨み合った。
「……やめて。山下君も八束君も、もうやめてよっ」
険悪なムードに耐えられず、薫が悲痛な声で訴えた。わあっ、と泣き出し、両手で顔を覆う。
「皆が喧嘩するなんて、私は嫌だよ」
恋人の涙を見ては、さすがの山下も引き下がるしかない。八束と彼は再びソファに腰を下ろした。
沈黙を破り、やがて八束が口を開く。
「トリックスターに、和平を申し入れてみたいと思う」
「和平だと?」
「うん」
冗談だろ、と山下が笑う。しかし八束は大真面目だった。
「トリックスターだって、できれば乱暴な方法は取りたくないと思っているかもしれない。半強制的に未来を変えるんじゃなくて、今の人類が彼らの支配をある程度受け入れ、共存しつつ新しい未来をつくることもできるんじゃないかな」
「あんな野蛮な連中が、こっちの条件を呑むとは思えないぜ」
「試してみなきゃ分からないだろ」
二人の議論は平行線を辿ろうとしている。
「仮に和平を試みるとして、どうやって奴らとコンタクトを取るつもりなんだ? 大体、俺たちはトリックスターの本拠地がどこにあるかも知らないんだぞ」
「それは……」
山下の反論ももっともだった。口ごもる八束を横目に、彼はほくそ笑んだ。
(……私なら知っている)
そのとき、久方ぶりにあの声が聞こえた。
次回、謎の声の正体が明かされます。
ただし、彼(彼女?)の言うことを全て信じるかどうかは、読者の皆様次第です。