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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
14/89

13 トリックスターの正体

今回はいつもより若干長め(4000字弱)ですが、内容的に区切りが良いところまで載せたかったため、この分量にしています。ご容赦ください。


次回からは通常通りに戻します。

 市街地に降り立ち、ニースはボウガンを右手に構えた。放たれる光の矢がビルの壁を次々に抉り、ガラスを突き破る。

 人々の悲鳴が飛び交う中に、彼女は平然と佇んでいた。


 エドマやラゼの配下と異なり、メラリカの部下は目立った特殊技能を持たない。硬度を変化させるソリュー、重力を操るグリラのような芸当はできない。


 代わりに、彼女たちは感情の高ぶりをエネルギーへ変えることができる。そのエネルギーをメラリカから与えられた武器へ込め、きわめて殺傷力の高い攻撃を繰り出すのだ。

 ニースの力は、「喜び」と「悲しみ」を司る力。建物を破壊し、地球侵略を進める達成感が、彼女の新たなエネルギーとなる。



「……待て!」

 敵の気配を感じ取り、橙色の皮膚をもつ怪人は振り向いた。

 それぞれの武器を構え、八束たち五人が彼女の前に立ちはだかっている。その中には、ニースが狙っていた少女も含まれていた。

 彼女が持っているのは、長さ一メートルほどのロープ。


 ニースには、それがどういった使い方をするものなのか分からない。そこまでは知らされていない。

 だが、問題ない。自分は与えられた使命を果たすまでだ。


「現れたな。まとめて叩き潰してやろう」

 女性的な声で言い放ち、彼女はボウガンのトリガーを引いた。



 八束が剣を振るい、光の矢を弾き飛ばす。ニースの攻撃を凌ぎ、五人は彼女を取り囲んだ。

「……そうはさせません」

 そこへ、もう一つの影が戦場へ乱入する。


 虚空から姿を現したラゼは、ニースの隣に並び立った。前回、戦士たちを苦しめた不死の悪魔の登場である。

 けれども、八束たちは動揺を見せていない。ここまでは予想の範囲内だった。


「作戦通りに行くよ」

「ああ」

 刹那、八束と山下が視線を交わす。次の瞬間、彼らは三人と二人に分かれて散った。


 山下、薫、奈央がラゼに対処し、一方で八束と玲はニースとの交戦を続ける。

「喰らえ!」

 素早く腕を振り、山下が四本のくさびを投擲する。両腕と両足に一本ずつ突き刺さったそれは、ラゼの動作を阻害した。


「……愚かな。いくら攻撃したところで、私を倒すことなどできませんよ」

 にやにやと笑い、ラゼが吐き捨てる。彼の言葉通り、傷口は徐々に塞がり、出血も収まりつつあった。


「別に倒そうとは思っちゃいないさ」

 対して、山下も軽く笑んだ。


 それから、隣に立つ仲間を見やる。敵を目の前にして、彼女はまだ若干の恐怖を捨てきれずにいた。

 だが、仲間から信頼されているという意識が、恐怖心を吹き飛ばす。戦士としての覚悟を決め、奈央は声の限り叫んだ。


「私も、やってみます。お……おりゃああっ!」

 彼女の手にしたロープが輝き、元の十倍以上の長さとなる。自在に伸び、蛇のようにのたうつ縄は、まるで意志を持っているかのようだった。


 しなやかに伸びるロープが悪魔に絡みつき、全身をきつく縛り上げる。先刻、山下が打ち込んだくさびと合わさり、ついにラゼの動きを封じることに成功した。


「小癪な」

 顔をしかめ、拘束から逃れようともがくラゼ。そうはさせまいと、薫が動いた。


 手鏡から放たれた閃光が、ラゼの全身を照らし、焼き焦がす。じりじりと皮膚を焼かれる痛みに、蔦を生やした悪魔は呻いた。

 完全に倒すことは不可能でも、足止めくらいならできる。ニースを倒せるだけの時間を稼ぐことも可能なはずだ。


(俺たちも最善を尽くした。あとは頼んだぞ、八束、三原)

 トリックスターの幹部に一矢報いたことを、山下は誇りに思った。 



 かぎ爪が風を切り、勢いよく振るわれる。

 光の矢を払い除けながら、玲はニースの懐へ飛び込んだ。右、左と連続で放った斬撃が、金属質な皮膚を抉る。

 よろめき、後ずさった敵へ、今度は八束が迫る。


 ニースは咄嗟にボウガンを構え、八束へ向けた。しかし、銀色の剣の一撃は彼女の手首を切り裂いた。その手に握られていた武具は宙を舞い、ニースが攻撃手段を失う。


 好機を逃さず、八束が剣を振るう。下から上へ一気に斬り上げ、ニースの体から激しい火花を飛ばした。

 緑色の液体を滴らせて彼女は倒れ、やがて動かなくなる。敵が沈黙したのを確認し、八束は息を吐き出した。


 それから、共に戦った仲間へ視線を向ける。

「白髪を抜いてもらったからか、今日は体の調子が良いよ。すごくスムーズに動けた気がする」

「へー、なんか意外。あんた、冗談も言えるんだね」

 緊張が束の間途切れ、玲もくすっと笑った。


「調子に乗らないでもらいましょうか」

 薫が鏡から放つレーザー光に焼かれ、ラゼはしばらくの間身動きを封じられていた。けれども、均衡は今や破られつつある。

 黒々としたオーラに全身を包み、ラゼが力を解き放つ。彼の体が発する波動が、奈央のロープと山下のくさびを吹き飛ばした。


 どうにか拘束から脱し、ラゼは「やれやれ」とでも言いたげに首を回した。

「残念でしたね。私の能力は、肉体の再生だけではありませんよ」

 油断なく自身を取り囲む、三人の若き戦士。彼らから視線を外し、悪魔は遠くを見やった。


 路上に倒れ伏し、ぴくりとも動かないニースの姿を認める。どうやら作戦は失敗したらしく、脱力感がラゼを襲った。


 ニースを倒した八束と玲も、山下たちと合流する。かぎ爪の先を突きつけ、玲は威勢よく言い放った。

「次はあんたの番よ。覚悟しなさい」


「やれるものならやってみなさい。不死の私を攻略することなど、絶対に不可能……」

 不意に、悪魔は言葉を切った。衝動がこみ上げてきたように、くくっ、と不気味な笑い声を漏らす。


「なるほど。君たちは、我々トリックスターの構成員を倒すことに、全く躊躇していないのですね。これは傑作だ」

「何がおかしいのよ。地球を侵略しようとしてる奴らをやっつけるのは、当然のことでしょう?」


 怪訝そうな顔で、玲が尋ねる。

 瓦礫が転がり、荒廃した街には不穏な気配が満ちていた。


「我々の正体を知らないから、君たちは平気でそんなことができるんですよ」

 ラゼは楽しそうに笑った。口元から牙が覗き、目が僅かに吊り上がる。


「良い機会ですし、教えてあげましょう。私たちは宇宙からの侵略者ではなく、地球人……二七三〇年の未来からやって来た、同じ地球人だとね!」



「馬鹿な。そんなことがあるはずがない」

 あり得ない、と山下がかぶりを振る。しかし、ラゼは嬉々として語り続けた。

「おかしいとは思わなかったのですか? この星で話されている言語に、我々が一瞬で適応できたことを」


 ソリュー、グリラ、そして今しがた討伐されたニース。彼らは皆、ヘッドセット型の翻訳装置のようなものを身につけていた。てっきり、言葉が通じるのはそのせいだと思っていた。


 だが冷静に考えれば、初めて訪れた星の言葉を、完璧に運用できたこと自体が不自然なのだ。ソリューたちの話し方には特に違和感もなく、彼らはネイティブ・スピーカーに匹敵する会話力と語彙を備えていた。


「私たちのいた時代――君たちから見れば、未来ということになりますが――の地球は、温暖化や環境汚染が深刻化していました。過酷な環境に耐えて生きていくため、我々は肉体を改造し、異形の姿となって生き延びたのです」


 自分の胸に手を当て、ラゼは明かした。人の姿を捨てたときのことを、思い出しているのかもしれなかった。


「しかし、そうやって生きていくのにも限界がありました。環境の変化に耐えられず、死んでいった民の数は途方もなく多かったです。幾度にもわたって協議を重ねた結果、私たちは決意しました。……過去を変え、この悪夢のような世界を創り変えようと」


 それからも、彼は淡々と事実を述べた。


 仲間の科学者がスーパーコンピューターで計算した結果、「二〇三〇年の地球に介入することで、効果的に歴史を改変できる」と分かったという。未来を変えるための戦いには、多くの同志が参加することとなった。


 彼らを乗せた巨大戦艦は、トリックスターと名付けられた。ラゼの推進していた「タイムワープ・システム」構築計画が完了し、戦士たちはこの時代へ降り立った。



「無茶苦茶だよ」

 いつもは感情を表に出さない八束でさえ、今回ばかりは声を震わせていた。

「もし君の言ったことが本当だとして、過去の人間を殺し、自分の先祖を消してしまったらどうするんだ。君たちの存在が消えてしまうかもしれないのに」


「確かに、先祖を手にかければ我々の存在は消えます。ですが、そんなことは承知の上です。破滅の未来を避けるためなら、私たちはどんな犠牲も払う。そのために、私たちは何年もかけて準備してきたのです」


 八束の呈した疑問については、ラゼ自身、何回も考えたはずである。その上で、彼は断固として否定する。一切の迷いを消し去り、ただ悲願を成就させるためだけに戦う。


「……したがって、君たちに残された選択肢は二つしかありません。私たちの支配を受け入れ、やがて訪れる最悪の未来を回避するか。あるいは私たちを倒し、この星に終末をもたらすか、です。どちらを選ぶのが賢いか、よく考えるといいでしょう」


 最後にそう言い残し、ラゼは乾いた声で笑った。何もない空間に溶け込むようにして、彼の姿が消える。



 ニースは倒した。街に平和は取り戻された。

 けれども、五人はしばらくの間、その場から動けなかった。ラゼの明かした真実は、彼らにあまりにも大きな衝撃を与えていた。


「……じゃあ、あたしたちは」

 玲は呆然としていた。恐る恐る見下ろした手には、黄金のかぎ爪が装着されている。


 そして、かぎ爪には緑色の血が付着していた。離れたところには、ニースの亡骸が横たわっている。

「あたしたちは今まで、人を」


 わあああっ、と彼女は泣き叫んだ。膝から崩れ落ちた玲に、皆は慰めの言葉をかけることができなかった。

 ここにいる全員が、玲と同じ罪を背負っていると自覚していた。

「ラゼが全てを語り終えるシーンまで投稿したい」という思いがあり、今回はやや多めの分量になっております。


『盗賊たちよ、世界を救え』の序盤において、おそらく最重要回だったのではないでしょうか。


トリックスターの構成員は、元々は八束たちと同じ人間でした。すぐには受け止め切れないほど厳しい現実へ、彼らはどう向き合うのでしょうか。 

この後は、少々苦しい展開が続くかもしれません。


(一応書いておきますが、作者はいわゆる「鬱展開」が好きなわけではないです。キャラクターが試練を乗り越える瞬間を書きたいのであって、試練そのものを書きたいわけではありません。)


では、明日以降の更新をお待ち下さい。

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