12 再戦の誓い
鏡面から、虹色の光が流れ出る。
ラゼは走りながら、右腕でそれを受けた。レーザーを浴びた皮膚が、みるみるうちに黒ずんで炭化していく。
しかし、それは一瞬のことだった。焼かれた皮膚が元に戻り、蔦に似た器官もまた長く伸びる。回復を終えたラゼは、近距離から回し蹴りを放った。
「きゃっ」
薫は避け切れず、キックが脇腹へ命中する。その威力は半端ではなく、彼女の体は宙を舞った。力なく倒れ込んだ彼女へ、山下が慌てて駆け寄る。
「薫、大丈夫か」
「うん、多分」
盗人の七つ道具の持つ作用により、八束たちの治癒能力は通常よりも高くなっている。ゆえに、薫の負った傷も間もなく治ると思われた。
だが、恋人が苦痛に顔を歪めている光景は、彼にとって快いものではない。怒りの形相で、山下は立ち上がった。
「……お前、ラゼと言ったな。俺を怒らせたことを後悔させてやる」
雄叫びとともに、四つのくさびが一斉に射出される。
高速で撃ち出された凶器に、ラゼはやや反応が遅れた。躱す暇を与えず、くさびのそれぞれが頭部へ突き刺さっていく。緑色の血が噴き出て、ラゼの体がぐらりと揺れた。
「おっと、まあまあ痛いですねえ。痛覚の大部分をカットできるとはいえ、やはり殺されるのは心地よいものではない」
けれども、その息の根が止まることはない。鮮血を滴らせながら、悪魔は笑い声を上げた。
「ですが、いくらやっても無駄です。君たちに私を倒すことはできません」
気だるげな動作で、頭に刺さったくさびを引き抜き、放り捨てる。瞬時に傷が塞がっていく。
「何故なら、私の能力は『不死』そのものだからです。どんなに激しい攻撃を浴びても、私の肉体は完璧に再生される。こんな風にね」
「ふざけた能力だな」
指を鳴らし、くさびを手元へ引き戻す。武器を構え直し、山下は言った。
「だったら、再生が追いつかなくなるまで殺し続けてやる」
「……戦っちゃダメ、山下君」
しかし、恋人の弱々しい声が戦士を止めた。
「今までに戦った敵とは、段違いの強さだった。ここは一旦退いて、作戦を練った方がいいよ」
「何を言ってる、薫。あいつはトリックスターの幹部なんだぞ。こんなところで、取り逃がすわけにはいかない」
それに、あいつはお前を傷つけた。
そう続けるつもりだったのだが、薫は静かに首を振った。彼女は目を潤ませ、後ろを指差した。
眼鏡をかけた少女が、怯えながらも戦いの様子を窺っている。先ほど、山下たちが助けた少女だ。
「私たちの使命は、トリックスターを倒すことだけじゃない。皆を守ることでもあるんだよ」
「……一理あるな」
山下が渋面をつくる。悔しいけれども、薫の言うことは正論だった。
彼の肩を、八束がそっと叩く。
「僕と三原さんで、ラゼを足止めする。君は白石さんとそっちの女の子を連れて、この場を離れてほしい」
「……ちょっとあんた、勝手に作戦立てないでよね⁉」
言うが早いか、八束は銀色の剣を振り上げ、ラゼへ斬りかかった。怒ったような、それでいて半分照れたような表情で、玲がその後を追う。
「頼んだぞ、お前ら」
二人がラゼと接近戦を繰り広げているのを横目に、山下は薫に手を貸して立たせた。それから眼鏡の少女を促し、急ぎ足で戦場から離脱する。
後日、一同は再び八束家に集っていた。
前回と異なるのは、ニースに狙われていた少女もテーブルを囲んでいる点である。彼女は不安と緊張を隠せておらず、どぎまぎと皆を見回した。
「先日は、助けて下さってありがとうございました。あの、それで、お話というのは一体?」
「急に呼び出したりして申し訳ない。けど、君がトリックスターに目をつけられた理由を知りたくてね」
レモンティーの注がれたカップを彼女へ勧め、八束が微笑む。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は八束継介」
彼に続き、玲たち三人も名乗る。
「宮内奈央です。よろしくお願いします」
それでいくらか緊張が和らいだ。つられて、彼女もぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、君もあの声を聞いたんだね?」
「はい」
いたって真面目な表情で、奈央は言った。
「そのときに、何か武器のようなものを渡されなかったかな?」
「ええと……」
八束の問いに、彼女は小首を傾げた。ガサゴソと通学鞄の中を漁り、やがて目的のものを取り出す。
「武器になるかどうかは分かりませんけど、これなら」
それは一本のロープだった。長さは一メートルほど。一見すると、何の変哲もない丈夫そうな縄に見える。
「ロープか」
山下が眉根を寄せる。本当にこれが七つ道具の一つなのか、と疑っているようだった。
「反応はしてるみたいだ」
彼の考えを読んだように、八束がポケットから鍵束を取り出す。彼の所有する武器は、ロープに近づけると輝きを増した。
「それは分かるんだが、どうにも法則性が見いだせない。こんなもの、本当に盗人が使うのか?」
「使うと思うよ」
八束はあっさりと答えた。
「ロープは色んな使い方ができるんだ。物を括ったり縛ったりできるし、三原さんの持っているかぎ爪と同じように、壁を登るときなんかにも役に立つ」
「じゃあ、俺のくさびはどうなんだ」
秀才ぶった態度が気に入らなかったのか、山下が問いを重ねる。
急に名前を出されたことに驚いたらしく、一方では玲がレモンティーを吹きかけた。幸か不幸か、八束は気づいていない。
「くさびは、壁に打ちつければ足掛かりになる。あとは、開閉機構を固定したりとかかな」
「薫の持ってる手鏡が、一番分からない。この間なんか、あいつ、七つ道具を使ってメイクしてたぞ」
「……や、山下君何言ってるの⁉ 私、そんなことしてない! してないってば!」
さすがに聞き逃せず、薫は真っ赤になって否定した。ラゼから受けたダメージも癒え、彼女はすっかり元気そうだった。
「手鏡は、曲がり角から様子を窺うのに使えると思う」
噂の真偽には、まるで興味がない様子である。
すらすらと模範解答を述べる八束に、一同はやや気圧されていた。
ともかく、奈央の持つロープが七つ道具の一つらしいことは確かだった。
八束たちは、自分たちも彼女と同様に武器を手にし、チームを組んでトリックスターと戦っているのだと話した。
一通りの説明を終えると、奈央は瞬きをした。それから、おもむろに口を開く。
「今までにも何度か、声を聞いたことがあります。そのときは、戦いなんて私には無理だと思ってました。自分とは関係のない、どこか遠い世界の出来事のように感じていました」
小さく息を吸う。彼女の瞳に映っているのは、戦士としての決意だった。
「……でも、そうじゃなかった。トリックスターは私の持つ武器を狙っていて、そのせいでたくさんの人々が攻撃に巻き込まれて。ただ見てるだけじゃダメなんだって、やっと分かったんです」
唇を引き結び、奈央は深々と頭を下げた。
「私、戦いどころかスポーツもまともにやったことないですし、皆さんのお役に立てるか分かりません。でも、精一杯頑張ります! 改めて、よろしくお願いします」
「決断してくれてありがとう。けど、そんなに堅苦しくならなくていいよ。僕たち、ほぼ同年代なんだから」
八束に苦笑され、彼女はぽっと赤くなった。
新しい仲間を得て、議題は次へと移る。
トリックスターの幹部、ラゼ。ニースを倒そうとすれば、彼がまた妨害してくるであろうことは想像に難くない。
不死身の肉体を誇るラゼを、完全に倒すことは困難かもしれない。しかし、少しの間動きを封じるくらいのことはできるはずだ。
ラゼに対処し、今度こそニースを撃破するべく、八束たちは夜まで話し合いを重ねた。
今回登場した宮内奈央は、典型的な文学少女をイメージして書いています。サブカルチャーにも詳しそうな感じがしますね。
まだまだ引っ込み思案ですが、これから戦士としてたくましく成長していきます。
さて、ネタバレ防止のためここに詳しいことは書きませんが、次回以降、かなりの急展開が待っています。明日の更新をお待ち下さい。