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盗賊たちよ、世界を救え  作者: 瀬川弘毅
2 トリックスター編
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10 束の間の団欒

 結論らしい結論は出ず、今日は一旦解散することとなった。

「せっかくだし、ご飯でも食べに行かないかい」

 時刻は午後六時を回ろうとしている。夕食にはちょうどいい時間だった。


 しかし、山下は八束の提案を快く思わなかったようだ。小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「勘違いするな。俺はトリックスターを潰すためにお前たちと手を組んでいるが、必要以上に馴れ合うつもりはない。仕事とプライベートは別だ」

 言うが早いか、薫の手を取って歩き出す。


「行くぞ」

「や、山下君、ちょっと待って」


 顔を赤らめ、薫が抗おうとする。そんな彼女を引っ張るようにして、山下は進んだ。

 二人はリビングルームを出ると、足早に廊下を通り抜けた。何秒か後には、玄関ドアが開き、また閉じる音が聞こえた。


 

「……何なの、あれ。感じ悪すぎ」

 しかめ面で彼らを見送る玲。


「いや、この方が気楽でいいよ」

 一方、八束は平然としていた。むしろ、ソファを広々と使えることを喜んでいるように見える。


「僕は、他人と関わるのがそんなに好きじゃないんだ。人と接することで、自分が傷つけられるのが怖いんだと思う」

「馬鹿みたい。そうやって自分の世界に引きこもって、他人を拒絶しても何にもならないわよ」


 どこにも行きつかない問答が続く。

 テーブルを挟み、残された二人は手持ち無沙汰になっていた。


「ねえ、あんたさ」

 束の間の静寂ののち、不意に玲が声を掛けてくる。見れば、彼女は八束の頭をまじまじと見つめていた。

「何かな?」


 それも、やけに距離が近い。テーブルへ身を乗り出した玲と、八束の間にはほとんど空間がなかった。

「若白髪多いのね」

「えっ?」


 自分の髪の毛のことだが、今まで注意して見たことがなかった。返答に窮した八束を見て、玲がおかしそうに笑う。


「素っ気ない人なのかなって思ってたけど、あんたもあんたで結構苦労してるみたいね。親にはほったらかしにされてるし、コミュ障をこじらせて捻くれちゃってるし」

「別にそういうわけじゃ……」


 八束は反論しかけた。だが玲は取り合わず、そそくさと彼の隣の席へ移動した。


「白髪が多いのも、何かとストレス溜め込んでるからじゃないの? あたしが抜いてあげるから、じっとしてなさい」

 諦めるしかなかった。八束はただ、笑顔の玲に白髪を抜かれるがままに任せた。



「今の、痛かったんだけど」

「ちょっと力加減を間違えただけよ」

 文句言わない、と玲は白髪を抜き続ける。

「それにしても多いわね。……うーん、前の方にも残ってそう」


 そこで彼女は立ち上がり、八束の正面に回った。テーブルに浅く腰掛け、前のめりになって作業を続ける。彼女の胸が八束の眼前に来るくらいには、きわどい体勢だった。


「三原さん、近いよ」

「……へっ?」


 集中していたのだろう。指摘されるまで、玲は距離感を意識していなかった。

「だから、近いって」



 そのとき初めて、玲は自身の置かれた状況を理解した。


 放課後、他校の男子生徒の家で二人きり。彼の両親は夜まで帰ってこない。

 加えて、密着しかけているこの体勢。もし八束が変な気を起こしたら、咄嗟には抵抗できないかもしれなかった。


「……ば、馬鹿! そういうことは、早めに言いなさいよね」

 抜きかけていた白髪から手を離し、玲はぱっと飛び退いた。頬に朱が差していたのは、八束の見間違いではあるまい。


 頭を掻き、八束はため息をついた。

 この四人ではたして上手く戦っていけるのだろうか、と一抹の不安がよぎる。玲は少し抜けているだけだから良いとしても、ビジネスライクな態度を取る山下との相性は未知数だ。



「山下君、さっきの言い方はあんまりだよ」

 八束家を後にして、しばらく歩く。

 交差点に差し掛かったところで、薫は山下の手を振りほどいた。そして、抗議するような眼差しを彼へ向けた。


「いいだろ、別に」

 構わず、山下は彼女の腰へ手を回そうとする。その表情はいたってクールで、ボディータッチする手つきも慣れたものだ。二人で過ごしてきた時間の長さを感じさせる。


「俺はあんなつまらない奴らなんかより、お前と一緒にいる時間を大切にしたいんだ」

「つまらなくなんかない」


 そっと手を払い除け、薫が頬を膨らませる。

「あの人たちは、一緒にトリックスターと戦う仲間なんだよ。仲間をないがしろにしてまで大切にされたって、私、あんまり嬉しくないかも」


「……おいおい、拗ねてるのか?」

 可愛い奴め、と山下が笑う。彼の手が、薫の腰を優しくさすった。


「やめて。そうやって誤魔化さないでよ」

 歩行者用信号が青に変わってもなお、薫は恋人への不満を解消できていなかった。



 突然、天から光の矢が降り注いだ。

 矢はあらゆる物体を貫き、瞬時に爆発四散させる。道路に溢れんばかりだった車の列が、次の瞬間には炎の海へと変わっていた。


「きゃっ」

「薫、大丈夫か」

 押し寄せる熱波に顔をしかめつつ、山下は彼女へ駆け寄った。アスファルトが大きく揺れた衝撃で、薫は転倒していた。


「うん、大丈夫」

 山下の手を借りて、彼女は立ち上がる。それから、矢の飛んできた方向へ目を向けた。


「……山下君、あれって」

「ああ。トリックスターだ」



『年代・二〇三〇年。エリア・東アジア。国名・日本国。言語情報のダウンロードを実行します』


 耳に装着したヘッドセット型のモジュールから、電子音声が響く。

 高層ビルの屋上に立つ人影は、右手にボウガンを構えていた。

 オレンジ色の皮膚は硬く無機質で、金属板を何枚も重ね合わせたかのようだ。全体としてロボット、あるいは中世騎士の甲冑めいた外見をしている。


「……我が名はニース。司るは『喜び』と『悲しみ』。船団トリックスターの一員にして、メラリカ様の配下である」


 いかつい見た目に反して、流れ出てきたのは女性的な高い声だった。

 青く細い目を動かし、彼女はターゲットを探す。ボウガンの照準補助機能が索敵の役目をも果たし、すぐに目標を発見する。


 ニースの視線の先、破壊しつくされた地上の一点には、小柄な少女が座り込んでいた。眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした、温厚そうな子である。学校からの帰りだったのだろう、ブラウスにプリーツスカートという制服姿だった。


 トリックスターの襲撃など、彼女にとってはテレビの中の出来事でしかなかった。過酷な現実をいきなり見せつけられ、少女は呆然とし、動けなくなっていた。


「ターゲット、確認。排除します」

 ボウガンに取り付けられたスコープを覗き込み、ニースが目を細める。

 再び放たれた光の矢は、少女へと真っ直ぐ突き進んだ。


玲が八束の若白髪を抜いてあげるところは、作者としても結構好きなシーンです。

「他人と触れ合うのが怖い」と言いながらも、八束は白髪を抜こうとしてくる玲を拒絶せず、玲もまた、今までのつんけんした態度が少しずつ氷解していきます。

二人の今後にも注目です。

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[一言] 興味深く拝読させていただきました。 SFであり、アクションがメインとあり、楽しく読み進めさせていただきました。脳内で見えている世界や、築き上げた設定をいかにテキスト化して、それをさらに描写と…
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