09 謎解き
「まずは君からだ」
にやりと笑い、グリラが山下の側へ屈み込む。短刀を首元へ突きつけられ、彼の目が恐怖に見開かれる。
「……や、やめろ」
「往生際が悪い。交渉に応じなかった、君が悪いんですよ」
ナイフを握った腕が、一思いに振り下ろされる。体の自由が利かない八束と玲は、何もできずにその光景を見つめるしかなかった。
八束が青ざめ、玲が悲鳴を漏らしかけた、そのときである。
七色に輝く光の奔流が、グリラの目を貫いた。
「ぐあっ」
あまりの痛みに、短刀を取り落とす。不明瞭な呻き声を発しながら、彼はよろよろと後ずさった。
「……馬鹿な。僕の重力操作は完璧だったはず。どの距離から、どの角度から攻撃を加えられても、増幅された重力がガードするはずなんだ。それなのに、何故」
「ごめんなさい。私には、あなたの使っているテクノロジーのことはよく分かりません」
建物の陰から、ゆっくりと、決意に満ちた足取りで少女は歩み出る。その手には「盗人の七つ道具」の一つ、手鏡が収まっている。
「でも、これだけは分かります。光の進む速度は、重力の影響をそんなに受けないって」
彼女の鏡から放たれたレーザー光が、グリラにダメージを与えた。
白石薫は今、戦士になる覚悟を決めた。
「……薫!」
はっと顔を上げ、山下が彼女を見やる。対する薫は、ちょっぴり恥ずかしそうに微笑んでみせた。
「私、決めたから。山下君たちだけに戦わせない。私も皆の力になりたいって」
「そうか。さすがは、俺の認めた女だ」
不敵に笑い、山下が全身に力を込めて立ち上がる。傷を負ったグリラは能力を発揮し続けることが困難になり、したがって重力の影響は軽減されていた。
一度は地へ叩き落された武器を、再び拾い上げ、手に取る。並び立った四人の戦士は、トリックスターへ猛然と立ち向かった。
「小賢しい真似を!」
光線を受け、グリラは片目の視力を失っていた。狭く限定された視界の中で、がむしゃらに腕を振るい、増幅した重力で敵を押し潰そうとする。
けれども、身体能力を拡張された戦士たちには、照準の甘い攻撃など当たらない。巧みに重力波を躱し、彼我の距離を縮めていく。
「借りは返させてもらうぞ」
山下の放ったくさびが、グリラの両肩と大腿部に突き刺さる。激痛によろめいた彼の懐へ、八束と玲が飛び込んだ。
八束が剣を水平に斬り払い、玲がかぎ爪で引き裂く。
息の合った同時攻撃を受け、グリラのガラス質の皮膚がひび割れる。そこから緑色の血液が溢れ、力なく崩れ落ちた。
薫の活躍により、四人は辛くも勝利を収めた。
夕日に染まる街で、山下と薫は無言のまま抱擁していた。言葉など交わさなくとも、彼らは感情を伝えあえるようだった。
「何だかんだでお似合いなのかもね、あの二人」
「さあ、どうだろう」
玲はどこか羨ましそうな視線を、八束はいつも通り冷めた視線を二人へ向けている。
七つ道具を巡る戦いは、激化の一途をたどる予感があった。
二〇三〇年五月十七日、午後八時二十分。
「作戦は失敗したようね」
太平洋上空、船団トリックスターの戦艦内。参謀室に、メラリカのため息がこぼれた。
「分かっていると思うけど、私たちの兵力は有限なのよ。無駄遣いはできないわ」
「それは承知していますよ」
やや不服そうに、ラゼが応じる。
「……今回の責任を取る意味も込めて、次は私自らがサポートに回りましょう」
「あら、頼もしいわね」
メラリカが悪戯っぽく笑う。けれども、異形の存在と化している彼女の笑みに、妖艶さは皆無であった。
「へえ、ここが八束の家か。すごいな」
玄関に足を踏み入れて、山下は素っとん狂な声を上げた。
まず、靴脱ぎが広い。車を一台停められるのではないか、と錯覚するほど、広大な面積を誇っていた。
次に、天井が高い。まるで学校の体育館だ。
さらに、綺麗に磨き上げられた床、そこかしこに生けられた花々が高貴な雰囲気を演出している。
「遠慮しなくていいよ」
八束はそう言ったものの、他の三人は若干恐縮している。
四人の仲間が集まったのを機に、「一度、全員で集まって作戦会議をしよう」という話になった。そこで候補に挙がったのが、八束の自宅だったのである。
「広いとは聞いてたけど、本当に広いわね」
物珍しそうに、玲が室内をきょろきょろ見回す。八束の案内でリビングルームへ向かう途中、三人は廊下の何か所かに置かれた絵画や壺へ興味津々だった。
「両親が外資系の企業に勤めてるんだ。自慢するわけじゃないけど、収入はそこそこあるみたい」
リビングへ着くと、皆はテーブルを囲むようにしてソファに腰掛けた。
紅茶を注いだカップを、八束が全員へ差し出す。来客へ最低限のもてなしをするくらいには、彼は常識人だった。
「父さんも母さんも、家にいないことが多くてさ。夜まで帰ってこないと思うから、ゆっくりしていってよ」
「恩に着るぜ」
「ありがとう」
山下と薫が口々に礼を言い、紅茶の注がれたカップに口をつける。しかし、玲だけは神妙な顔つきをしていた。
「……意外と寂しい育ち方してるのね、あんた」
「まず、武器から聞こえた声についてだけど」
一息ついてから、八束が口火を切った。
「僕が聞いたのは、若い男の声だった。皆は?」
「あたしも」
「私もです」
「右に同じだ」
玲、薫、山下の三人が、ノータイムで答える。
質問を重ねて、次のようなことも明らかになった。声のした日付、及び時間は、四人ともほぼ一致している。また、声が伝えた内容も大体同じだった。
『君たちの使っている武器は、元々僕たちのものだ。全て回収させてもらおう』
「トリックスターのグリラの言葉、あれはどういう意味だったんだろう。彼は、『盗人の七つ道具』という名称も知り得ていた」
基本事項の確認は終わった。ここからが本題である。
首を捻った八束に、玲が慎重に意見した。
「仮にグリラの言葉が正しいとすると、あたしたちに武器を与えた存在も、トリックスターの一員だったことになるわよね」
「うん。問題は、声の主が何故そんなことをしたのかだ」
トリックスターの構成員でありながら、どうして仲間を妨害し、地球人を助けるような真似をするのか。その点が不可解であった。
「……仲間を裏切った、ということでしょうか?」
遠慮がちに、薫が口を開く。
「声の主はトリックスターから離反して、この星を守ろうとしているのかもしれません」
「だと良いんだけどね」
対して、八束は歯切れ悪く答えた。
現時点では、敵の正体は不明。未知のテクノロジーを駆使し、奇怪な外見をしていることから、どこか遠い星から襲来したと推測される。そんな奴らの中に、見ず知らずの星に同情し、手助けしようとする物好きがいるだろうか。
トリックスターが地球を狙った、正確な理由は分からない。しかし、彼らの星の存亡にかかわるような、何か切迫した事情があって侵略行為に及んだのではないかと思われる。
仲間を裏切ってまで、よく知らない惑星を救おうとするだろうか。八束には、そうは思えなかった。
「あれこれ推測してても、埒が明かないぜ。何せ、確たる証拠は一つもないんだからな」
半ば投げやりな調子でぼやき、山下は手のひらの上にくさびを出現させた。
「なあ、何とか言ったらどうだ。一体お前は、どういうつもりで俺たちに武器を渡したんだ」
けれども、謎の声は一切の応答を拒んだ。くさびは光を放つことさえなく、不愛想に沈黙を守った。