第二章 新歓コンパの悲劇③
下宿の最寄りにある市営地下鉄・今出川駅から北へ二駅先の停車場・北大路駅の南側の改札を抜けると、浮音と有作はビブレを対岸に見やるような形で出入口の階段を上がりきり、舗道の上にかかったアーケードの下へと顔を出した。休日の三時半過ぎ、あちこちのカフェや飲食店から人の声が響き、ひっきりなしに休日臨時便や二〇六系統、北八系統が地下へ潜り、出てゆきを繰り返している。普段の二人なら、ゆっくりと本屋を冷やかしたり、喫茶店で一休みをしたりするのだが、今回ばかりはそんな余裕もないまま、二つの足はそそくさと、昨夜の騒ぎのあったあたりへと急いだ。
「――やっぱりここやったか」
写真館のショウウィンドーの前で立ち尽くすと、浮音は目深にかぶったソフト帽のツバから目をのぞかせ、眼前で切れたアーケードの、空き地を挟んだ横並びにある居酒屋をじっと、食い入るように見つめた。他の居酒屋がまだ夕暮れ空にもならぬうちから店を開けている中で、シャッターをぴっちりと閉ざし、コピー用紙にマジックで書いた「本日臨時休業」という張り紙をぶらさげたきりの「大漁旗」の様子を表す言葉は異常以外、二人の脳裏には見当たらなかった。
「なにか、物証でも見つかったのかなあ」
有作は浮音の後ろでおっかなびっくり、「大漁旗」の様子を眺めていたが、浮音は冷めた調子で、どやろなあ、と腑に落ちない顔をしている。
「あの記事には毒の侵入経路が書いとらんかったからなあ。せやけど、メチルアルコールなんて、どこで入ったんや……?」
踵を返し、石畳の上で下駄を鳴らしながら歩く浮音に、消毒用のスプレーじゃない? と有作が補足する。が、浮音はいやいや、とカブリを振って、
「そんなら、胃から出てくるのは度数の高い、エチルアルコールやないとおかしいんや。今度出てきたメチルアルコールは消毒やのうて、アルコールランプなんぞで使うれっきとした燃料、毒物やからなあ」
「日日新聞の夕刊だと、メチルが入ってたのはシャンディガフだったんだって。どんな飲み物なの?」
有作の問いに、浮音は羽織のうちから手を出して顎へ指を絡ませながら、
「――生きのいいビールへジンジャーエールを入れた、ビヤカクテルってやつや。で、そこへおまけにメチルを入れると、文字通り天にも昇る心地の味になるっちゅうわけ。のうなった太田さんとやら、災難やったなあ……」
と、洒落にならない冗談を顔色一つ変えずに言ってから、袖に通した左手を上げ、浮音は通りがかった流しのタクシーを呼び止めた。
「どこいくんだい」
乗らぬわけにもいかず、そのまま後についてタクシーへ乗り込んだ有作へ、浮音はソフトを脱いでから、
「こういうときは、情報をつかんでそうなヒトに協力を乞うのが近道なんや」
と言って、運転手に京国大の正門まで、と行き先を告げ、シートへ深々と腰を下ろした。そして、車が一路、北大路を東へ走り出したのを確かめると、浮音は帯に押し込んだ携帯を手にし、電話帳をさぐってからある番号へと電話をかけた。
「――ああ、瑞月ちゃん。今からちょっと編集部の方へ行くよって、時間こさえといてェな」