第二章 新歓コンパの悲劇①
北大路のショッピングモール、北大路ビブレの地下にあるバスターミナルで運転手に揺り起こされた浮音と有作は、金閣寺の方へ向かってバスが走り去るのを見送ると、顔を見合わせて嘆息した。
「これからどうしようか」
「――地下鉄に乗ればあっという間やけど、なんとなく夜風にあたりたくもあり……てなとこかいなあ」
バスの中に忘れたものがないかを確かめると、浮音は壁に掲げられたビブレの案内板へ目をやり、入っているテナントの一覧へ指を走らせていたが、めぼしい店が見当たらなかったのか、下駄の歯を鳴らして踵を返すと、
「ひとまず出よか。ここでウダウダしてたら夜が明けてまう」
そのまま不機嫌そうな足取りで、浮音は有作を従え、出口の方へと歩き出した。
階段を登り切り、乾いた夜風の吹く往来へ出ると、浮音はロングピースをふかしながら、あたりを見回した。烏丸北大路のあたりは昔からの繁華街でもあり、なおかつ、大谷大の学生がたむろすることもあり、遅くまで空いている店も多い。鴨川浮音は、ロングピースを指に挟んだままの手で髪をさすりながら、暗がりにぼんやり光る赤提灯や電飾入りの看板をちらと見、茶漬けかうどんでもたぐってこかァ……とつぶやく。
「あ、いいねぇ。おにぎりのあとに、ちょっと甘いものでもいいかもしれないなあ」
「今日日の居酒屋は甘いモンも豊富やからなあ。和洋中、なんでもござれ……」
横断歩道を渡り、通り沿いに軒を連ねる居酒屋を二、三軒かすめた二人だったが、中からとどろく、若いというよりは幼げな新歓コンパの騒ぎ声に辟易とし、結局、浮音と有作は烏丸北大路沿いにあるチェーンのうどん店のカウンター席へおさまり、熱いうどんをすすり、季節限定のみたらし団子で腹を満たしたのだった。
「さ、出よかァ――」
異変が起きたのは、平らげたどんぶりを隅にのけ、爪楊枝を咥えた浮音が自動ドアの向こうへ躍り出たときだった。高野の方から寄ってきた、救急車の耳をつんざくようなサイレンの音に、浮音は酔いの抜けていくらか平静になった顔へ再び血の気を上げ、
「なんぞあったらしい、行ってみよか」
と、有作のジャージの袖を引っ張り、下駄の歯で石畳を踏みしだいた。訳も分からず引っ張られた有作は浮音の袂をたたいて抗い、カモさんどうしたんだい……と尋ねる。
「なんやら知らんが、ちょっと気になることができたんや」
そのまま有作を引いて、先刻軒先をかすめた飲み屋街の方へ舞い戻った浮音は、救急車のランプが回っている、ある店の前の様子を電信柱の陰からじっと見ていた。が、やがて中から救急隊員の運んできた担架に乗せられた人影を見出すと浮音は、やっぱりねえ……とため息交じりに呟き、ロングピースの箱を振った。
「いろんなトコがさんざ口酸っぱくして言っとるのに、なかなかのうならんもんやなあ」
煙に目をしばつかせながら踵を返すと、浮音は有作から手を離し、おいでおいで、と言いたげに右の人差し指を振った。
「もしかして、一気飲み?」
「殴り合いの喧嘩なら、パトカーもついて来るしなあ。それがないトコからして、一気飲みか、あるいはそのあとに吐こうとして、ノドにゲロひっかけて倒れたか……」
なんにせよ、馬鹿騒ぎの代償にゃ変わらんがなあ、と、浮音は唇から紫煙をもらしながら、渋い顔をしてみせる。いずれのどれとも無縁らしい同居人、鴨川浮音に安心しつつ、有作はジャージのポケットへ手を突っ込み、頬をなぞる夜風に身を震わせた。薄暗い、大谷大の校舎は遥か彼方に消え、二人は京都の夜を焦がすような同志社前の学生街のまばゆい明かりの中へ近づきつつあった。