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北大路の毒杯 ~素人探偵・鴨川浮音最初の事件~  作者: ウチダ勝晃


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終章 「素人探偵」誕生?②

 それは北大路の事件が収束した直後の、その時期にしては気の早い暑さが京都の空を覆ったある午後のことだった。非番の牛村警部から京都府警に代わってお礼をしたいと言われ、河原町のアサヒビールへ招かれた浮音たちは、日の高いうちから解決祝いの酒宴に興じ、盃を酌み交わしていた。

「――京都府警はしばらく、お前さんの方に足向けて寝られんよ。感謝感激、ってのはこのことだな」

 ソーセージの付け合わせであるザワークラウトをつまみながら、牛村警部はビールで赤くなった顔に笑みを浮かべ、浮音に礼を述べる。

「そりゃそうでしょうなあ。さんざん、僕らのことを馬鹿にしとったし……」

 中ジョッキ片手の浮音が皮肉交じりに返すと、牛村警部は最初こそしかめっ面をのぞかせていたが、酒が回っているのも手伝い、全くお恥ずかしい、と、しきりに後頭部を掻くのだった。

「浮音くんの申し出を蹴ってたら、今頃大勢の女の子が、泣き寝入りのままでいたでしょうね。私からも改めてお礼を言うわ。ありがとう――」

 大ジョッキを二杯立て続けにたいらげ、箸休め、と称してスパークリングワインを楽しんでいた瑞月が、顔色ひとつ変えずに浮音の方を向く。それを見た浮音は、コースターの上にそっとジョッキを置いてから、まあこんなもんよ、と、目線も合わせずにつぶやき、ロングピースに火をくべた。

「――案外、ウブなところがあるらしいな」

「なにおうっ!」

 黙りこくっていた浮音が牛村警部の茶々にハネ上がると、一座は再び、ドッと盛り上がった。だが、コーラ片手にコールドビーフをつついていた有作だけは、浮かぬ顔でその様子を、どこか他人事のように眺めていた。

「佐原くんどうしたの。さっきから黙ったままで……」

 見かねた瑞月に続き、牛村警部も腹でも痛いのか、と寄ってくるので、有作は慌てて、なんでもないですよぉ、と取り繕ったが、

「いやいやァ、なんでもはあるやろ、佐原くん……」

 煙をくゆらす浮音の言葉に、有作は参ったなあア、とぼやき、そっとグラスをテーブルの上に戻した。

「――今度の事件、僕はカモさんたちの後ろにくっついて、ただ眺めてただけだったなあ、って、ずっと思っててさ。カモさんは謎をおっかけて、沢村さんは取材しながら記事を書いてた。なのに僕ときたら、ただただおまけでいるだけじゃないか……って考えたら、なんとなく居心地が悪くなってきてさあ」

 ジャージのズボンを掴む有作は、今にも泣き出しそうだった。が、浮音はそれを慰めるでもなく、そんなことやったんか、と、アッサリ突き放してしまった。

「――そんなら教えちゃるがな、今度の事件、僕はきみがおらんかったらよう解決できんかったと思うで」

 浮音の言葉に有作がどうして、と驚いて尋ねる。

「あちこち聞き込みに行ったりする道中、佐原くんと話しながらメモをまとめとるとよう整理が出来たし、単独で動き回って帰ってくれば、家にはきみのこさえたあったかい夕飯が待っとる。そのおかげで英気を養えて、いろんな難問や局面を乗り切れたんやないか――。君のような良き相棒がおらなんだら、僕はよう出来んかったと思う」

 ありがとなあ、佐原くん、という浮音の感謝の言葉を聞かぬうちに、有作はうっすらと目元へ涙をにじませ、嗚咽まじりにごめん、ごめんと詫びを入れ出した。

「おいおい、そないに泣きィな。せっかくのごちそうが不味うなるで……」

 と、ハンカチを差し出して浮音が有作を慰めているときだった。不意に、牛村警部が立ち上がり、おやあ、とつぶやいたので、三人は視線の方向へ目を向けた。見れば、昼下がりのビヤホールの玄関先に、どう見ても客とは思えぬ、紺色の制服を着た警察官が二人、うろついているではないか――。

「なにかあったんでしょうか」

 何事だろうと気を張る瑞月に、牛村警部も心当たりを探ったが、一向に見当がつかない。

「さあ、オレにはわからん。だが、あの顔はどこかで……」

 目を細め、巡査の顔を注視していた牛村警部だったが、その視線はいきなり現れた、オールバックの支配人の黒いチョッキで遮られてしまった。

「恐れ入ります。京都府警の牛村警部さまと、そのお連れの方でお間違いございませんか――」

 牛村警部がその通りだ、と返答すると、支配人はそばを通ったウェイターへ何事かを告げ、玄関先に立っていた巡査を二人、手洗いへ向かう近道を通して席に案内した。

「なんだ、お前らじゃないか。いったいどうしたんだ――」

 そばにやってきた二人の巡査――小柄な婦人警官と、背の高い青年巡査であった――が顔なじみであることに気づくと、牛村警部はようやく緊張がとけ、いつもの調子で二人に話しかけた。

「牛村警部、お休みのところ失礼します。――大至急、こちらにいらっしゃる鴨川さんと一緒に、府警本部へ来ていただきたいのです。そのお迎えに上がりました」

「なんだって――」

 青年巡査から発せられた、鴨川浮音、そして何よりも府警本部という四文字が、牛村警部の頭から酔いを拭い去ってしまった。どうやらなにか、それこそ鴨川浮音が出馬せねばならないような事件が巻き起こったらしいのである。

「オレはともかく、鴨川くんは民間人なんだぞ。彼が入り用だなんて、いったい全体、何が起こってるんだ」

「警部、それがこういうことなんです……」

 青年警官にかわり、先輩らしい婦人警官が事情を説明した。それによれば、府警本部長と懇意の、下鴨のさる高貴な筋に一刻も早く解決せねばならぬ重大問題が発生したのだが、それの解決に警察のみでは頼りないと考えた本部長が、北大路変死事件の陰の立役者である名探偵・鴨川浮音に問題解決の白羽の矢を立てた、ということだった。

「――なんやなんや、おたくらのトップにゃ守秘義務ちゅう概念がないんか」

 宴に水を差された浮音は警部らを前にして、不満たらたらにドイツ風のフライドポテトをつまんでいたが、それをビールで流し込むと、やおら立ち上がり、まあ、呼ばれたもんはしゃあないわな、と、渋々呼びかけに応じるのだった。

「佐原くん、瑞月ちゃん、ついてくるけ? 長丁場になるかもしらんけど……」

「僕はもちろんついてくよ。なにかと必要になるかもしれないしさ。沢村さんは?」

 荷物の支度をしながら有作が問うと、瑞月は頼んだばかりの大ジョッキを平らげてから、もちろん、と、至って素面に答えるのだった。


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