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北大路の毒杯 ~素人探偵・鴨川浮音最初の事件~  作者: ウチダ勝晃


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第四章 「そいつは犯人じゃない!」②

 時間は流れ、明日からいよいよゴールデンウィーク突入というある日の晩、閉店直後の「大漁旗」のそばの住宅地を、所在なさげにうろつく奇妙な人影――それこそ影とでも呼んだ方がよさそうな――が街灯の下をちらついてた。表に出ていた電光看板の灯りが落ち、アルバイトの手によって中へ仕舞われたのを見て、影は街灯の光の隅から飛び出そうとしたが、まだシャッターも降りず、中で火の元の確認などをする店長や店員の息遣いを遠目に察知し、息を殺して暗がりへ身を隠していた。

 そして、午前二時半を回ったころ、次々とアルバイトが出て行った中、最後まで残っていた店長が表のシャッターを下ろし、紫明通りの方にある裏口から烏丸通りの方へ曲がっていったのを確かめると、影は待ってました、とばかりに裏口へ駆け寄り、その本性を現した。厚手のコートの下に潜ませていたガラス切りで、針金の入ったガラスではなく、薄手のアルミで出来たドアノブの下へ三日月形の切り傷をつけると、影はその切れ端を吸盤で吸い付け、空いた隙間から易々と、鍵を開けてしまった。

 防犯装置もついていないのか、影の凶行をよそに店の中はひどく静かだった。ベル一つ鳴らず、悲鳴の一つも上がらない――。現状が自分に有利だと悟ると、影は目が慣れるのを待って、厨房そばの手洗いから二歩進んだ場所にある、休憩スペースと更衣室を兼ねた部屋へ、迷わず進みだした。

 ――しめた。

 普通なら個別にかけてある鍵はかかっておらず、ドアノブは容易に回った。そこにきてようやく、持参していた懐中電灯のスイッチを入れると、影はドアの裏側に置かれた折り畳みテーブルの上のプラケースへ手を伸ばした――が、

「ハイ、そこまで」

 背後からの声と共に、深い闇の中にあった「大漁旗」の店内が突然明るくなったので、影は目がくらんで、その場にへたり込んでしまった。普段薄暗いくらいに思える六十ワットの蛍光灯は、今の影にとっては直視した太陽のようなすさまじい輝きを孕んでいた。

「――まさか、こないに早くにかかるとは思わんかったなァ」

 いくらか視力を戻した影の前に現れたのは、くせ毛を携えた羽織姿の青年とジャージ姿の、自分と同い年ぐらいの青年――鴨川浮音とその友人、佐原有作であった。

「あんたが、今度の太田殺しの真犯人やな?」

 浮音の問いかけに観念したのか、影は黙って首をしゃくり、浮音の顔をじっと睨んだ。

「――いかん、警戒されとるな。二人とも、あんさんらの出番やで……」

 相手の様子にあきらめのついた浮音が厨房の方へ声を張ると、調理台の隅に隠れていたらしい三間坂と瑞月がおそるおそる、渦中の部屋へと近寄ってきた。

「――あっ、三間坂先輩……!」

「――そんな、あなたが犯人だなんて……」

 影は三間坂の顔を見るなり、指をさして驚いたが、とうの三間坂は驚きを通り越して、ひどく落胆をしている様子だった。

「三間坂さん、あなたこの子を知ってるの」

 瑞月の問いに、三間坂はしばらく黙ってから、徐に口を開く。

「――同じ学部の一回生の土浦伊織って言って、高校の頃からの後輩です」

 影こと土浦伊織と、三間坂千沙の間を流れる空気の重さは、浮音たちには計り知れぬものだった。


 例によって、瑞月たちに事情聴取を任せることにすると、浮音はシャッターを上げ、表から北大路の方へ向かって小走りに下駄を鳴らした。そして、先だって入ったチェーンのうどん屋のひと気のないテーブル席へ腰を下ろして据え付けのお茶を飲むと、浮音はようやく、ひとまずホシはかかったな、と、息も絶え絶えにつぶやくことが出来たのだった。

「――まさか、顔見知りの犯行とは思わんかったわ」

 ある程度息が整えてから食券を買いに立つと、浮音は店員へ直に渡してから、先に戻っていた有作へあまり気乗りしない調子で話しかけた。

「先輩後輩っていうのが見ててつらかったね。せめて、もうちょっと薄い付き合いなら……」

 浮音同様、頬杖をついて顔を見上げていた有作も、あまり良い気はしない様子だった。

「まあ、起きてしまったことはどうあがいてもしゃあないわ。ひとまず、あの子らの事情聴取が済むのを待って戻りましょ……。なんや、大捕物が済んだら、腹ァ減ってしゃあない」

 浮音の言う通りで、前もって食事を済ませていたはずの有作も、全身の筋肉がゆるみきったような、ひどい倦怠感と空腹にさいなまれていた。

「目下のところ、僕たちのなすべきことはただ一つ。――立ち上がるだけのスタミナをつけることらしい」

 珍しく冗談を言った有作に、浮音も異議なし……と冗談で返したが、お互いのゆるみきった表情がツボに入ったのか、二人は肩を揺らし、口を押えながら笑い合うのだった。

 ひととおり夜食をたいらげ、そろそろちょうどいい頃合いだろうと「大漁旗」に向かった浮音と有作は、瑞月の姿を軒先に見出すと、間髪入れずに二人の様子を尋ねた。

「どやった?」

「彼女、三間坂さんと私に経緯を全部話してくれたわ。ひと眠りしてから、一緒に出頭するそうよ」

 大役を果たして疲れ切ったのか、小ぶりのショルダーバッグを提げた瑞月は、時折眼をしばつかせながら浮音の顔を見上げている。

「なるほど。となりゃ、万事解決っちゅうわけか。じゃ、僕らはこれで――」

「あら、まだ何か忘れてるんじゃないの?」

 咥え煙草のまま、今出川の方へ帰ろうとしていた浮音と有作は、瑞月の据わった声に引き止められ、そっと後ろを向いた。見れば、瑞月の手にはどこにでもあるようなやや大ぶりの長封筒が握られている。

「――ああ、そういや一昨日、きみに渡しとったっけ」

「カモさん、あれはいったい……?」

 有作の問いに、浮音は煙を吐いてから、事件の見立てが書いてあんのよ、と恥ずかしげにつぶやく。

「どう? 鍵を預かってることだし、中で座って事件の答え合わせ、してみない?」

「――家で布団が待ってるんやけどなあ」

 だが、嫌そうな口ぶりとは裏腹に、浮音は両頬に穏やかな笑みを携えていた。

「受けて立ちましょ、変死事件の回答編……」

 瑞月の提案をのんだ浮音の、実に心地よい足音が「大漁旗」の中へ吸い込まれていったのは、そのすぐあとのことだった。



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