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第75話 ただ自分の心に直接問いかける

こんにちは魂夢です。本日二度目!たぶん80話くらいで完結します。感慨深いものがありますなぁ……。


 静かな部室だった。聞こえてくるのは運動部の掛け声と時計の規則的な音だけで、部室を満たすのは私の呼吸ただ一つ。昔なら何とも思わなかったのに、今では自然とため息を漏らすほどこの環境が嫌いになっていた。


 中学一年生の私が入部したとき、既に津々慈がいて、私たちはぼっち部でいつも一緒だった。そして時を重ねていくうちに、私は津々慈に好意を寄せるようになっていくのは、きっと必然だったと思う。


 でも彼は……。自分を高めようと必死だった。いつも努力して、みんなに認められようと、好かれようとしていた。私は津々慈のそんなところがたまらなく好きだったけれど、彼は努力を怠りたくないが故、私と付き合えないと言った。もちろん私を恋愛対象だと見れなかったからかも知れない。


 けれど……私は努力が嫌いだ。彼に期待する環境も、その期待に全力で、何もかも投げ捨てて答えようとする津々慈も、嫌いだ。なのに、好きだった。


 私が津々慈に振られて、後の二年気まずい状況で過ごしていたからか、彼と他の部員たちは先生の考えるぼっちじゃなくなって、みんな抜けてしまった。私は……ひとりぼっちになった。


 松葉や恋綺檄は知らないかもだが、先生が言うには、ぼっち部の部員はそれぞれ何かトラウマや悲しみ、過去を背負っていて、それを克服するための部活だと、そう言っている。


 松葉は努力への恐怖、私はよく知らないが、恋綺檄は松葉に行った行動、私は……津々慈への恋心。


「はぁ……」


 明日はテスト返却日。今日は部活があるはずでは無かったが、なんだか無性に来たくなってしまって、来てみたら辛くなって。面倒くさい女だと、自分でも思う。


 と、暖房も付けていない寒々した部室に一人でいるとコンコンとノックした音が鳴る。


「……どうぞ」


 言うと、なんの躊躇も無くすぐに扉は開かれる。


「お前は……」


 ノックしたのは軽いノリと若干着崩した制服の男だった。木原鶴城、彼は──元ぼっち部員だ。


「久しぶりー」

「……一体なんの用だ」

「用が無いと来ちゃダメか?」


 木原はポケットに手を突っ込んで言うが、それに私は何も答えなかった。ただ彼を睨むようにして見つめて、空気感で帰るように促す。

 一人になりたくないと思って部室にいるのに、逆に一人にしてほしいとも思うこの矛盾した気持ちに戸惑いながら。


 木原は瞳の奥を曇らせながら私から目を逸らし、眉をひそめて苦虫をかみつぶしたような顔をするので、私も見ているのは憚れて、顔を背けた。


「荻野のことで来たんだ」

「今日は来ていない。後日また出直せ」

「違う……お前は何もわかってない」


 何のことだ、言おうとしてもう一度木原へ顔を向けると、彼の真剣な眼差しに気圧されて、出かかった言葉を飲み込んでしまう。


「荻野が今回のテストで努力したのは知ってるな」

「……あぁ。それがどうした」

「じゃあなんで荻野がお前のためにそこまでしたのか、それは知ってるか」


 まるで尋問のような声音だった。私を追い詰めようとしてるのかと疑いたくなるほど、彼の声は恐ろしいものに思える。


「約束だからと……松葉は言っていた」

「ならなんでそんな約束をしたと思う?」


 あの時……、松葉がこの部室にやってきて私と約束をしたとき、なぜ津々慈と約束したのか、という疑問は当然あったし、今もある。けれど、彼の纏う雰囲気が、空気が、それを訊かないでくれと言っているようで、尋ねるのは憚れた。


 だから……私はその理由を知らないし、松葉から無理に訊こうとも思っていない。


「どうでもいいだろう、そんなことは……」

「……そんなだから、お前は気付かないんだ。確認のために来たがやっぱりか」


 言いながら、木原はこっちに歩みを進める。一歩、また一歩と。その度に私の体が逃げなければと警鐘を鳴らす。でも私の脳はいたって冷静で、一つ深呼吸すれば体の鳥肌もすぐに消える。


 私のすぐ目の前までやってきて、木原は口を開く。が、言おうとした言葉を失ったのか、すぐに口を閉じて、俯く。

 昼頃の強い太陽に照らされて、彼は光に包まれてる。それなのに瞳がけは黒く淀んでいて、そのギャップはもはや不気味ですらあった。


「荻野はお前のことが…………好きなんだよ」


 カチカチと時間を刻む時計の秒針を、私の心臓が追い越すのに時間はかからなかった。木原の言葉が入ったその瞬間、心臓は高鳴り、穏やかを心掛けていた呼吸も荒くなり始める。


 松葉が私を? いつから? いやそれより何故私を? どうして? 脳が疑問を生み出して、それを解消するよりも前にまた新たな疑問を作り出す。その疑問に私は押し潰されそうだった。


「そ、そんな……そんなはずないだろう? あいつは私にそんな素振り、一度も……」


 言いながら少しずつ声が小さくなる。だが聞こえずともいい、私は自分に言い聞かせるためにそう言っているだけなのだから。


「私は……そんなこと信じないぞ……。あいつが私をなんて────」


 言い切るよりも前に胸ぐらを掴まれてグッと持ち上げられる。重力に逆らって私の体は椅子から立ち上がり、力で震える木原の腕を服から感じていた。


「あいつがどんな気持ちでっ!! 努力してるかわからないのかっ!」


 木原は多くを語らなかった。けれど、私は胸に針が刺さったような鋭い痛みを如実に感じている。


 私は今まで松葉と時間を重ねた中で、彼がどれだけ努力に対し、怯え、恐怖し、その存在から自分を遠ざけようとしているかをよく知っているのだ。


 だからこそ、彼が突然努力をすると言い出した時は驚いた。でもそれは……彼が私を好きだったから……?


 木原は私を掴む手を緩め、私は重力に従って椅子に落ちた。


「……もういい。お前がそんなんだとは思わなかった」


 目を逸らし、曇った瞳の木原は来た道を戻って扉に手をかけ、止まる。数秒か、数分か。どれくらいの間彼は扉の前に立って私に背を向けていたのだろうか。


「もう一回……」


 その沈黙を破って、木原はポツリと言葉を漏らした。


「よく考えてくれ。お前のためを思ってやれる、本当にお前のことを大事に思ってくれるやつは誰かをな……」


 言い終えてすぐ、彼は部室を後にする。私は少し追うか悩んだが、すぐにもう遅いことに気がついて体の力を抜いた。


 日が入り込む、ついさっきまで木原がいた暖かい部室で、私を大事に思ってくれる人は誰か、自分の胸に訊いてみる。何も考えず、何も思わず、ただ自分の心に直接問いかけるように。


「…………はぁ」


 ため息が溢れるようにして口から出る。何度同じ質問をしても、似た質問をしても、答えは一人しかいなかった。

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