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第73話 その姿は寂しそうであった

こんにちは魂夢です。本日二日目!

ですが、もしかしたらまた休載するかも知れません。申し訳ないです。

 時間が経つのは早いもので、俺が努力を始めたあの日からもう既に二週間弱が経過していて、明日からテスト一週間前だ。でも未だに俺はまるで死期を悟った飼い猫が主人の目の届かぬ所へ行くかのように、扶桑花から距離を置いていた。


 もちろん時間が無いということは理由の一つではある。だが……やはり、どうしても部活に行けば思い出してしまうのだ。扶桑花が柳の前で言葉を紡いでいたあの日の……告白を。


 それがどうしても嫌で、顔を合わせたくなくて、俺は部活から離れていたのだ。でもそれも……もう終わりにしなければならない。


 明日からテスト一週間前。だというのに、教室はいつもと何ら変わりなく喧騒で満ちている。だが今教室に残っているのは駄弁ったり何かを待っていたりする奴が十人くらいいるだけで、その中に恋綺檄の姿は無かった。


 でも俺は、今日、彼女がもう家に帰ったことを知っている。昨日のうちにLINEで今日は帰るってくれないかと頼んだから。二人っきりにさせてくれないかと……そう、頼んだから。


 俺は教室を出る。騒々しさから離れて、心を落ち着かせつつ、歩き慣れた廊下を噛み締めるように歩く。心臓の鼓動は何故か恐ろしいくらい鈍く、遅い。


 冷たい空気に触れ、白くなりかけた息を吐きながら何も考えないようにしつつ歩いていると、気のせいかいつもより早く目的地に着いてしまう。


 見慣れた扉は大きく、重鈍そうに見えた。まるでお城の扉のようで、軽はずみに開くのが罪なのでは無いか、そんな考えすら浮かんでくる。でもそれが気のせいだとはわかっていた。


 扉に手を空けて控えめに開いて、空いた隙間から中を覗いてみる。扶桑花は……その中にいた。いつかのように頬杖をついて、外を見ている。見たことのある彼女の姿のはずなのに……心なしかその姿は寂しそうであった。


 意を決して、扉を開ける。こっちに気付いた扶桑花が俺に目を向けて、ガッチリと目を合わせる。そして……俺は何も言う言葉を持ち合わせていないことを思い出し、心の中であたふたしてしまう。


「松葉……。えっと……久しぶり、だな」


 先に言葉を発したのは扶桑花の方であった。薄い微笑みを浮かべて、彼女は俺を優しく見つめる。その視線にドキリとしながら、俺はいつもの椅子に腰掛けた。ずいぶんと久しぶりの、居場所だ。


 座ってホッと一息つき、扶桑花を見る。彼女は俺に目なんてくれず、ただ自分の手元に目を向けながら、規則的な呼吸をしているだけだった。


「……なぁ」


 声をかけると、扶桑花の黒茶色の髪がさっと揺れて、吸い込まれそうな深紅の瞳が俺を捉える。目を絡み合わせ、マジマジと彼女の目を見てしまう。ずいぶんと久しぶりに彼女の瞳を見た気がする。


「ん? どうかしたか?」


 そう言って、微かに首を傾げる扶桑花。柳との話を言わなければ、頭の中でそんな声だけが反芻して俺の思考を狂わせる。


 俺はゆっくりと口を開く。でも……声は出てくれない。用意していたはずの言葉はいつの間にか消え去って、残された俺は何も言えなくなった。


 正直、言いずらい。扶桑花の告白を見ていたとか、柳と付き合えるようにするとか、俺が扶桑花のことを……好き、だとか。そんな事が俺の頭を掻き回して、思考能力を低下させている。


 でも……それでも。紡ぐべき言葉がある。交わさなければならない会話がある。それだけははっきりと理解していた。


「頼みが……あるんだ」


 時間が止まったみたいに、息が詰まる。止まった時の中にいる扶桑花は、長いまつげをゆっくりと伏せて、開く。その所作一つ一つが絵画のようだった。


「なんだ?」


 見つめ返してくる彼女の瞳に、俺は息を呑む。そして覚悟を決めて、息を吸った。


「次の試験で俺が、柳に……」


 自分の足下を見ながら、まるで神に懺悔して信徒が頭を垂れるように、ポツリポツリと言葉を発する。


 けれど出かかった言葉はそこで途切れて、これより先なんて言えばいいのかわからなくなってしまう。でも、言わなければ行けない言葉がある。引きずり出すように俺は声を出した。


「点数で勝てたら……もう一度だけ、柳に──」


 この先を言うのはきっと本格的に茨の道に入るということ他ならない。思い人を付き合わせて、俺は数歩後ろから何も言わずに見ることになるのは、火を見るより明らかだ。


 でも。それよりも扶桑花の暗い顔を見る方が、ずっとずっと嫌なのだ。


「告白……してくれないか」


 言い切った。言ってやった。そんな高揚感が少しだけ湧き出るも、すぐに理性が熱を冷まして凍りつかせる。それどころか、言ってしまったという若干の後悔すら感じていた。


 扶桑花は口を薄く開けたまま数秒間固まる。その人生で一番長いと言っても過言では無いであろう数秒後に、扶桑花は赤らめた頬にそっと右手を添えて、目を逸らした。


「し、知ってたのか」


 その所作が、その声が、ゆっくりと俺の緊張を解してくれる。だから俺は落ち着きながら、少し頬笑んで声を出せた。


「悪い。でもどうだ。俺が柳に勝ったら、もう一度だけ、あと一度だけで良い。柳に告白してくれないか」


 夕日が差し込む部室の中で、恥ずかしそうにする扶桑花。だが俺の言葉を聞いて、彼女は赤らめた頬はそのまま、いつものキリッとした瞳に戻る。


「なんでか……って訊いちゃまずいか?」


 少しだけ彼女の深紅の瞳に悲しくて、冷たい青が、すぅっと入り込んだような、そんな気がした。その瞳に俺はズキズキ痛む胸を抑えながら、控えめに口を開く。


「約束したんだ……。俺が努力して、柳に勝てば、そういう条件付きでだが」

「…………そうか」


 ポツリと言葉を漏らして、彼女は夕日を見る。沈んでいく夕日を浴びながら、扶桑花は大きく息を吸った。


「わかった。もし、松葉が勝てたら……。もう一度告白しよう」


 言いながら恥ずかしくなったのか、俺から顔を背けるようにわざとらしく夕日を覗いている。


 そんな動きがどうにも愛らしくて、やっぱり俺は彼女が好きなのだと思い知らせられた。

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