第71話 暗闇に取り残された少年
こんにちは魂夢です。まぁた投稿忘れておりました!!すいません!!
日も暮れて、寒くて暗い夜が訪れる。俺は家に向かって歩みを進めながら、ただぼんやりと景色を見ていた。何重にも張り紙のされた電柱や、淡い光を漏らす建物。疲れた瞳の中年と、丸々太ったスズメ。それすら今の俺には風情あるように映った。
今度の柳との対決、俺はどうするべきか未だに決めきれていなかった。でも、するべきことはわかっている。俺は……柳に勝って、扶桑花の重荷を取り払うのだ。
家について、俺は玄関ドアを開ける。漏れ出た光がどうにも眩しい。
「おかえりお兄ー」
キッチンの方からだろう、トントンという規則的な音を立てながら少しばかり声を張って、真莉が出迎えの言葉を投げかけてくれる。
足を引きずるように自室に戻り、荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。体が沈むと同時にギシギシとベッドが軋む。
電気を付けることすら忘れて、俺は頭を抱え込む。ずっと離れたくないほどに、月明かりだけの薄暗い部屋が心地良かった。
けどそれは、俺が真莉に柳との話を……努力の話を打ち明けたくないからだろう。部屋を出て、飯を食べようとすれば、絶対に真莉と顔を合わせなくてはならない。それが嫌だから、きっと俺はここに留まりたがっている。
でも、ここに居ては、何も変わらない。ぼっち部に行けない俺も、俺と扶桑花の間に挟まれる恋綺檄も、自分の作った鎖で縛られた柳も……、消えてしまった扶桑花の笑顔でさえも。
そう考えたとき、胸がズキズキと痛む。でもそれで、俺はベッドから立ち上がることができた。
ドアを開けて、キッチンを目指す。歩くと軋む床がどうにも耳障りだったが、おかげで近づくほどに増す苦しさは少し紛れた。
キッチンに入ると、その明かりが眩しくて、俺は目を細め、やがて料理の支度をする真莉を見る。
トントンと包丁を鳴らし、肩を上下させる真莉の背を眺めながら俺は言葉を探す。いつもくだらないことを考える脳味噌は、こんな時だけ何も考えてはくれなかった。
でもせめて……何か言わなければと、このまま何も言わずにここで待っていたら、機会を逃してしまいそうだ。
「なぁ真莉。……ちょっといいか」
何かに駆り立てられるように、俺は荒くなり始めた息と共に、その意味の薄い言葉を発する。
「なに?」
俺がそう言うと、真莉は手を止めずにそう返して、切った野菜を鍋に放り込む。ゴトゴトと鍋の中で野菜が落ちていく音が反響する。
言わなければと、ずっと考えていたはずなのに、真莉を目の前にすると、その纏まってすらいない考えすらも、どこかへ消え去ってしまう。俺は暗闇に取り残された少年のような気持ちで、目を閉じ息を大きく吸った。
簡単なことだ。俺がしたいことなんて。
「実は、努力しようと……思うんだ」
弁を弄して、策を弄して、屁理屈や詭弁を並び立て、そうやって作り上げた気持ちに、意味なんて無い。だから俺は、糞真面目に直情的に愚直に、そう言った。
すぐに返事は返って来てはくれなかった。ただ包丁を上下させ、軽快な音を鳴らしているだけ。火をかけた鍋が沸騰し、泡が弾けてコンロ回りを汚していくのを、俺は静かに黙って見ていた。
言葉が溶けきるほどの時間、沈黙がこの場を支配する。でも……このまま黙っているのはきっと……真莉に甘えているだけだ。
「もしかしたら、また……何か不幸なことがあるかもしれない。それでも……見守ってくれないか」
続きを続きをと思って言ったが、自分でも最低な言い方だと思う。あの時の事故は俺のせいだ。もし俺が努力なんてしなかったら、きっと真莉に後遺症が残るなんてありえなかった。
それなのに、俺はまた努力をしようとしている。あれだけ後悔して、悔やんで、苦しんだのに、また努力しようとしている。そしてまた真莉に迷惑をかけようと……。そんな俺に真莉はなんと声をかけるのだろうか。
罵倒か、否定か、悲しみか、どんな言葉でも受け止める覚悟で俺は息を飲み、真莉の言葉を待った。
今度は言葉を返してくれると、そう信じて。
「……お兄がそう言うってことは、きっとどうしても成し遂げたいことなんでしょ」
振り向かずに言った真莉の表情を俺は窺うことはできなかった。でもどんな顔かなんて、見ずともだいたいわかる。
いつの間にか、野菜を刻む包丁の音は止んでいて、ただ沸々とした鍋の音だけがこの場に充満していた。
「なら…………止めない。お兄が、そこまでしたいっていうのなら、ね」
ザクリと、止まっていた包丁が再び動き始めて、ピンと張っていた空気が弛緩する。それと同時に、力の無いため息が俺の口から滑り落ち、頬がふっと緩む。泣きそうですらあったが、それをグッと堪えて、俺は自室へと体の向きを変える。
真莉に声をかけるか悩んだが、それをするのは俺が柳に勝ってからでも、きっと遅くないはずだ。
言ってくれたのなら、全力でそれを成し遂げようと、俺は固く違った。