第68話 彼は置いていかれた
こんにちは魂夢です。お久しぶりですぅぅぅぅぅ!!!!!復活でありまーす!!
だからこそ、周りのカップルが綺麗に思えて。だからこそ、自分の恋心が荒んだ物に見えた。
でも、扶桑花への恋心は……。穢れ荒んだ物には思えない。ならば、その気持ちにはキチンと向き合いたいと思うのだ。
「…………あぁ」
このざわめきの中で、なんとか絞り出した俺の声は聞こえたのだろうか。……いや、たとえ聞こえていなくても、発した言葉にはきっと意味があるはずだった。
柳は前を見たまま、ただただ深く、頷いた。
「やっぱり、そうなんだね。……でも…………ごめん。付き合うことはできない」
殴りかかってやろうかとすら思った。幸いにも柳と俺との距離はゼロだ。油断している今なら、一発入れただけでも十分に意識を飛ばせるだろう。けど、俺は拳をグッと握りしめて、堪える。
今ここで殴っても何も生まれない。自己満足にすらなってはくれない。それに……扶桑花はきっと悲しんでしまうだろう。
「なんでだ」
どうにか怒りを抑え、気付かぬうちに荒くなった呼吸を落ち着かせる。
「もし、僕と彼女が付き合えば……。僕はきっと努力をやめてしまう」
多くは語らずとも、何が言いたいのかはよくわかった。彼は努力のおかげで友達を学力を、そして居場所を手に入れた……と、本人は思っている。でも努力は一般的に継続しなければ力にはなりにくい。だからこそ、彼は努力し続けなければいけない宿命めいたものを背負っているのだ。
「……ここだけの。話だけど」
そう前置きをしてから、いつも前を向いている彼は、珍しく下を見た。
「僕も扶桑花が好きなんだ」
本当に爽やかな、清々しい笑顔で彼は俺に言った。それに対して俺は平然を装う。できていたかは別としてだが。それでも、俺の心はゆっくり、強く圧迫されていた。
……柳が好きでなければ。なんて考えた俺がバカだったのだけれど。
「……ダメだ。お前は……扶桑花にしたことがわかってんのか。いつも保身に走りやがって、罪を……償いやがれ」
一つ言葉を空に混ぜるだけで、どんどん胸が締め付けられる。何を言っているのか理解しているからこそ、その言葉の重さで潰されていまいそうだった。
「なら……」
柳が前を向いて、俺に目をやる。いつの間にか無くなった淀みの無い瞳が痛かった。
「学力一位の僕に、次のテストの点数で勝ってよ。君に負ければ、僕は少なくとも一位を維持する必要は無くなる。そうすれば、扶桑花と付き合える。だから……」
一度止めて。
「努力して、僕に勝て」
耳鳴りがして、頭が痛くなる。過去何度も小原先生以外の教師に努力しろと言われ続けたが、今回は…………。
いつぞやの扶桑花の涙を思い出す。拭っても拭っても俺では彼女の涙を止めることはできなかった。俺では……力不足なのだ。でも、ただ一人、扶桑花の涙を止めることのできる人間が……いる。
……そんなの嫌だと、ごめんだと、すぐに言えない自分が嫌いになりそうだ。努力をすれば不幸になる。俺だけでなく、俺の周りも。次は扶桑花を傷付けるかもわからない。
扶桑花のための行動が、彼女を傷付けるかもわからないのだ。そんなこと、もう二度とごめんだった。
過去に俺は扶桑花や恋綺檄のためにイジメのタゲを取ったのに、それが……彼女たちのための行動が、ジワジワと彼女らの心を蝕んでいたのだ。
だから、努力なんて……。
そう言おうとして、喉の奥で言葉が引っかかる。行き場を失った言葉が暴れているのか、喉が酷く痛んだ。
その時、波がまた動き出す。波は止まることは無くて、柳は人混みに飲まれていった。
俺は……その場に置いていかれた。
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