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第66話 偶然にも彼らは言葉をぶつけ合う

こんにちは魂夢です。雨止みませんねぇ……、天よ我らが何をしたというのかー!

 俺はトイレを口実に会場を出てから一度も戻らなかった。柳の言葉が充満したあの空間が穢れているように思えて、気持ちが悪かったのだ。


 俺がトイレの個室で柳への怒りを鎮めようとしていると外が騒がしくなってくる。それのおかげで発表会が終了したのだということがわかった。


 ぼちぼち外に出なきゃ先生から何か言われそうだ。俺は重い腰を上げて便座から立ち上がり外に出る。


 人の波が教室の方へと流れていて、その波は人と人とが密着しているが故、上手く波に乗れなかった。しかもどっかしらで詰まっているのか、全然動いておらず、隙間が無い。どうにかこうにか入ろうとしても、近くの人に汚物を見るかのような目で見られしまう。いや……仕方なくないか?


 と、突然腕を誰か俺をが引っ張って波へと引きずり込む。強引に人の流れを割って入っていったが、俺を掴む人物を見ると通行人たちは何も言わなかった。


 掴んでいる手を見て、そこから舐めるように視線を上に上げて、手の持ち主を見る。


「困っていた様子だったけど、大丈夫だったかな?」


 手の持ち主は柳だった。彼はそう言って俺に頬笑む。炎が俺の心を包むような気持ちを感じて、その手を大袈裟に振り払った。


「善人ぶりやがって……」


 そんな言葉が口をついて出る。俺はしまったと思ったが、事実だからと堂々とすることにした。喧噪のなかで俺の言葉を聞いた柳は困惑顔をする。さも、なんでそんなことを言うの? みたいな顔だった。


 悪びれる様子も無くそんなことをできる柳が気持ち悪くて仕方が無い。


「……どうしたの?」

「イジメがどうとか言ってたが、お前はあんなことこれっぽっちも思ってないだろ」


 人混みのど真ん中で、俺と柳は二人で並んで立って、言葉を交わす。言ってやった、そう思ったのも束の間、柳はすぐに言葉を返す。


「そんなことは無いよ」


 ゾロゾロと数十歩だけ群れが動いて、それに合わせて俺たちも歩を進める。さながら遊園地の待ち列のようだった。


「お前は田中よりも自分の関係性を優先しただろうが」


 そうは言ったが、俺自身はそれが悪いことだとは思っていない。自分や大事な物を犠牲にして関係の無い物を助ける奴なんてのは、ただのお人好しか大馬鹿野郎だけなのだ。


 でも……思ってはいないが、柳を責めることができるならと。そう考えて、俺はああ言ったのだ。


「あの時はそう言ったんだったね」

「……は?」


 俺の言葉に柳は何も言わなかった。周りは話し声やら笑い声やらでうるさいはずなのに、俺たちの周りだけは次元が違うみたいに、音一つ聞こえない。聞こえるのは早くなりつつある俺の呼吸と心音だけだ。


「僕はね、君が嫌いなんだ」


 沈黙を破って柳が発したのは、突拍子も無い言葉だった。彼の言葉には本当に俺を嫌っているのかわからないほどに爽やかさがある。だから周りの人間にも柳の話を聞いてはいないようであった。


 俺だって、お前が嫌いだよ。そう心の中で呟く。


「僕は努力して色々手に入れたんだ。でも君は……」


 一度言葉を止めて、彼は息を吸った。


「努力してないのに、なんでも持ってるじゃないか」


 少し暗くなった声音で、柳は俺だけにそう言う。なんでも、そこに何が含まれているのかは、俺には正確に理解できない。


 またしても、人の波が少しだけ流れる。


「俺が努力嫌いなのなんで知ってんだよ」


 俺は秘密主義ではないが、なぜ彼は俺が努力嫌いで努力して無いことを知っているのか。このことについて知っているのは真莉と鶴城と……そして。


「麗良から……聞いたんだよ。君は努力をしないってね」


 麗良という呼び方が、俺を逆撫でる。彼女と柳の関係性の親密さが、この呼び方に出ているから。


 前を向く彼の瞳には黒が混じっていて、俺に良い感情を抱いていないことは明白だった。でもそれは、こっちだって同じだ。

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