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第65話 好きな人を騙していたから

こんにちは魂夢です。最近スランプ気味です……。

 結局俺は答えを出せず、曖昧な気持ちのまま三日が経ってしまっていた。その間も俺は部活に出ずにいる。いや、小原先生に何か言われそうだったから何度か顔を出しはした。けれどやっぱり扶桑花だけは直視することができなかった。


 彼女の表情は常に暗く、思い詰めているのがすぐにわかるのだ。きっと、柳のことを考えているのだろうと深く考えずとも気付いてしまって、胸の奥でムズムズとした嫌な感覚を覚える。それが嫉妬という感情にだと理解すると、自分自身にどうしようもない嫌悪感を抱いた。


「なぁ松葉……今日は、部活に来れるか?」


 ロッカーに頭を半分突っ込むようにして今日使う分の教材の準備をしていると、扶桑花が心底申し訳ないという声音で俺に声をかける。チラリと彼女に視線を向けると、扶桑花は寂しさと悲しさを混ぜあわせたような笑顔をしていて、やっぱり直視するのは憚れた。


 正直、今日は部活になんて行きたくない。行ったって、何もないのからだ。扶桑花は恋綺檄の話を聞き流し、それを俺も隣で聞きながら言い表せない息苦しさを耐える。前も、その前もそうだったのだから、きっと今回もそうなるだろうとは容易に想像できた。


「……すまん、ちょっと予定がな」


 前回は家の掃除、前々回は病院と適当なことを言っている。……噓を、ついているのだ。


 扶桑花は何時だって真っ直ぐだった。eスポーツ部の時だって、俺が捻くれた戦法を提示している隣で彼女は正しい答えを出そうとしていたし、イジメの時だって、退部の時だって、彼女は常に誠実であった。


 それなのに……。俺は扶桑花の告白を覗き見して、それを隠し、あまつさえ欺瞞を並べて、保身に走っている。……そんなの、扶桑花に対してあまりにも、ひどいではないか。扶桑花に対してあまりにも、不誠実ではないか。


 そんなことはわかっているのに、俺には噓を吐くことしかできなかった。


「……わかった。明日は来れるって信じてるぞ」


 言い終えて、扶桑花は踵を返してどこかに行ってしまう。

 信じている。その声が頭の中で反芻する度に自分のことが嫌いになっていくようだった。信じてくれている人に、俺がしていることは、彼女を騙すということだったから。


 好きな人を、騙していたから。



 小論文発表会というのがこの学校にはあった。各々が好きな内容について小論文を製作して、先生から推薦されたものが全校生徒の前で発表するという、至って簡単な行事だ。


 ちなみに俺はスポ根をボロクソに批判した小論文を提出して小原先生から、多方面に喧嘩を売りすぎだ、と言われて再提出している。


 俺たちのクラスでの代表はあのイケメン柳だ。彼は今舞台の端っこで何かをやっていて、その様子を、扶桑花は熱を孕んだ瞳で見詰めていた。


 それを見て、俺は視線を足下にやる。わかりきっていても、やっぱり苦しかった。


 いっそのこと、扶桑花に告白して、振られてしまおうか。それだったら、きっとすごく楽になるだろう。理由が明確であるから、俺が部活に来なくなるのに同情してもらえるかもしれない。


 ……でも、扶桑花の重荷は減りはしない。むしろ増えてしまう。


 俺はあのぼっち部で扶桑花のそばにいるだけで良かったのだ。本当は。隣でゲームをして、一緒に笑って、そしてその思い出を胸に残したまま卒業する。それでよかった。


 だから恋綺檄に告白されるまで、俺は彼女への好意に気がつかなかったのだと思う。扶桑花は美人で、ちょっと抜けていて、大人になろうと背伸びをするような人だ。そんなところが、俺はどうしようもないくらいに好きだった。


「これより、小論文発表会を始めたいと思います」


 会場に生徒会の声が響くと、喧噪がまるで波が引いていくように消える。


 そして発表が始まって、早くも何人かの発表が終わった。そして、柳の番が回ってくる。舞台の中心に立つと、彼は少し胸を張って一瞬だけ紙を見た。


「私の小論文はイジメについてです」


 適当に聞き流していたから、柳の言葉が右からは行って左に抜けた後に、彼の口からイジメという単語が発せられたことに気付く。俺は閉じていた瞼をゆっくりと開けて、柳を見た。


 爽やかな笑顔を浮かべて、まるで自分が正しいと言っているような顔で柳はスルスルと小論文を読みあげていく。


 そんなのが、無性に腹が立つ。あいつにイジメがどうとか語る資格なんてどこにだってないのだ。


「イジメというのは、犯罪です」


 笑みを貼り付け、正義を語る柳。お前の考えなら、田中を助けようとしなかった俺やお前だって共犯者になるだろ。自分の関係性を優先して、田中には犠牲になってもらおうとしたお前だって、大倉と同じ犯罪者だろうが。


 さらには……関係の無い扶桑花にまで危害が及びかけたのだ。あの時、あの日、柳が田中を守ろうとしていたら、あんなことにはならなかっただろ。


 何食わぬ顔で読む柳を見ていることができなくて、俺は席を立った。

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