第63話 さっきより強まった雨が窓を鳴らす
こんにちは魂夢です。今回はプロット製作初期に考えたもので、ようやくここまで来られたという達成感があります!
恋綺檄は全てを話してくれた。いつから好きなのか、なぜ好きになったのか、その全てを。
「前世の松葉くん、当時は翁って名前なんだけどね。翁くんはすごい努力家だったの」
昔を懐かしむような、恋い焦がれるような、そんな表情で恋綺檄はそんなことを言い出す。それを真面目な顔で俺は聞いていた。
「その時あたしは失敗した罰としてこっちに落とされてて、翁くんに出会ったんだ」
さっきまで泣いていたのが噓だったのかと錯覚しそうになるほどの、完璧な笑みを恋綺檄は浮かべている。
「あたしは少しずつ惹かれていって……。結婚したの」
恋綺檄は上目遣いでそう言って、恋する乙女のように可愛らしく、はにかんだ。
俺にとっては驚くべき事実だった。前世なんかがあるのすら驚きであるのに、その前世で俺は恋綺檄と結婚していたとは。
「でもね、翁くんは……。いや松葉くんは努力家過ぎたのかな、過労死したの」
ガタガタと先ほどよりも強くなった雨が窓を鳴らす。
「だから……もう二度と松葉くんに努力させないって誓った」
聞こえていたはずの雨音がパッタリと止む。けれどそれは雨が止んだわけでは無かった。キーンと耳鳴りがして、俺は震えた声を出す。
「……俺が努力をしないために、何をした」
「……努力が、実らないように──」
恋綺檄の口からその言葉が飛び出て、言い終えるよりも前のその刹那、俺の体は無意識下で動き出して、彼女の胸ぐらを力強く掴んで、ぐっと引き寄せる。
心臓が暴れ出して、手がプルプルと震えている。それでも俺は彼女の掴む手を一切緩めはしなかった。
「……じゃあ、真莉のあの事故は、お前のせいなのか」
「……うん」
俺は手を離して腕を振り上げる。彼女の吐息と俺の吐息が混じり合う中で、憎しみを込めて恋綺檄を睨む。
ひと思いに殴りたかった。その白い肌を真っ赤にして、綺麗な碧眼も赤に染め上げて、一生忘れられない恐怖を与えてやりたかった。なんなら、この場で辱めてやろうか。
そんな恐ろしい考えを、俺は止められなかった。どうしても、恋綺檄が憎くて憎くて仕方が無かった。
昔、俺は最後の努力として、真莉と母親とでとあるコンクールに向かって車を走らせた。もし成功しなければ、俺はこれっきりで努力をやめるつもりでもいたのだ。
最後のチャンスと思いながら、俺は淡い期待に胸を躍らせる。そこに一台のトラックが俺たちの車に突然追突してきた。追突の衝撃で俺が車から投げ飛ばされる中、母親はエアバッグで守られていた。
俺と母親はなんとか軽傷で済んだ。けれど、真莉は……。なんとか一命は取り留めたものの、背中に一生消えない傷が刻まれ、足にも軽く麻痺が残った。
努力をすればこうなるぞと、誰かから警告されているようで、俺は一生努力しないと心に固く誓った。
気付くと俺の息は早まり、荒くなっていて、心臓の鼓動はさっきよりもより一層早く胸を内側からドンドンと叩いている。
「いいよ。殴って……」
恋綺檄は泣きそうな顔をしている。それなのに、なぜか眼差しは懇願しているようにも見えて、ひどく不気味だった。
「悪いのはあたしだから、殴って」
歯を食いしばって、胸ぐらを掴む手にぐっと力を入れる。どうしてだろうか。こんなのにも憎いのに、こんなのにも苦しい思いをさせられたのに、どうしても彼女を殴れなかった。
恋綺檄は優しい女の子だ、人を思いやることのできる少女だ。それは半年以上一緒にいてわかりきっていることだ。
それを考えてみれば、彼女が俺に悪意があって事故を起こしたとは、考えられなかった。
「いや……いい」
恋綺檄は、本当の本当に俺を思ってやったのだ。行為自体は許せるようなことでは無いが、きっと彼女も自分でその罪は理解している。
ならば、俺がわざわざ殴る必要なんて無いだろう。
俺は恋綺檄の胸ぐらから零れ落ちるように手を離すと、彼女は俺に泣きながら抱きついてきた。恋綺檄の体温が俺を包み、恋綺檄の匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
「ごめんなさい……。本当に」
恋綺檄は膝から崩れ落ちて、泣きじゃくった。嗚咽まじりにはごめんなさいと連呼して、俺をギュッと抱き締める。
俺は優しく、そっと彼女の頭を撫でた。
なぜだか雨は、もう止んでいる。
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