第60話 彼女は恋する乙女であった
こんにちは魂夢です。もうすぐ完結しますよぉ……。長いようで短い……。
一月に入って、冬休みなんてあっという間だったと思う。クリスマスが終わって一週間もすればすぐに終わってしまう。
それが悲しいことだとは不思議と思わなかった。ただ始まったという実感があるだけだ。そしてまた彼女たちに会えるという喜びがあるだけ。
俺は自分の鞄に荷物を詰め込みながらそんなことを考える。なんでか口角が微かに上がっていくのを感じても、俺はそれを止めようとはしなかった。
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帰りのホームルームを終えて、教室を出ると、ぶるっと身震いがして、己の体を抱く。そして歯と歯との間から息を吸い、勢い良く吐いた。
教室と違って暖房の効いていない廊下は異様なほどに寒い。手と手のシワをこすり合わせながら寒さを紛らわせていると、部室の方向にノソノソと歩く扶桑花を見つけた。
珍しく、今日は恋綺檄の方が先に行ったのだろうか。とか考えながら俺は扶桑花を尾行するように歩く。
別に扶桑花にストッキングをしているわけでは無いが、進行方向が同じだからそう思えるのだ。俺は寒い廊下を歩きながら彼女の背を見つめた。
小さく華奢な背中だ。線が細くて、触れれば折れてしまいそうですらある。いつもなら胸を張って歩いている扶桑花だが、今日はなぜか少しションボリとした印象があった。
肩を落として、視線は床へと注がれている。それがただ部活に行くときの扶桑花にはどうしても思えない。
誰もいない、一切の音のない寒々しい廊下に響くのは、二人分の足音と、二人分の白い吐息だけだった。
突然、彼女は部室では無い教室の扉に手をかける。その瞬間ザワザワとした嫌な予感が俺を支配した。
扉を開けて、中に入る扶桑花。イケないと思いながらも、俺は扶桑花の入っていった扉の前まで行って、聞き耳を立てた。
「津々慈……」
扶桑花の声と気付くのには数秒が必要なほど、彼女の声質はいつものサバサバとした声では無い。甘ったるい恋する乙女の声そのものである。
「どうかしたの? 麗良」
両者下の名前で呼び捨てなことに、異様な違和感を覚える。そしていつの間にか握られていた俺の拳にグッと力が入る。寒いはずなのに、汗が出てくるほどに暑かった。
「……もう一度だけ言わせて」
ぶっきらぼうな口調ですら無い。その口調は金城や恋綺檄の口調に似ている。
またもや俺は俺の知らない扶桑花に出会ったのかと思って、なんでか悲しくなった。歯を食いしばり、冷たい空気を吸って、肺の中の空気を入れ替えることで息を整える。
「……好き、です」
扶桑花の荒い息が扉越しに伝わってくるようだった。今彼女はどんな顔をしているのだろうか。いつものような顔? 頬を朱色に染めた乙女の顔? どんな顔をしていたとしても、きっとどの彼女も俺は知らないのだろう。
半年以上彼女と一緒にいたはずで、色んなことがあった。イジメやら、退部やら、たくさん。その中で少しずつ、俺は彼女を知っていったと思ってた。けれど、それは俺の思い違いだったのか。
「もう、何度目かもわからないけど……」
扶桑花から柳への告白。遊園地に行ったとき、彼女は一度だけ告白したことがあったと言った。その相手は、柳だったというのか。
「私は本当に──」
「……ごめん」
扶桑花の言葉を遮って、柳は優しくその言葉を投げかける。糸を張ったような空気感が、扶桑花の首を絞めている。だが柳の周りの糸だけは弛緩しているようだった。
扶桑花の嗚咽が聞こえると同時に足音が聞こえて、俺はサッと扉から離れる。
扉を開けて、現れたのは案の定扶桑花だ。彼女は目元を涙でグチャグチャにしながらも、涙を堪えようと必死に見える。
俺は、声をかけるべきか刹那悩んで、元来た場所を引き返してしまうのだった……。