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第58話 彼と彼女は見つめ合う

こんにちは魂夢です。今日すごい忙しかった……。

 俺たちが外に出れば、時刻はもう六時を過ぎていて、柳と金城は例のジェットコースターに向かって歩み始めていた。


 クリスマスの寒い向かい風が金城に吹き、彼女はマフラーに顔を埋めて、いつものニヘラとした笑い声を出す。けれどその声はどこか固いようにも思えた。

 柳は朝から変わらない柔らかな笑みを浮かべて、優しい瞳で金城を見つめている。


「ねぇ、いよいよだよっ」


 隣の恋綺檄はテンションが上がっているらしく、ずっとソワソワしていて、パタパタと落ち着きが無い。

 扶桑花の方は逆に落ち着いている。いや、落ち込んでいるとまで言えてしまうかもしれない。


 今、扶桑花を問い詰めるのも手段の一つではあるだろう。だが、何事も手を出すことだけが正解というわけじゃない。見守る、気付かないふりをするのが正解になることだって往々にしてある。


「あたしたちも乗る?」


 くるっとこちらに振り返った恋綺檄は、キュルルンと小首を傾げてそう訊いてきた。俺は首を横にブンブン振って否定を表す。


 いやまじ……、ジェットコースターとか酔うから、死んじゃうから……。


 ジェットコースターの待ち時間は夜だからか、三十分と短い。がしかし、俺たちはその間暇だ。何をするのか恋綺檄に訊いてみる。


「うーん、じゃあそのベンチの近くで観察ポイント探す?」



 てなわけで観察ポイントとして、離れた場所にあるベンチで二人を待つことに決めて、俺たちはそこでしゃがんでいた。


「松葉……、すまないが人混みに酔ったかも……」


 口元を手で押さえて嗚咽を漏らす扶桑花。恋綺檄は彼女の背中をさすって、優しく声をかける。


「大丈夫? 休む?」


 言われて、扶桑花の深紅の瞳に力が入ったのがわかった。そして彼女はスカートの裾をギュッと力強く握る。


「……大丈夫だ」


 扶桑花は恋綺檄の方を向いて、そう言う。俺から扶桑花の表情は覗えない。けれど、今までの彼女との過ごした日々が、頬笑んでいるのだと教えてくれる。


 わかった、恋綺檄は小さいが力強い声でそう言って深く頷く。扶桑花からは見えずとも、俺も頷いた。


「あ、ねぇ。来たよ」


 恋綺檄は柳と金城を見つけて、さっと身をかがめる。それに見て俺たちも身をかがめた。


「綺麗だね」


 金城がイルミネーションに体を向け、手を後ろに回し、こっちまで聞こえるか聞こえないか微妙な声量で言う。


「うん、綺麗だ」


 金城に見られてはいないが、柳は頷いて金城に言葉を返す。それを聞いて、金城は覚悟を決めるように息を大きく吸った。


 ガタガタと上のジェットコースターの駆動音が鳴り響く中、金城は柳の方へ向き直り、すぐそばまで近寄っていく。


「あのね、アタシ……」


 その時、俺の袖がギュッと掴まれて、自然と自分の腕に力が入った。驚いて掴んだ手を見て、手から腕を見て、肩を見て、掴んでいる扶桑花の顔を見る。


 彼女は俺の方は見ていない、だが柳たちの方も見ているわけではなかった。俯きながら、俺の袖を強く掴み、その目尻には涙が溜まっている。


 心臓を素手で握られたようだった。胸が締め付けられ、吐きそうすらなる。けれど、俺は何をすれば良いかわからない。わからないと思ったら、心臓を握る力は強くなったような気がした。


「津々慈……」


 金城の声は艶があって、やけに官能的だ。その声に返事をするように柳は手を金城の頭に乗せる。


「アタシ、津々慈のこと……」


 金城は一呼吸置く。その光景を、柳は頭を撫でながら見つめている。


「好き……なの」


 彼女の薄い唇が「好き」だという言葉を紡ぐ。その時、俺は寒ささえも忘れて食い入るようにその瞬間を見ていた。


 扶桑花の俺を掴む力がグッと強くなる。彼女の視線の先には金城と柳。深紅の瞳はユラユラと揺れていて、今にも泣き出しそうだ。


「……うん」


 柳はなんの緊張もしていないのか、ただそれだけを返す。嫌な返し方だ、異性から好きだと言われたら、それが何を意味するかはわかっているだろうに。


「だ、だから。アタシと、付き合ってくれませんか……?」


 言って、金城は柳の顔を見上げるようにして見た。柳も金城へ視線をやって、見つめ合う。


 上目遣いの金城は怯えた子犬のようで、目は赤く充血し、告白の声は今にも泣き出しそうな声だった。


「……ごめん」


 こっちが申し訳なくなるほどに眉を八の字にして、柳はポツリと零すように言葉を発すると、まるで時間が止まったような気さえした。


 言葉が空気に溶けるようにゆっくりと、柳の言葉が金城に染み渡る。そしてすぐに、ジェットコースターの走る音が俺たちの意識を元の場所に引きずり戻す。


「ぁ……、うん」


 掠れていて、声量も無い。どうにかこうにか絞り出した一滴の言葉が、それだったのだ。


 ようやく自分が振られてしまったことを理解、いや頭が追いついたのか、堰を切ったように金城の目から滝のように涙が流れ出し、大粒の涙は地面に斑点模様を作る。


「……ご、ごめんね。迷惑、だったよね」


 本当にごめん、そう一言言葉を置いて、金城は走り出した。

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